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<p>悪魔落ちした騎士×青年貴族</p>
<hr /><p> 今も続く初恋の話をしよう。<br />
彼と初めて出会ったのは、小さな廃教会だった。風雨を防ぐ役にも立たない古い建物で、俺<br />
はそこで自分以外の人間を見たことがなかった。<br />
美しい少年だった。侯爵家の跡取りと聞いて納得したものだ。彼は俺が平民だととうに分か<br />
っていただろうし、貴族だからと偉ぶりはしなかった。それでも俺は見栄をはって、自分はい<br />
ずれ国中に名を知られた騎士になってみせる、いずれお前と公の場で話せる身分になる、そう<br />
彼に誓った。彼は喜んでくれたように思う。<br />
それから俺は、週に一度は廃教会を訪れた。月に一度くらいは彼と会えた。俺たちは叙任式<br />
の真似事をしたり、国の未来について聞きかじりの知識で拙い議論を交わしたりした。俺は彼<br />
をロードと呼び、彼は俺をサーと呼んだ。<br />
俺が従騎士になったころ、廃教会はついに取り壊された。俺は彼の名を知らなかったし、知<br />
っていたところで会いに行けるはずもなく、俺たちの繋がりは途絶えてしまった。騎士になろ<br />
う、俺は俺に誓った。<br />
努力をした。それでも足りなかった。どうにか騎士にはなれた、しかし俺はそこまでだった。<br />
国中に知られるどころか、使い捨ての兵隊にしかなれなかった。<br />
明日から国境で戦えと命じられた日、部屋に彼が現れた。初めは夢かと思い、すぐにそれが<br />
悪魔だと気付いた。最後にあった日から、俺の背はずいぶん伸びて、体つきもずっとしっかり<br />
した。彼だけが変わっていないはずはなかった。<br />
悪魔は言った、俺を騎士の中の騎士にしてやろうと。俺は悪魔と契約した。それ以来、俺の<br />
体は軽く、周りの動きは鈍くなった。頭は冴えわたり、敵の奸計を容易く見抜いた。心はひど<br />
く穏やかで、誰にも優しく接する俺はさぞかし善人に見えただろう。<br />
戦場を離れれば、俺は羊のように温厚だった。どんな無礼にも感情に任せて怒ることはなか<br />
った。物欲も薄くなった。女が欲しいと思うこともなくなり、娼館には行かなくなった。勤勉<br />
で、偉ぶらない、優秀な騎士。それが俺だった。ふと自分が色々な感情を失ったことに気付い<br />
たが、彼への思いだけは忘れていなかった。それで十分だった。<br />
俺が今、地位を失い、罪人として裁きを待っているのは、悪魔との契約を知られたからだ。<br />
俺が失った感情の一つ、嫉妬心を持った誰かが、俺の弱みを探していた。妬むことを忘れた俺<br />
に、誰かが俺を妬んでいるなどという考えの湧くはずがなかった。<br />
明日の昼には形ばかりの裁判が行われて、俺に裁きが下される。看守の噂話によると裁判官<br />
は、侯爵の地位にある若い男だという。もしも許されるなら彼に、最初で最期のキスをしたい。<br /><br />
------------------------------------------------------------<br /><br />
今も続く初恋の話をしよう。<br />
彼と初めて出会ったのは、小さな廃教会だった。一人で街を歩いてみたくて、使用人たちか<br />
ら逃げて迷い込んだ、古い建物だった。<br />
美しいひとだと思った。俺が侯爵家の人間だと聞いても、偉そうな態度を変えなかった。こ<br />
こでしか友人でいられないことを残念がる俺に、いつか立派な騎士になって、堂々と友人を名<br />
乗ろうと言ってくれた。<br />
十日に一度は廃教会を訪れた。一人で行くのは許されなかったが、使用人は外で待っていて<br />
くれた。女との逢引ならともかく、身分の違う友人と語らうくらいは構うまい、父はそう言っ<br />
て笑った。父は俺の思いを知っているのではないかと、気まずい思いをした。<br />
しばらくして、廃教会は無くなってしまった。忍び込んだ誰かが怪我をしたという理由だっ<br />
たと思う。お互いの名も知らない俺たちは、繋がりを失ってしまった。それからの俺は、いっ<br />
そう勉学に励んだ。いつの日か騎士として俺の前に現れるだろう彼に、恥ずかしくない自分で<br />
いたかった。<br />
努力を重ねても、どうにもならないことはあった。幾度かの小競り合いと身内の愚かな行い<br />
は、領地をずいぶん小さくした。加えて父が病で亡くなり、俺には落ち目の侯爵家当主という<br />
地位が与えられた。<br />
品の無い囁きや嘲笑に耐えながら陛下への挨拶を済ませ、屋敷に帰ると、寝室には彼がいた。<br />
幻を見るほど俺は追い詰められていたのかと驚いたが、彼は自らを悪魔だと言った。<br />
君の騎士に会いたいかい、悪魔は俺に訊いた。俺は聖水を悪魔にぶちまけてやった。彼に顔<br />
向けができなくなるような手段を使うものか。俺は侯爵でなくなるかもしれない、彼は俺を見<br />
つけられないかもしれない、それなら俺が彼を捜せばいい。傭兵にでもなれば、彼と戦場でま<br />
みえる機会はあるだろうか。<br />
悪魔は去り、二度とは現れなかった。結局俺は生まれ育った屋敷さえ失ったが、名ばかりの<br />
侯爵の名を使い、どうにか職を得た。俺の新たな地位は中央の裁判官で、罪人を捕えることも<br />
ある騎士たちとは会う機会が増えた。俺の目は騎士の姿を追うが、彼らしい人は見つからなか<br />
った。<br />
ある日騎士たちから、堕ちた騎士の話を聞いた。名声のために悪魔と契約したそうだ。この<br />
国は法治国家なので一応裁判にかけられるが、悪魔との契約は重罪である。まして騎士ともな<br />
れば、彼の行く末は処刑台だろう。<br />
悪魔と聞くと、かつて現れた彼の幻影を、君の騎士という言葉を思い出す。悪魔の言葉はや<br />
はり甘い。再会が叶ったならば、俺の騎士、そう呼んで彼を抱きしめることが許されるだろう<br />
か。</p>
<hr /><p>深夜営業</p>
<hr /><p> </p>
<p>悪魔落ちした騎士×青年貴族</p>
<hr /><p> 今も続く初恋の話をしよう。<br />
彼と初めて出会ったのは、小さな廃教会だった。風雨を防ぐ役にも立たない古い建物で、俺<br />
はそこで自分以外の人間を見たことがなかった。<br />
美しい少年だった。侯爵家の跡取りと聞いて納得したものだ。彼は俺が平民だととうに分か<br />
っていただろうし、貴族だからと偉ぶりはしなかった。それでも俺は見栄をはって、自分はい<br />
ずれ国中に名を知られた騎士になってみせる、いずれお前と公の場で話せる身分になる、そう<br />
彼に誓った。彼は喜んでくれたように思う。<br />
それから俺は、週に一度は廃教会を訪れた。月に一度くらいは彼と会えた。俺たちは叙任式<br />
の真似事をしたり、国の未来について聞きかじりの知識で拙い議論を交わしたりした。俺は彼<br />
をロードと呼び、彼は俺をサーと呼んだ。<br />
俺が従騎士になったころ、廃教会はついに取り壊された。俺は彼の名を知らなかったし、知<br />
っていたところで会いに行けるはずもなく、俺たちの繋がりは途絶えてしまった。騎士になろ<br />
う、俺は俺に誓った。<br />
努力をした。それでも足りなかった。どうにか騎士にはなれた、しかし俺はそこまでだった。<br />
国中に知られるどころか、使い捨ての兵隊にしかなれなかった。<br />
明日から国境で戦えと命じられた日、部屋に彼が現れた。初めは夢かと思い、すぐにそれが<br />
悪魔だと気付いた。最後にあった日から、俺の背はずいぶん伸びて、体つきもずっとしっかり<br />
した。彼だけが変わっていないはずはなかった。<br />
悪魔は言った、俺を騎士の中の騎士にしてやろうと。俺は悪魔と契約した。それ以来、俺の<br />
体は軽く、周りの動きは鈍くなった。頭は冴えわたり、敵の奸計を容易く見抜いた。心はひど<br />
く穏やかで、誰にも優しく接する俺はさぞかし善人に見えただろう。<br />
戦場を離れれば、俺は羊のように温厚だった。どんな無礼にも感情に任せて怒ることはなか<br />
った。物欲も薄くなった。女が欲しいと思うこともなくなり、娼館には行かなくなった。勤勉<br />
で、偉ぶらない、優秀な騎士。それが俺だった。ふと自分が色々な感情を失ったことに気付い<br />
たが、彼への思いだけは忘れていなかった。それで十分だった。<br />
俺が今、地位を失い、罪人として裁きを待っているのは、悪魔との契約を知られたからだ。<br />
俺が失った感情の一つ、嫉妬心を持った誰かが、俺の弱みを探していた。妬むことを忘れた俺<br />
に、誰かが俺を妬んでいるなどという考えの湧くはずがなかった。<br />
明日の昼には形ばかりの裁判が行われて、俺に裁きが下される。看守の噂話によると裁判官<br />
は、侯爵の地位にある若い男だという。もしも許されるなら彼に、最初で最期のキスをしたい。<br /><br />
------------------------------------------------------------<br /><br />
今も続く初恋の話をしよう。<br />
彼と初めて出会ったのは、小さな廃教会だった。一人で街を歩いてみたくて、使用人たちか<br />
ら逃げて迷い込んだ、古い建物だった。<br />
美しいひとだと思った。俺が侯爵家の人間だと聞いても、偉そうな態度を変えなかった。こ<br />
こでしか友人でいられないことを残念がる俺に、いつか立派な騎士になって、堂々と友人を名<br />
乗ろうと言ってくれた。<br />
十日に一度は廃教会を訪れた。一人で行くのは許されなかったが、使用人は外で待っていて<br />
くれた。女との逢引ならともかく、身分の違う友人と語らうくらいは構うまい、父はそう言っ<br />
て笑った。父は俺の思いを知っているのではないかと、気まずい思いをした。<br />
しばらくして、廃教会は無くなってしまった。忍び込んだ誰かが怪我をしたという理由だっ<br />
たと思う。お互いの名も知らない俺たちは、繋がりを失ってしまった。それからの俺は、いっ<br />
そう勉学に励んだ。いつの日か騎士として俺の前に現れるだろう彼に、恥ずかしくない自分で<br />
いたかった。<br />
努力を重ねても、どうにもならないことはあった。幾度かの小競り合いと身内の愚かな行い<br />
は、領地をずいぶん小さくした。加えて父が病で亡くなり、俺には落ち目の侯爵家当主という<br />
地位が与えられた。<br />
品の無い囁きや嘲笑に耐えながら陛下への挨拶を済ませ、屋敷に帰ると、寝室には彼がいた。<br />
幻を見るほど俺は追い詰められていたのかと驚いたが、彼は自らを悪魔だと言った。<br />
君の騎士に会いたいかい、悪魔は俺に訊いた。俺は聖水を悪魔にぶちまけてやった。彼に顔<br />
向けができなくなるような手段を使うものか。俺は侯爵でなくなるかもしれない、彼は俺を見<br />
つけられないかもしれない、それなら俺が彼を捜せばいい。傭兵にでもなれば、彼と戦場でま<br />
みえる機会はあるだろうか。<br />
悪魔は去り、二度とは現れなかった。結局俺は生まれ育った屋敷さえ失ったが、名ばかりの<br />
侯爵の名を使い、どうにか職を得た。俺の新たな地位は中央の裁判官で、罪人を捕えることも<br />
ある騎士たちとは会う機会が増えた。俺の目は騎士の姿を追うが、彼らしい人は見つからなか<br />
った。<br />
ある日騎士たちから、堕ちた騎士の話を聞いた。名声のために悪魔と契約したそうだ。この<br />
国は法治国家なので一応裁判にかけられるが、悪魔との契約は重罪である。まして騎士ともな<br />
れば、彼の行く末は処刑台だろう。<br />
悪魔と聞くと、かつて現れた彼の幻影を、君の騎士という言葉を思い出す。悪魔の言葉はや<br />
はり甘い。再会が叶ったならば、俺の騎士、そう呼んで彼を抱きしめることが許されるだろう<br />
か。</p>
<hr /><p><a href="http://www19.atwiki.jp/910moe/pages/1165.html">深夜営業</a></p>
<hr /><p> </p>
