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グラサン×眼鏡
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東京の川は汚いけれど、大きな橋の上から見れば大して気にならない。橋の真ん中で、欄干に寄り掛かってホットドッグを食べていた。そうしたら、黒いスーツにサングラスの長身の男に突然肩をつかまれた。鬼気迫る様子で僕の顔を覗き込んだあと、男は声を震わせてこう言った。
「…口の周りに、血が付いていますよ」
僕は…唖然とした。男の容姿は日本人と言われても通用するものだったが、言葉は明らかに外国人のアクセントだった。ごくん、と唾を飲み込んで、こう答えた。
「これは、血ではなくて…ケチャップです。このホットドッグの。でも、心配していただいたようで、ありがとうございます。」
僕は英語には自信があったので、できる限り正確な発音で、ゆっくりそう言った。
すると男は僕の腕を乱暴に引っぱって止めてあった車に押し込むと、僕が何かを言う間もなくすごい勢いで発進した。
「あの…!止めてください!ど、どこに、行くんですか…うわっ?!」
「…安心しろ私は…お前を悪いようにはしないと誓う、白夜の眼鏡…!とりあえずシートベルトをしろ。」
「…僕、あの、人違いです…!そりゃ眼鏡はしてるけど、そんな人たくさんいるし…白夜って…何なんです?!おろしてください!…お願いします!」
車はスピード違反で追われなかったのが奇跡のような速度を保ったまま川沿いの倉庫街に入っていくと、一つの倉庫の中に止まるようだった。僕は車が減速すると共にドアを開けて、外へ文字通り転げ出た。それから一目散に出口に走ったのだが、あっさり男に捕まえられた。
「話を聞け、白夜の眼鏡!私はドマル代表側の人間だ…」
「…離してくださいっ!誰かーっ!」
「ドマル代表はお前を交渉の道具に使うと言ったんだ!あのまま予定どおり工作員と接触していたら、お前は他国の二重スパイとして現政権に引き渡されて、処刑される手筈になっていた!」
「………。」
「…私は、しかし代表の決定に、どうしても納得することができなかった…だから…」
「……だから?崇高な愛国心を胸に俺と心中でもしようって?」
久々に口にした母国語の言葉は、空疎に乾いて倉庫に低く響いた。
「ったく…しかしお前みたいな間抜けがよくあの狸オヤジの下で生きてこれたなぁ。まさかあれだけ派手な真似して、逃げ切れるなんて思ってるわけじゃないだろ?何がしたかったんだよ、お前。」
切り捨てられる事なんて、いつだって覚悟はできていたはずだった…しかしその時の俺の言葉は明らかに、やりきれない怒りと恐怖を押し殺すための八つ当たりだった。
「…確かにその通りだ。だが、お前一人ならいくらでも逃げようがある。」
男はそう言って倉庫の奥のトラックの鍵を開け、中からトランクを持ち出した。トランクの中身を俺に見せると、
「車の中にもうひとケースある。王子のために個人的に用立てられたものだから、足はつかない。必要ならそこのトラックも使っていいが、あっちは盗難届が出ているはずだ。」
そう言って、あっけに取られている俺を見た。男は少し微笑むと、躊躇いがちにサングラスを顔からずらした。
「白夜の眼鏡という、年若い優秀な工作員の話は聞いていた。私たちの仲間にそのような危険な任務に命を賭して就いている若者がいることを、私は誇りに思っていた。おそらくお前は国のためならいつでも死ねるのだろう…しかし、私はどうしてもそんなお前の命をこんなふうに終わらせたくなかったんだ。…ドマル代表には、私の命でお許しいただく。」
「……どこからつっこんでいいかわからん。」
「…日本語か?なんと言ったんだ。」
「いいからとっととトラックに乗れよ。あんたは助手席だ。」
「いや、しかし私は…」
襟首を掴んで、にらみつけた。
「あんたが一緒じゃなきゃ行かねぇ。」
男は驚いた顔をしていたが、俺はさっきのお返しとばかりに乱暴に車に詰め込んでやった。
「あんた今日から白夜のサングラスな。」
「……何の役にもたたなそうだな。」
お似合いだろ。そう言って俺はアクセルを踏んだ。
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[[教師二人>6-279-1]]
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