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インテリと不良の攻防 ---- 踏み出すたびに深く沈み込む、絨毯の感触に閉口する。 最上階が奴のオフィスだ。馬鹿と成金は高いところを好むらしい。 入口に背を向け、硝子越しに夜景を眺める人影に声を掛ける。 「相変わらず羽振りはよさそうだな。ヤクザな商売だ」 人影は特に驚いた様子もなく、ゆっくりとこちらを振り向く。 「どういたしまして。社会正義のために粉骨砕身働いているよ」 奴は備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを二瓶取り出し、一瓶を勧めてきた。 「済まないが、仕事場にアルコールは置かない主義でね」 「…………」 「ああ、別に何も入ってないよ。神に誓ってただの水だ」 ほら、と開封して一口飲んだそれを、押しつけるように手渡される。 少なくとも無害ではあるらしいが、飲みたい気はしなかった。 ただ、ひんやりとした感触が火照った掌に心地いい。 「聞いたぞ。最近黒いお友達が増えてるみたいじゃないか。社会正義が聞いて呆れる」 奴は瓶を開ける手を止めて、小馬鹿にしたように片眉を上げた。 「わざわざそんな噂話を披露しに来たのか。君だって相当なアウトローだと思うけどね」 「あんなポリシーのない連中と一緒にするな」 瓶に口をつけ、奴は一息に水を呷った。 仰向いた鋭角的な横顔が、やけに様になっている。 ごくりとのどを鳴らす音がする。ここはひどく静かだ。空に近く、喧噪は遠い。 「重要なのは美学じゃないよ、法に抵触しているかどうかだ。  いつか君が罪に問われた時には弁護してあげよう」 「タダでか」 「お代は君の体……安いものだろう?」 「俺にもプライドってもんがある。お前みたいな変態にやられてたまるか」 吐き捨てると、奴は育ちのよさそうな美貌ちにへら、と軽薄な笑みを浮かべ、その節はどうもと一礼してみせた。 途端、いつぞやの記憶が生々しく蘇ってきた。思わず頭を振る。 湿った肌の感触、息づかい、滅多にみせない真顔。獣の本性と、呼ぶ声の柔らかさ。 ―――頭痛がしてきた。心なしか眩暈もする。 ふわふわと覚束ない感覚がするのは、やけに高級な絨毯のせいばかりではない。 本格的に具合が悪くなる前に、本題に入った方がよさそうだ。 「お前みたいな男に一度でも抱かれたことを思うと、死にたくなるよ。だが二度目はないぞ」 睨みつけると、笑みはそのままに、そっと目を伏せて息をついた。 その仕草に、わけもなくずきりとする。無意識のうちに手をポケットに突っ込んだ。 「まあ、君の人生だ。好きにすればいい。  そのへんの無能に君の運命を委ねるのは、僕の本意ではないけどね」 「俺が捕まることを前提に話を進めるな。  ……じゃあ、ここからはビジネスの話だ。途中で寝るなよ」 ソファに腰を下ろして向かい合う。 「聴いているよ。君の話は、いつだってちゃんと聴いている」 奴は腹の上で両手を組み、こどものように目を閉じた。 ----   [[正統派RPGの勇者と魔王>19-979]] ----

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