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新たな職場で、懐かしい出会い ---- 「……たっちゃん?」 えらく懐かしい呼び方に振り返ると、眼鏡をかけた気の弱そうな男が、胸に抱えた図面ケースの後ろからこちらをうかがうように見つめていた。 「たっちゃん、だよね?」 細い首になで肩。 眼鏡の奥の澄んだ瞳。 細い顎に小さなホクロ。 俺の脳裏にピカッと何かが閃いた。 「……ピカソ?」 ここ十数年の間口にしなかったあだ名を言うと、相手の顔がぱあっと輝いた。 「たっちゃん! 何そのヒゲ!!」 ピカソは笑顔で俺に向かって手を伸ばし、俺たちは自然と握手を交わした。 「じゅうご……十六年ぶり?」 「小学校卒業したっきりだから、そのくらいか」 「びっくりしたなぁ、まさか同じ会社なんて」 「俺も驚いた。世間って狭いな」 屋上の手すりに寄りかかり、灰色に霞む都会のビル街を眺めながら、俺達はパンとコーヒー牛乳という昼飯をお供に四方山話をした。 昔話に花は咲かなかった。 仲良しグループの一人ってだけで、別に一対一で深い付き合いがあったわけじゃないってこともあるが、多分、ピカソも俺も昔話や身の上話が好きなタイプじゃないせいだろう。 語るほどの十数年じゃない。 美大行って卒業して企業の下請けやってるデザイン会社に就職して、ちょっと大きい仕事になったので出向でここに来たってだけの俺の人生。 「お前、今何やってんの」 「ん、設計企画課で図面引いてる」 そういやこいつのあだ名の由来は、工作の時間にえらい緻密な図面を描いたり、夏休みの自由研究で「ゲルニカ」の絵を模写したからだった。 「ここの設計企画ってぇと、アレか、紀尾井町のSビル建てたのお前か」 「正確にはうちのチーム。あの時俺下っぱだったけど、一緒に賞もらえてね。今やってるのはシドニーの企業が――」 絵が上手くて器用なだけの、喘息持ちのいじめられっ子の華麗なる変身に、俺はあの童話を思い出さずにはいられない。 白鳥になった、いや、実は白鳥だったみにくいアヒルの子。 ピカソの十数年を聞いてみたいとふと思ったが、時計の針はもう昼休み終了を告げていた。 だから、飲みに行かないかと誘われて、俺は即座に頷いた。 「俺さ」 「うん」 「よく漫画とかであるだろ、女友達と飲んで、酔っ払って、気が付いたらベッドインってアレ」 「うん」 「……」 「……」 「まさか自分がやるとは思わなかっ……」 「俺、女じゃないけどね」 俺は隣にいるピカソを見た。 まったいらな胸といい、股間にあるソレといい、どう見ても女じゃない。 ピカソは俺の視線に気付いて、毛布を首の下まで引き上げた。 沈黙が痛い。俺はいつもの癖で煙草に手を伸ばし、それからピカソの喘息のことを思い出して、その手を引っ込めた。 「煙草、吸っていいよ」 「喘息だろ」 「だいぶ良くなってるから」 少し躊躇したが、遠慮なく吸わせてもらうことにした。ニコチン摂取しないと脳ミソが回転しそうもない。 何でこんなことに、と自分に問いかけているうちに、俺はふっと思い出した。 大人になりたくて、こっそり家から持ち出したビール。 コップ半分でべろべろに酔っ払った俺は、どういうわけか飲んでも平然としていたピカソに抱きついて「お前が好きだぁ」と言った気がする。 そうだ、俺の初恋はピカソだった。 ……あの時、ピカソは何て言ったっけか……。 二本目の煙草をくわえ、疲れたのか早々に寝息を立て始めたピカソの首筋の赤いアザを見ながら、もう二度と酒は飲むまいと俺は誓った。 ----   [[俺の生死を握る人>5-829]] ----

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