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強く噛んで ---- 腕まくりをした、清潔そうなシャツから伸びる、すらりとした腕。 別段細くはない、しっかりとした男の腕だ。 でも、力を込めたときに色白の肌から浮かびあがる血管は、たまらなくセクシー。 そんな腕が、猫のしっぽのようにくるくると動いて、目の前のキャンバスにモデルの輪郭をかたどっていく。 本日のモデルさんはこちら。 真っ赤に熟れた、セクシーな・・・リンゴ。 まあ、ヌードモデルとかだったら俺ももうちょっと燃えるんだけど。 相手は旬のリンゴちゃんだから、俺のキャンバスはなんだかまだ真っ白。課題は全然進まない。 まあでも、裸婦デッサンとかだと彼は間違いなく逃げるだろうから、こうやって二人で居残りできるのは、ひとえにこのリンゴのおかげなんだけど。 真っ白なうなじをじっと見つめていたら、形のいい頭がくるっと振り返った。 「進んでる?」 「んー?うん」 「本当に?なんか全然描いてる音聞こえないんだけど」 「そう?」 やる気のない俺の返事にじれたのか、ひとつ盛大に溜め息を吐かれた。 「お前はいいよな。天才肌で。俺なんてただの静物模写でも必死でやらないとダメだし」 「別に天才じゃねえよ」 「その余裕がうらやましいんだよ」 そう言うと、またくるりと俺に背を向け、鉛筆を走らせはじめてしまった。 かわいいお顔が見えなくなって、ちょっと、いやかなり残念。 清廉な雰囲気。端正な顔。育ちの良さが伺える話し方。彼のすべては、およそ性的なものには結びつかない。でも、そのすべてが、俺を掻き乱すんだ。 俺が余裕だって? 余裕なんてあるはずない。 本当は今すぐその、お綺麗な首筋に噛みつきたいんだ。 手を伸ばせば届くところにある、糊の効いた襟から覗く白いうなじが、夏の熱気に当てられて、うっすら汗をかいている。その汗をやらしく舐めとりたいって思ったら、もう止まらなかった。 鉛筆を滑らせる音が響く中、ゆっくりと、ことさらゆっくりと、目の前の首に顔を近づける。 口を開けて吸血鬼よろしく、歯がうなじに食い込んだ瞬間。 俺の視界はぐるんと動いた。あ、これ、天井。 ガシャン!と、机と椅子が転がる音が響く。 ・・・え? 途端に自覚する、ぶつけた後頭部と、喉元の鋭い痛み。 ギョッとして視線をずらすと、艶やかな黒髪がめちゃくちゃ至近距離にあった。 え?何?痛ぇ!とにかく痛ぇ!! 「ちょ!ちょちょ、何やってんの?」 ギリリと喉に食い込む感覚。これって・・・ 目の前の黒髪がゆっくりと動いて、俺の大好きな顔がお目見えした。相変わらずの至近距離で。 「噛むなら、このくらいやってくんなきゃ」 清潔で真っ白な俺の天使ちゃんは、堂々と俺の腹の上で馬乗りになり、今までに見たことない表情で、唇をゆがめた。 その唇が再び近づいてきたかと思うと、恐らく彼の歯形が残ってるであろう俺の喉を、ぞろりと舐める。やらしー舌使いで。 なんで? さっきまで超健全に鉛筆を握ってた手は、俺の頬をいたずらにするすると撫でた。 「俺、何かと痛い方がいいんだ。だから、やるなら」 しっかりやって。 耳元に囁かれた言葉は、普段俺をしかる言葉とまったく同じなのに、全然違う意味を持って腹の中に入り込む。 そのまま、激情のままに目の前の唇に口づける。下唇を噛んで、引っ張って、離して、また噛む。どこまでも甘い甘い唇に夢中になっていると、キスの合間に、彼が言った。 「もっと、強く、噛んで」 唇がくっつくくらいの距離で、やらしー声で。 清潔で、清廉な君のそんな表情、俺は知らない。知らないんだ。 ゾクゾクと背中を駆け上がる、快感みたいな、旋律みたいなものに突き動かされるまま、俺は彼の唇に、強く、強く、強く噛みついた。 ----   [[寝込みを襲われたい >20-129]] ----

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