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40年ぶりの再開 ---- 定年を期に私は、十六まで過ごした故郷へ帰ることにした。 両親はとうに他界し、独身の私には家族と呼べるものもない。 いざ自由の身となって何がしたいのかを考えたとき、私の中にはひとつの選択肢しか浮かばなかった。 会いたい人がいる…故郷を離れて以来、会いに行くことができなかった、あの人に会いたい。 初恋とは、こうも忘れられずにいるものかと、この歳になって恥ずかしく思う。 今でも自らの内に鮮やかに痕をのこす、情欲の日々。 あの頃、私の世界はまさに彼一色だった。 日がな一日彼のことを考え、時間が許す限り触れ合っていたかった。 まだ年若かった私は、自分の内にある熱を、ただただ彼にぶつけることしかできずにいて、 時に卑怯とも言える手段で陥れることもした。 それが彼をどれだけ苦しめ、追い詰めていたかも気付かずに。 私たちの関係はあまりに危険だった。 彼は、私の通う高校の教師であった。 ろくに家に帰らない私を両親が不審に思いだした頃、彼は私の前から姿を消しのだった。 数年前、古い友人から、彼が再びこの地に戻ってきていることを聞いた。 教師を定年退職後、自宅で小さな私塾を営んでいるという。 30年連れ添った奥さんと昨年死別したことも知った。 二人の娘も既に嫁いで、彼は今、ひとりだ。 夏を前に大分長くなった日も、すっかり落ちてしまった。 「先生さよーなら」の声と次々に飛び出してくる子供たち。 家の門前で待つ迎えの親の元に走りよっていく。 一人の母親が玄関口に向かって会釈をする。 他の親たちもまた、家の中を覗くように挨拶をした。 二言三言言葉を交わした後、再び頭を下げ、皆帰っていく。 それらを見送るためにか、一人の老人が家の中からゆっくりと現れた。 白いシャツにスラックス姿の、白髪の老人。 子供たちは何度も振り返りながら手を振っている。 記憶の中の背中より、幾分小さくなったかもしれない。 薄明かりの中で一人佇む姿が、どうにも頼りな気に見えてしまう。 いつまでも手を振る子供たちに、老人は「さよおなら」と穏やかな声で応えた。 その声を聞いて、私は身体が熱くなるのを感じた。 喉の奥が詰まって苦しい。涙がこみ上げてくるのを抑えることができない。 子供たちが見えなくなってもなお、彼はそこに立っている。 外灯に気の早い夏の虫がぶつかる音が聞こえる。 静かな夜だ。 なんと、声をかけよう…。 ----   [[誰そ彼 彼は誰>6-879]] ----

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