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今年の紫陽花は何故か青い ---- 瀟洒な家々の建ち並ぶ住宅街の小道を折れると、いきなり鮮やかな蒼が目に飛び込んで来た。まるで海の色をそのまま映したかのような鮮やかな蒼。 小さな庭先に丸い球を幾つも並べて咲き誇っている紫陽花が皆、それはそれは見事な蒼に色付いていた。 彰の蒼い紫陽花だ。 彰と出会ったのは20年程前の事。 彰は俺たちの海辺の小学校にやって来た少し内気な転校生だった。 海の無い地方で育ったという彰が海を見たのは、それが初めての事だったらしく、まだ海水浴には相応しくない季節だったが、彰は転校してすぐに仲良くなった俺にせがんで海岸に行き何時間も飽きずに目を輝かせて海を見ていた。 海があるのが当然の事として育った俺にはそれが大層不思議な事で、思えばその時から俺は彰に惹かれていたのだろう。 俺はよく彰に付き合っては海辺に行って遊び、海を見詰める彰のキラキラと輝く笑顔に見惚れていた。 高校に入ってから、そんな彰が再び海の無い地方へ帰るという事を聞かされた時、俺は彰を誘って海に行った。 何を話したらいいか分からず、ふたりとも押し黙り勝ちになってただ海を眺め、足下にかかる波と戯れた。 そうして何時間も経ち、海が夕日に紅く染まり、次第にそれを飲み込んでゆくのを、俺たちはふたり砂浜に座り肩寄せ合って眺めていた。 俺がそっと肩を抱き寄せても彰は抗わず、ただ海だけを見詰めていた。 ただ、それだけ。 キスすら出来ずに、たったひとつ見付かった言葉は「また会おう。」それだけだった。 すっかり日が落ち、それでも別れがたく少しあてどなく街を散歩しながら歩いた帰り道、暗闇の中、常夜灯に照らされて鮮やかに浮かび上がる紫陽花の蒼が目に入った。 ちょうど今日と同じように。 「この蒼、海に染められたようだな。」 彰が言った。 「持ってきたいか?」 「ああ。出来ればな。」 「じゃあ、あれはお前の海だ。」 そう答えたのを思い出す。 今年の紫陽花はあの時と同様やけに蒼い。 あれは彰の蒼い紫陽花だ。 彰はどうしているだろうか。あれっきり会えず終いだったが。 また会いたい。 紫陽花の蒼が目に染みてにじむ。 ほんとに…、やけに蒼いな。 ---- [[一万円札×千円札+五千円札>7-159]] ----

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