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今年の紫陽花は何故か青い ---- 今年の初めに日本へやって来たばかりの、金髪の友人。 彼は梅雨の湿気にやられてか、ここのところ随分と気が沈んでいるように見えた。 ちょっとでも気晴らしになればと、やってきたのは紫陽花で有名な寺…は混んでいるので、 その近くにある、あまり知られていない紫陽花園。 平日の昼前だから僕たちの他に人影はなかった。 こじんまりとした敷地内に、所狭しと咲く紫陽花。 小雨がぱらつき出したが、傘を差すほどではないと思った。 雨に濡れて、花はしっとりと美しさを増す。 僕の少し前を歩く友人は、園の入り口でその光景を見渡し、すぅっと大きく息を吸い込んだ。 そして小さく呟く。 「青い…」 ああ、紫陽花の色に、驚いているのか。 確かに、ちょうど盛りの紫陽花は、インクを流し込んだように深い青色をしていた。 「日本は雨が多いから、紫陽花は青が一番濃くなるのが普通です」 「へえ…」 ちゃんと聞いているのか、心ここにあらずな声が返ってくる。 「ヨーロッパみたいな乾燥した土壌だとね…」 アルミニウムが吸収され難くってピンク色になるんですよと、説明しようかと思ったが、 彼は僕を置いてどんどん奥へ入っていってしまうのでやめた。 まあ、気に入ってくれたみたいだからいいけれど…。 彼はちょうど園の中央あたりで立ち止まり、自分の周りに広がる青い風景をゆっくりと見渡している。 近づくと、彼の見ているのは紫陽花のようでいて、実は違う遠い場所のような気がした。 そして、何故だろう、とても悲しげな表情だ。 何か話さなくちゃと思って考えを廻らせ、思いついたのは、 「花言葉!」 僕のほうを向かせたくて、ちょっと大きな声を出してみる。 彼はこっちを向いたが、でもまだだ。まだ、心ここにあらず。 「紫陽花の花言葉知ってます?」 青い色の瞳を見ながら僕は話す。 「紫陽花って、咲いてから色々に色が変わるでしょう?だから『移り気』とか『心変わり』なんて言うんですよ」 恋人にあげたら怒られちゃうから覚えておいたほうがいいですと、僕は笑いながら言ったのだが…。 彼は僕を見ていた。しっかりと僕を見つめた。 そしてみるみるその目が潤んで、水滴が零れ落ちた。 青い瞳が溶け出したのかと思って驚いた。 そのくらい唐突に、微動だにせず、彼は泣き出したのだ。 「なんで泣いてるんですか?」 僕は何か気に障ることをしてしまったのかと焦る。 おろおろする僕を見つめたまま、ポロポロと涙を流す彼。 暫くの間そうして二人立ち竦み、霧雨に髪が濡れて、雫になりだした頃、彼が口を開いた。 「…私には、最愛の妻がいました」 知っている。彼が肌身離さず持ち歩いている写真の女性。 彼女が既にこの世にはないことも、知っている。 「彼女の死の間際、私は生涯、彼女以外を愛さないと誓いました」 頬を雨水がつたっていく。 雨は彼の頬も濡らしていたが、後から後から溢れる涙の痕を、消すことはできない。 「誓ったのに…」 そう言って彼は、堪え切れないというように表情を崩す。 泣き顔になる。唇が震えている。 それでも青い目は、僕を見たままだ。 「私は、彼女に謝らなければならない」 僕も馬鹿みたいに突っ立ったまま、彼の目を見ていた。 青い…。 「あなたを、愛しています」 ---- [[今年の紫陽花は何故か青い>7-149-4]] ----

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