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雨に濡れて ---- あいつの部屋を一歩出たら、雨が頬を打った。  「あれ、つきさま、雨がぁ」 頓狂な声をあげるあいつに、苦笑しながら乗ってやる。  「春雨じゃ、濡れて参ろう」 目を見合わせ、ひとしきり二人で大笑いした。  「ほら傘。いくら五月でも、風邪ひくでしょ」  「これはこれは、かたじけない」 あいつは再びの笑いにむせながら、じゃあね、とドアを閉める。 俺がアパートの角を曲がると、待っていたかのように窓から頭を突き出したあいつが手を振った。 借りた傘をちょいと上げて、挨拶を返す。灰色の空に鮮やかな、真黄色のビニール傘。 駅までの道を歩きながらふと振り返ると、あいつの窓がまだ開いている。 もう顔が確認できる距離ではないけれど、人影が見える。 そうか、この黄色い傘のせいだ。向こうも俺は見えていなくても、傘が見えるんだな。 霧のように街をつつみ、新緑の木々に恵みを与える初夏の雨。 このぐらいで傘をさすのは面倒で、普段ならば雨に濡れていくのだけれど、 今日はそうもいかないようだ。きっと大袈裟なあいつが心配するに違いない。 「あなたが死んだら、僕もすぐに雲の上まで追いかけていくから!」なんつってな。 そんなことを考えながら、子供の持ち物のように色鮮やかな傘を透かしてふと見上げた空は、 天国もかくやと思わせるような金色に輝いてみえた。 ----   [[雨に濡れて>6-479-3]] ----

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