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剣の刃を渡る
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「今度はスパイだって?随分と無茶をするんだな」
部屋から出た瞬間、そう話しかけられた。
「ええ、まあ任務ですから」
にこやかに答えると、目の前の男は大きく肩をすくめる。
「いくら百の顔を持つあんたと言えど、さすがに内部調査は危険だろう」
「そうですね…もちろん覚悟の上です」
「これはこれは。素晴らしい忠誠心だ、尊敬するよ」
まるでお手上げだ、とでも言うように男は笑う。
「当然のことですよ」
自分も笑いながら対応する。
「では、私は準備がありますので」
そう言いながら背を向けると、トン、と背中に硬い物が当たる感覚がした。
「…なんの真似です?」
後ろを振り返らず、冷静な声のまま尋ねる。
「はは、流石だな。もうとっくにスパイのあんたがこんな物にビビるわけねえか」
先程と変わらないトーンのまま男も続ける。
「分かってるだろ?俺はあんたの正体に気付いてる」
耳元にまで近付けられた口から男は言葉を紡いでいく。
「他の男と同じように俺を誘ったのがいけなかったな。姿は違えど、小さな癖が隠せていなかった」
―酒を飲む時にグラスのふちをなぞる癖…
「わざと…貴方の前でだけわざとその癖を見せていたとしたら?」
「何?」
ふっと微笑んで、振り返りながらゆっくりと男の首に両腕を回す。
音もなく取り出した拳銃を、男のこめかみに突き当てながら。
「貴方はこの組織に置いておくには惜しい人材です。私の組織でも貴方の名は有名ですよ」
「…俺に裏切れと言っているのか?」
「ええ、そうです」
男の持つ拳銃がスーツを沿って、俺の心臓の辺りでぴたりと止まった。
「あまり見くびらないでもらいたいね。俺は自分の飼い主に噛み付くほど馬鹿じゃない」
「それは残念ですね。忠誠心よりも権力や野望を選択する人間だと聞いていたのですが」
今までも交ざり合っていた視線が、異なる色で絡み合う。
「受けた恩義は返す主義でね。あんたこそいい思いをしたんだから、この組織に寝返ったらどうなんだ?」
「私は自分に得をもたらす組織にしか属しません。あちらの待遇は破格ですよ」
互いに表情は崩さず、拳銃を握る手も動かない。
相手の体温も伝わるこの距離で、命を賭けた根比べが静かに始まる。
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[[そら涙>19-959]]
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