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笑わない人 ---- 写真の中のあいつは、いつも堅い表情を崩そうとしない。 日常のスナップでも、人生の節目にあたる行事ごとでも、 彼の端整な容貌は、どこか憂いの帯び翳っている。 「……だって、カメラ嫌いなんだもん」 「ばぁか! いまどき魂を抜かれるだなんて信じているほうが可笑しいよ」 「お前は俺のおばあちゃんが嘘つきだって言うのか!」 「や、や、そうじゃないけど」 こいつの笑顔をなんとか写真に収めたい。 悩んだ俺は、ある名案を思いついた。 「なあ、絵を描くからモデルになってくんない?」 「モデル? いいけど全裸とかは御免だぜ」 「そのまんまでいいよ、五分でいいから、そこの椅子になるべく動かないで座ってて」 新緑の街路樹が見下ろせる明るい窓辺に座ったあいつを、俺はスケッチしていった。 「美大じゃ、写真だけじゃなく絵も描くのかよ」 「おっとぉ。モデルは動かない、動かない!」 「ちぇっ、勝手にしろや」 翌日、大学の暗室で期待と不安を半々にしながらピンホールカメラのフィルムを現像した俺は、 金と緑の降り注ぐ柔らかい光に包まれ、こちらを見ながら微笑む青年を見つけた。 あいつは俺の部屋で、幸せがハレーションをおこしたような白い光の中で笑っている。 俺はしばらくの間、時間を忘れてその写真を眺めていた。 いつか、俺達の間になにかが起ころうとも。 いや、起こらずにお互い幸せな老後を迎え、一握の灰になろうとも。 写真の中のあいつは、初夏の光を一身にあびて永遠に微笑みつづける。 すべてが不確かな現実のなかに生きる俺は、その確かさを信じる。 遠い未来に、あいつの孫かなんかが爺さんのアルバムを見ていて、 写真でしか知らないあいつのことを、笑わない人だと思いながらページをめくり、 俺の撮ったこの写真を見て驚いて欲しい。 そして想像して欲しい、大昔のある日、窓辺に佇む微笑む青年と、 その青年が微笑みながら見ていた写真家のことを。 ----   [[笑わない人>7-169-1]] ----
笑わない人 ---- 写真の中のあいつは、いつも堅い表情を崩そうとしない。 日常のスナップでも、人生の節目にあたる行事ごとでも、 彼の端整な容貌は、どこか憂いの帯び翳っている。 「……だって、カメラ嫌いなんだもん」 「ばぁか! いまどき魂を抜かれるだなんて信じているほうが可笑しいよ」 「お前は俺のおばあちゃんが嘘つきだって言うのか!」 「や、や、そうじゃないけど」 こいつの笑顔をなんとか写真に収めたい。 悩んだ俺は、ある名案を思いついた。 「なあ、絵を描くからモデルになってくんない?」 「モデル? いいけど全裸とかは御免だぜ」 「そのまんまでいいよ、五分でいいから、そこの椅子になるべく動かないで座ってて」 新緑の街路樹が見下ろせる明るい窓辺に座ったあいつを、俺はスケッチしていった。 「美大じゃ、写真だけじゃなく絵も描くのかよ」 「おっとぉ。モデルは動かない、動かない!」 「ちぇっ、勝手にしろや」 翌日、大学の暗室で期待と不安を半々にしながらピンホールカメラのフィルムを現像した俺は、 金と緑の降り注ぐ柔らかい光に包まれ、こちらを見ながら微笑む青年を見つけた。 あいつは俺の部屋で、幸せがハレーションをおこしたような白い光の中で笑っている。 俺はしばらくの間、時間を忘れてその写真を眺めていた。 いつか、俺達の間になにかが起ころうとも。 いや、起こらずにお互い幸せな老後を迎え、一握の灰になろうとも。 写真の中のあいつは、初夏の光を一身にあびて永遠に微笑みつづける。 すべてが不確かな現実のなかに生きる俺は、その確かさを信じる。 遠い未来に、あいつの孫かなんかが爺さんのアルバムを見ていて、 写真でしか知らないあいつのことを、笑わない人だと思いながらページをめくり、 俺の撮ったこの写真を見て驚いて欲しい。 そして想像して欲しい、大昔のある日、窓辺に佇む微笑む青年と、 その青年が微笑みながら見ていた写真家のことを。 ----   [[笑わない人>6-169-1]] ----

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