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「なんでおまえ手袋もしてないんだよ。」 ほら、手貸せ。 一方的に繋がれた手から、相手の体温が流れ込んでくる。 冷てーなおまえの手。昔から、冷え症だっけか。 彼は、優しい苦笑いを潜ませた声でそう言って、歩き出す。 温かすぎるその熱にめまいを感じながら、手を引かれて歩いた。 半ば俯けていた視線を少し上げて、繋いだ手を視界の中心に据えた。 手を引っ込めようとするのに、その度に掴み直されて、指は絡め合ったまま。 その内に互いの温度が混ざり合って、何処から何処までが自分のものなのか、 境界が曖昧になってしまう。 堪えきれなくなって、眼を逸らした。 胸が痛い。悲しさや苦しさでなく、得体の知れない切なさが喉を締め上げる。 辺りはもうすっかり冬景色で、明け方には雪が降った。 時折氷点下の空を過ぎる風は首筋を脅かし、靴の下で、さくさくと雪がなる。 新雪の降り積もった道が、眼前に広がっていた。 この、雪のような人が好きだった。 綺麗で冷たい、凛とした人。 三年越しのそれは、告げることも出来ずに終わってしまった恋だったけれど、 その透明な硬質さを、今でも忘れられなかった。 温かいものは鬱陶しくて持て余して苦手で、冷たい人が、好きだった。 だから次に好きになる人もきっとそうなのだろうと、 なんの根拠もなく漠然と考えていた。 「兄貴のことはさ、」 今まで精一杯、好きだったんだろ。だったらそれでいいじゃんか。 一歩先を歩く幼なじみが、こちらも見ぬままにぽつりと呟く。 俺の前でまで強がってたら、おまえどこで泣くんだよ。 指の先に、ぎゅっと力が籠もった。 彼の短い髪が、小さく冬の風に揺れている。 「ばーか」 辛うじて出した声は、酷くゆらいだ。 涙が溢れそうになって、慌てて立ち止まり、空を見上げる。 夏空よりも淡い、けれど透き通って高くにあるひんやりとした、眼底に焼き付く青。 眼を閉ざせば、温かで微弱な太陽の光を瞼に感じた。 眸を開けたらその瞬間に掻き消えてしまいそうで、細かく震えながら立ち尽くす。 その光の向こうから、自然同じように立ち止まった彼の声が聞こえた。 「泣いたらいいんだよ」 優しすぎる声は、柔らかく内耳に入り込んだ。 喉元までこみ上げた何かが、呼吸を苦しくさせる。 冷たい人が好きだった。 温かいものは苦手だった。 その筈だったのに。 「俺が、そばにいるからさ」 この手だけは、離し難かった。
冷たい人が好きなタイプだったのに何で? ---- 「なんでおまえ手袋もしてないんだよ。」 ほら、手貸せ。 一方的に繋がれた手から、相手の体温が流れ込んでくる。 冷てーなおまえの手。昔から、冷え症だっけか。 彼は、優しい苦笑いを潜ませた声でそう言って、歩き出す。 温かすぎるその熱にめまいを感じながら、手を引かれて歩いた。 半ば俯けていた視線を少し上げて、繋いだ手を視界の中心に据えた。 手を引っ込めようとするのに、その度に掴み直されて、指は絡め合ったまま。 その内に互いの温度が混ざり合って、何処から何処までが自分のものなのか、 境界が曖昧になってしまう。 堪えきれなくなって、眼を逸らした。 胸が痛い。悲しさや苦しさでなく、得体の知れない切なさが喉を締め上げる。 辺りはもうすっかり冬景色で、明け方には雪が降った。 時折氷点下の空を過ぎる風は首筋を脅かし、靴の下で、さくさくと雪がなる。 新雪の降り積もった道が、眼前に広がっていた。 この、雪のような人が好きだった。 綺麗で冷たい、凛とした人。 三年越しのそれは、告げることも出来ずに終わってしまった恋だったけれど、 その透明な硬質さを、今でも忘れられなかった。 温かいものは鬱陶しくて持て余して苦手で、冷たい人が、好きだった。 だから次に好きになる人もきっとそうなのだろうと、 なんの根拠もなく漠然と考えていた。 「兄貴のことはさ、」 今まで精一杯、好きだったんだろ。だったらそれでいいじゃんか。 一歩先を歩く幼なじみが、こちらも見ぬままにぽつりと呟く。 俺の前でまで強がってたら、おまえどこで泣くんだよ。 指の先に、ぎゅっと力が籠もった。 彼の短い髪が、小さく冬の風に揺れている。 「ばーか」 辛うじて出した声は、酷くゆらいだ。 涙が溢れそうになって、慌てて立ち止まり、空を見上げる。 夏空よりも淡い、けれど透き通って高くにあるひんやりとした、眼底に焼き付く青。 眼を閉ざせば、温かで微弱な太陽の光を瞼に感じた。 眸を開けたらその瞬間に掻き消えてしまいそうで、細かく震えながら立ち尽くす。 その光の向こうから、自然同じように立ち止まった彼の声が聞こえた。 「泣いたらいいんだよ」 優しすぎる声は、柔らかく内耳に入り込んだ。 喉元までこみ上げた何かが、呼吸を苦しくさせる。 冷たい人が好きだった。 温かいものは苦手だった。 その筈だったのに。 「俺が、そばにいるからさ」 この手だけは、離し難かった。

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