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せめて今だけは抱き締めて ----  いつだって、精一杯を尽くしてきたつもりだった。  届かないのは、力不足だと分かっている。 「……泣くなよ」  じゃりっと音を立てて、彼の履き古したスニーカーが一歩を踏み出す。回される手。いつ もなら振り払うそれを、今は素直に受け入れてしまう。  広い胸。煙草の匂いが染みついたコートの中に俺を招き入れて。  泣くなよ、と何度も。 「泣いてなんか」  確かに泣きたい気分だった。あこがれていた場所。遠すぎた場所。  届かなかった夢。けれどそれは。 「んじゃ、泣けよ」  ぽんぽんと、大きな手が頭を軽く撫でていく。 「何でかな。あんたはいつも、タイミング、良すぎる……」  震えた声が、すすり泣きに変わるのはすぐ。泣きたくなんかないのに。優しい言葉なんて 掛けるからいけない……。  そんな風にいつも、彼は上手い具合に俺をどん底から掬い上げて。 「お前が一人で泣いてるなんて、たまんないよ。俺の言うこと聞かないで無理ばっかして」 「ごめ……」 「謝るな。そんな一生懸命なとこも、お前のいいとこだ」 「……褒めてるのか、けなしてるのか分からないよ」 「どっちもだ。お前の全部が可愛い。いじらしくて、抱き締めたくなる」  柔らかく囁き返す彼の体温。  優しく背を撫でる大きな手の快さ。 「……抱き締めてて」  今日は。その言葉が何より、嬉しいから。 「好きなだけ抱き締めて。今は……」  今は、その優しさに甘えていたいんだ。 ----   [[50歳の年の差。>5-329]] ----

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