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60円のコロッケ ---- 「コロッケ売ってる!」 俺の手を引いたまま突然てくてくと走り出した健一が、小さな店の前で足を止めた。 「俺、匂い嗅いだら腹減っちゃったよ。一個買ってこ」 言われてみれば確かに、店の奥からぷんと揚げ物の香りが漂っている。 先ほどフレンチレストランでフルコースを食わせてやったばかりだというのに、 一体この小さな身体のどこから、これほど無尽蔵な食欲が沸いて出ているのだろうか。 「おばちゃん、コロッケ一つ」 店員にそう告げてから、健一は後ろに居た俺に振り返って尋ねた。 「お前さ、こういうとこで買い食いとかしたことある?」 「当たり前だ。立ち食いだなんて、見っとも無い上に不衛生だ」 「ふーん」 健一が、珍種の生き物でも見るかのように奇異な目つきで俺を見つめた。 その手には、今しがた買ったばかりのコロッケがしっかり握られている。 「つまんないの。こんなに美味いのに」 呟いて、健一は俺に見せ付けるかのように、でかく開けた口でコロッケを頬張る。 むしゃむしゃと咀嚼する度に、何とも言えないよい匂いがこちらにまで香ってきて、 満腹状態であるはずの胃袋を妙に刺激する。 ……うん。庶民の味を経験しておくのも、たまには良いかもしれないな。 そう、これは庶民代表の健一をより理解するためだ。 決して、あのコロッケが美味そうだとかそういうわけではない、……筈だ。 「コロッケ一つ。カードで」 そう言って財布からクレジットカードを引き抜こうとした俺に、健一がこらえ切れないといった風に爆笑した。 その反応が理解できず、俺は首をひねって、まだ大きく肩を震わせている彼に尋ねる。 「何が可笑しい」 「いや、だって60円のコロッケだし……、っていうか多分ここ確実にカード使えないし」 笑いながら返答されて、俺は思わず途方にくれる。 そうか、この店ではカードが使えなかったのか。 しかし、だとすると困った。俺には今、現金の持ち合わせが無い。 「奢ってやるよ」 何だか異常に楽しそうな顔でそう言って、健一はポケットから100円玉を取り出した。 それを目の前の店員に渡して、代わりに手渡された紙袋入りのコロッケを俺の前に突きつける。 「どーぞ」 袋越しにもじわりと熱いそれに、俺はがぶりと口を付けた。 噛締めれば、揚げた油の濃厚な甘みがじゅわりと口内に広がっていく。 ぱくぱくと無言でコロッケを食べる俺に、健一が興味深げな目で問いかけた。 「どう?」 「油分が強すぎる。安物の揚げ油を使ってるな。  それに、中がジャガイモばかりで飽きる。もっと肉を加えてバランスを取るべきだ」 「……」 どうやら、俺の答えがお気に召さなかったらしい。 露骨に嫌そうな顔をする彼に顔を寄せると、俺は仕方なく付け加えた。 「でも、美味いな」 その言葉に嬉しそうに笑むと、健一は声を弾ませた。 「じゃ、また奢ってやるよ。……つーかお前、実は意外と貧乏なんじゃないの?   今はたったの60円も持ってないし、  さっきだって奢ってやるとか言っといて、やったら量の少ないメシ人に食わせるしさー」 ……こいつは、さっき食わせたフレンチが一人分幾らだか知っているのだろうか。 あれ、このコロッケが軽く千個二千個は買えるんだが……。 まあ、上機嫌に水を差すのもかわいそうだし、取り合えずは言わずにおくけれど。 ----   [[変態と基地外>5-579]] ----

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