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ヤクザとその幼なじみの堅気 ---- エリートを思わせるその外見にそぐわず、剣呑な空気を持ったその男は口元だけ笑わせて私を見た。 笑わない目にぶつかって私は思わず顔を逸らす。彼はまた少し笑ったようだった。 「で、どうする?断りたいなら断ってもいいが」 「・・・どうしても、今日中に答えないと駄目か?」 「今日中だ」 冷たい言葉に体が凍った。 武田はいきなり私のラボにやってきて、どちらかを選べと私に二つの仕事を提示した。 一つは、会社保存の禁薬の持ち出し。一つは、彼の持ち込んだ新薬の被験者を見つけること。 この新薬は毒ではないよ、と武田は言ったが、違法ではないとは言わなかった。碌なものではないのだろう。 某広域指定団体が後ろにあると誰でも知っている、輸入会社の名刺を改めてチラつかせて、 武田はまた「どうする?」と言った。 「相応の報酬は支払う。来月には子供が生まれるんだろう?金が必要じゃないのか?」 「・・・金には困ってない」 「ああ・・・それはそうか研究所長補佐殿。でも・・・なぁ?」 意味深に、武田は言い含めた。解っている。彼と旧知の仲であることが世間に知れたら、 それは醜聞となって世を駆ける。 重役の娘である妻は私を見限るだろう。会社も私を追うだろう。 製薬会社と指定団体の癒着はそれほどに嫌われるものだから。 「会社の薬は・・・持ち出しできない」 「そうか」 武田は短く答えて、私に薬包を示した。ろくでもない新薬。 「これは?」 「良くなる薬だ。解るだろう?」 解らない。色々意味がありすぎて、どれを選べというのだ。 「被験者は男に限る。年齢は問わないが、まぁ・・・お前くらいで丁度いい」 「私くらい?」 「お前でもいいんだ、大塚」 恐ろしいことを武田は言った。正体をまともに告げれらないような薬を私に飲めと? どうかしている。この男はどうかしている。 私が結婚したくらいから、この男は急に私に連絡をつけてきて、無茶を言うようになった。 私に守るものができたからか?まだ独身の彼にはそんな辛さは解らないのだろうか。 「誰も犠牲にしたくないなら、お前が飲め」 「そんな・・・どんな薬かも解らないのに」 「だから被験者が必要なんだ」 彼は昔からこんな口調だった。頭は良いのに陰険な性格、他人を思い通りに動かそうとする傲慢さ。 ランドセルの頃から変わらない、私には特に無体を仕掛けるところも。 「ちょっと筋肉が弛緩して、記憶がトブだけさ。痛みはほぼ快感に変わる。  まぁ・・・常習性のないアレみたいなもんだ」 「それだけ解ってるなら、なぜ今また被験者を探す?」 「まだ売るにはデータが不足しているからな」 言って、武田は私の手に薬包を捻じ込んだ。 「観察器具は用意しないでいいのか?」 「俺が見ててやる。それで十分だ」 お前が崩れていく様をな。そう言ってまた武田は声だけで笑った。 私には犯罪は犯せない。誰かを犠牲に選ぶことも出来ない。 酷い嘘だけは吐かなかった武田を信じて、私は包みを開いた。 「お前の子供は可愛いだろうな?」という一言が、私に決心を促した。 薬を飲むのは慣れている。水と一緒に一気に飲み下すと、訪れるであろう波に備えた。 意識がふわりと浮いて、暗転する一瞬、「こうでもしないと・・・」と武田が何か呟いた気がした。 目を閉じたので武田の顔が見えないのが残念だったが、私の意識の下から彼を呼ぶ私の声が聞こえ出していた。 ----   [[思い出になった恋>6-769]] ----

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