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記憶喪失
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怪我「自体」は大した事はないと言われ、急いで向かった入院先。怪我以外の問題を告げられた診察室。
そっと入った薄暗い個室。眠っているのを確認して触れた髪の毛の柔らかさ。静かに、起こさないよう
にと、声を押し殺して泣いた。彼のぼんやりとした瞳に俺が呆然とした朝を過ごした後、初めて会った
日の感覚を懸命に思い出して、やり直そうと誓った。見てろよ運命、と神に喧嘩を売って自分に発破をかけた。
そして、退院日。
病院を後にして桜の咲き始めた帰り道を歩きながら、肩のスポーツバッグをかけ直して彼が喋りだした。
「お前さ…俺が入院した日の夜、隣で泣いてただろ」
「え…」
ばれてたのかと、うろたえる俺を彼は鼻で笑った。
「アレだけ泣かれりゃ起きるって。ヒックヒックうるさかったし」
「ゔ」
「でも、まぁ…」
久し振りに直接肌に注ぐ太陽が眩しいのかすっと目を細める。
「……俺にはこんなに泣いてくれる奴がいるんだって、嬉しかったけどな」
「マジ、すか」
「こいつの為にいっちょ思い出してやるかって、さ」
「へぇ…そ、そう」
嬉しくてヘヘ、と笑うと、
「でもあの泣き顔は相当キモかった。お前、あの顔女に見せない方がいいよ」
としかめっ面で言い放ち、俺の浮かれた気分を一刀両断だ。
「見せないよ。…アンタ以外には、見せない」
「あ、そ」
自分では男前に反論したつもりでも彼にはちっとも効果がない。素っ気ない態度は変らないままだった。
ちぇ、と拗ねる俺に彼は、悪戯っ子の様にニヤニヤ笑いながらこう尋ねた。
「なぁ、俺とお前ってどんな風にキスしてたの?」
「はぁ!?」
「な?どんな風?色々俺のこと教えてくれたけど、それは教えてくれなかったじゃん」
「どんなって……」
「なぁ?」
「……おおおおお前、もう記憶戻ってんだろ!!自分で考えろよ!!!」
そう、退院日3日前に彼は唐突に思い出した。自分の名前、生年月日、親兄弟、趣味嗜好、その他酒と煙草が特に好きで蛙が死ぬほど
嫌いだった事なんかを。そして、俺との関係も。
「そうだけど、まだしてないだろ?」
「う…」
「どうする?キスの仕方だけまったく違う俺になってたら」
「ぐ…」
「セックスの立場が上下逆になってたら」
「…!!」
「どうすんの?」
「た、試すよ!!」
ここで?と笑う彼に家に帰ったら!と返した。なら、と走り出した彼の後を慌てて追う。まだ、怪我は全快してないんだから気をつけ
て欲しい。
「ま、帰ったらまず酒飲むからその後になるけどな」
追いついた俺に彼はこう言い一人ゲラゲラ笑った。酒を飲んだ後はすぐに寝てしまうことを思い出した俺は、こういう意地の悪い所が
治ればよかったのにと切実に願った後、すぐにその願いを打ち消した。
記憶が戻って良かった。
彼の魅力が変わらなくて良かった。
俺への気持ちを思い出してくれて、本当に本当に本当に良かった。
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[[同い年で老け顔×童顔>5-729]]
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