「6-849-2」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「6-849-2」(2011/04/20 (水) 16:58:38) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
ドアをはさんで背中合わせ
----
「迷惑だ」
強く言い切った瞬間、彼の目が凍りついた。
「そんな戯言、二度と口にするな。不愉快だ」
向かい合えば少し見上げる彼の顔。
紅潮していた頬が蒼褪めていくのを睨むように見つめる。
「今の言葉は忘れてやる。明日までに頭を冷してこい」
言外にチームを辞めることは許さない、と告げると彼の凍り付いていた瞳がひび割れた。
裂け目から溢れてくるのは苦しみ、怒り、絶望。そして悲しみ。
かすかに震えだした彼のふっくらとした唇から目を逸らし、背を向けた。
そのまま部屋を出て、ただ一人、彼を置き去りにする。
後ろ手にドアを閉めてはじめて、身体が震えだした。
だいじょうぶ。彼の前では冷徹さを保てていたはずだ。
口調も表情も、眼差しさえも揺るぎはさせなかった。
かみ締めた奥歯が、今ごろのようにカチカチ鳴る。
目の奥が刺すように熱く痛む。だが泣くことは許されない。
苦しいのは傷ついたのは彼であって私ではない。
それでも全身から抜けていく力に膝が笑い、もう立っていることすら覚束ない。
ずるずるとしゃがみ込むと、そのままドアに背を預けた。
だいじょうぶ、彼はしばらく出てこない。それだけのショックは与えた。
そのくらいの判断ができないような、浅い付き合いじゃない。
そうとも。
彼のことは良く知っている。
人当たりの良い、誰にでも好かれる、如才ない才能ある男。
その優秀な男が。
どうして。どうして、こんな馬鹿なことをしたんだ。
お前が馬鹿げたことを言い出さなければ、もう少しあのままでいられたのに。
お前を可愛がることも、構うことも、好きなだけお前に優しくできたのに。
「愛している」――だなんて、何を勘違いをしている。何を血迷った。
馬鹿な男。頭がいいくせに、途方もなく愚かな男。
お前なんてこのまま順風満帆、友人にも将来にも恵まれた陽の当たる道をそのまま
歩いていけばいいんだ。いっときの勘違いで後ろ指を差されることはない。
お前ほどの器量を持つ男には焦らなくとも女は群がる。そのうちからつりあいの取
れた最高の女を選べ。
そうして似合いの女性と共に過ごす健やかで幸福な日々に、いつか私への気持ちが
友情や尊敬だったと気がつく。愚かな真似をしなくてすんだと、胸をなで下ろすだ
ろう。
そう、いつか。
お前の横に相応しい女性が。
切り裂かれるように胸が痛むのは、先刻の一瞬で噴出した汗で背中が濡れているか
らだ。湿ったシャツにドアが冷たいから。
だがその背に、ふと温もりを感じたような気がした。
……ああ、お前もそこで項垂れているのか。
力なくこのドアに背をもたれているんだな。
わかるさ、お前のことは。
伊達にお前のことを見ていない。他の誰よりもお前を見つめ、お前のことを考えて
きたんだ。
お前を傷つけた、それはわかっている。
すまない、と謝ることはできない。
それがお前のためだから。
罰も罪も、辛さも苦しみも、未来永劫の業火すらも、全て私が引き受ける。
だから今だけ――この一瞬だけ、この背の温もりを許してくれ。
----
[[人形のような男>6-859]]
----