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W-ZERO3 ----  彼は同期の中でも、出世頭だった。    金曜日の夜、ピンポーンとチャイムが鳴り、出てみると高木だった。 「こんな時間にどうしたの?」 「別に」  彼は素っ気なく答えた。  ―……あ、そうだ。えっと、ビールでも飲む?  ―いや。まだ、仕事が少し残っている。  そう言って鞄から何かを取り出して仕事を始め、俺は何をしに来たんだろうと思いながら、隣でビールを飲んでいた。  すらりと伸びた指先がカタカタと音を立ててキーボードを叩く。  彼のブラインドタッチはいつも正確で、乱れることがない。  ――さすが高木。  俺は誇らしく思って、口元を緩めた。  同期の高木は入社当初から成績が抜群に良かった。  愛想がないから、近寄りがたい雰囲気もあるけれど、女性社員の人気もまた抜群に良い。  ――お前、かっこいいもんな。  ――別に。  褒めたつもりだったのに、高木は眉を顰めて呟いた。  そういえば、と気付いた。容姿も能力も高いけど愛想がない高木は、男性社員からの評判は著しく悪い。  嫌味と思われたかな。  ――えーと、そうじゃなくて。  何と言ったらいいのかな。俺は首を傾げたみたけれど、いい言葉が思いつかない。  ――そりゃお前は顔もいいけど、それだけじゃなくてさ。  確かに愛想はないけどさ、俺が分かってなかったこととか馬鹿丁寧に教えてくれたじゃん。すんごい真剣にさ。  愛想はまるでなかったから、周囲の奴には偉そうなヤツだな、気にするなよと慰めるように肩を叩かれたけど。  ――俺、お前のそういうとこもかっこいいと思ってるんだ。  真剣に優しいって思ったよ。  高木は目を瞬かせたあと、また『別に』と呟いた。  そして、おれ達は仲良くなった。 「お前のパソコン、小さいな」  しばらくの沈黙の後に、高木が手元を休めて顔を上げた。 「……パソコンじゃない」 「違うの? 何それ」 「W-ZERO3」 「何それ」  パソコンでも携帯でもない新機種なんだと高木は言った。 「へぇー、さすが高木だな。俺なんて同じWILLOMでもPHSが限界だよ。どんどん、先に行っちゃうな、お前」  会社でも携帯でも。  軽く言ったつもりだった。肩を竦めて、冗談で。  だけど高木はぴたりと俺を見据えた。真剣な眼差しに驚いた。  ――もしかして?  俺の中である噂がぶわりと広がった。  ――高木、栄転するらしいよ。  まさか、そんな早すぎる。  まさか。  いつの間にか口に出していたらしい、高木は俺をじっと見つめたあとで、本当なんだと呟いた。  まさか。  部屋の中は静まりかえっていて、高木の指がキーボードを叩く音もやんでいた。 高木はどこか暗くて、俺もまた動揺していた。だけど、 「よ、良かったじゃん!」  そこはやっぱり、喜ぶところだった。 「さすが高木だよ。いいなぁ、お前。きっとすぐに彼女とかも出来るぞ。今までもいなかったのがおかしいくらいだし。 ほら、お前ってば何だかんだでいつも俺と一緒で……」  そう、一緒だった。だけど、もう違う。高木は遠いところに転勤だ。  俺は必死に場を盛り上げながら、むやみに高木の背をバンバン叩いて明るい声を出していた。 伊達に未来の宴会部長と言われてないよな。  俺は自分で笑った。視界が滲みそうになるのは気のせいだと思った。 「遠くなっちゃうけど、友だちではいてくれよな。……彼女、出来ちゃうだろうけど。そりゃ、出来ちゃうだろうけど、 でもたまにさ、その、友だちである俺のことも忘れずに、メールとかなんでもいいからさ」  高木はずっと黙っていた。そして、顔を上げて俺を見て、どこか緊張している声で言った。 「お前は……彼女とか、作る気なのか」 「お、俺? 俺はーどうかな。高木と違ってモテナイし」  俺はあははと笑った。彼女? ごめん、実は今そんなこと考えられない。  何でかもの凄く動揺しているんだ。 「どうかなー、作るかな」  でも俺は笑っているしかなくて、ふざけた調子で言った。 「そりゃ、作れるものなら作った方がいいよな」 高木は俺を見据えると、真剣な眼差しと声で言った。 「作らなくていい」  そして、驚いた俺にいきなりW-ZERO3を差し出した。 「これをお前にやる」 「は?」  いきなり、何で?  と思っていると、高木は真剣な顔を続けた。 「その代わり、彼女は作るな」  俺はW-ZERO3と引き換えに彼女を作る権利は放棄した。  だけど、恋人は作ってもいいとお互いに約束した。  そして、W-ZERO3は高木専用となった。 ----   [[相方>5-499]] ----

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