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あの舞台に立ちたかった ---- 彼が袂を翻せば、薄紅の花びらが舞い散った。 彼が腕を伸ばせば、剣戟の響きが満ちた。 彼が虚空を見据えれば、そこに愛しい相手が、憎い敵が、過去が、未来があった。 まだ小学校にも上がらない僕は、その時彼の舞台に魅せられたのだ。 あの舞台に立ちたい、と思った。 あの美しさを自分のものにできたら、どんなにかいいだろう。 僕は宗家の跡継ぎだった彼に弟子入りした。 舞はなかなか身体に馴染まなかった。それでも僕は、懸命に稽古に励んだ。 あの舞台に立つために。 あの美しさを手に入れるために。 結局、僕には才能がなかった。 やめる直前、一度だけ舞台に立った。 奇しくも彼に感銘を受けたのと同じその場所に立った時、僕は気付いてしまった。 僕が立ちたかったのは、ここじゃない。 ここには彼がいない。 美しさそのものだった、彼がいない。 当時、彼はすでに第一線から退いており、共演は叶うはずもなかった。 僕は溢れそうな涙をこらえて演じきり、つつがなく舞台を終えた。 こうして僕は、彼と完全に道を違えた。 今でも時折思う。 一度でいい。彼とともに、あの舞台に立ちたかった、と。 ----   [[あの舞台に立ちたかった>6-599-2]] ----

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