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面接に落ち続ける男と若社長 ---- ああ、こいつはダメだな。 一目見てそう思った。最近の若い奴はなっていない。俺にしたって生意気盛りで『お前も起業家としては若いんだよ』と言われるが、いくらなんでもここまでひどくない。 丸めた背中に汚れたTシャツ、穴のあいたジーンズと裸足にサンダル、童顔に似合わない無精髭、手入れされてない前髪に隠れた目。近くのコンビニに行くのにも、普通だったら躊躇する格好だ。一応、バイトとはいえ面接なのだ。そんな格好で雇う経営者がいるのなら、それは相当危ない仕事か、倒産間近の会社しかないだろう。 おずおずと出された履歴書を見て、頭がくらくらしてきた。ボールペンで誤字脱字を黒く塗りつぶしている。間違えたら最初から書き直せと、履歴書の見本に書いてなかったか?しかも、写真の所にプリクラが貼ってある。写真の中の彼はピースサインをしている。特技欄には堂々と『ゲーム』って書いてある。いや、そりゃあ、うちはIT企業ってやつだけどさ、もう少し考えて書いてこないか? この履歴書の汚れ方からいって、相当いろんな会社をまわっているのだろう。履歴書の使い回しもどうかと思うけれど、これを見たなら誰か教えてやれよ。プリクラ写真じゃ、どこも採用してくれないよって。 「……ええと……、履歴書に職歴がないんですが、今までどんなお仕事をされてきたんですか?」 「今まで仕事をしたことはありません。引きこもりだったので」 そこは自信を持って言う所じゃないだろう。 「現住所も書いてないんですけど…」 「家がなくなったので、公園で暮らしています」 そこも自信をもって言う所じゃない。 「あー、住む所がないのであれば、役所の福祉課に言ってご相談されたらどうですか?」 「弁護士さんにもそう言われたんですけど……。でも、僕は病気な訳でもないし、ちゃんと一人で生活出来るようにならなければと思って」 「弁護士?」 「両親は病気で相次いで亡くなってしまったんです。そしたら家は親戚にとられてしまって」 内容が繋がってないぞ。 「弁護士さんに聞いたら、僕は『実印』ってやつを渡していたらしいんです。書類も言われるままにサインをしていて。そしたら、親戚と不動産屋さんが来て、この家は買い手がついたから出て行って下さいって」 なんという危機管理能力のなさだ。 「それでも両親が残してくれた預金があったんですけど、近所の人にカードを渡していたら、その人が行方不明になっちゃって」 「……まさか暗証番号を教えてたんですか?」 「お金を銀行から出す方法を知らないって言ったら、全部やってくれるって言うから」 すげえ。これがゆとりってやつなのか。 「それで、あの、どうでしょうか? 採用してくれますか?」 「いや、その……採用、不採用のお返事は後日改めてしますので」 「僕、電話を持っていないので、今返事が欲しいんですけど」  返事ならしてもいいけどさあ。泣かれたり、落ち込まれたりしても困るんだよねえ。 「不採用ですか?」 「ええ…まあ…」 「僕のどこが悪かったでしょうか?」  いいところがないのが悪いなんて言ってもいいんだろうか。 「そうですね…まず履歴書の書き方から…」 「何を書けばいいんでしょう」 「まず、プリクラはやめましょうね」 「だめなんですか」 「それから、特技には出来る事を書きましょう。好きな事じゃなくて」 「でも僕、ずっとゲームばっかり作ってたんで、出来ることなんてないし…」 「ゲームを『作ってた』?」 「はい」 「うち、どんな会社が知ってます?」 「ソフトウェア会社ですよね」 「事務のバイト枠に応募してませんでした?」 「誰にでも出来る簡単なお仕事ですってあったから」 「いや、でもC言語くらいわかるでしょ?」 「え? わからない人なんているんですか?」 「……作ってたゲームってどんなやつ?」 「フリーで配布してるソフトだったら、パソコンを貸してくれれば見せられますけど」 「ゲーム以外に何か作った?」 「携帯用のツールとか、セキュリティ系のやつとか。販売したいからってメールが来て、著作権は譲っちゃいましたけど」  譲るなよ。 「こんなやつを作れって言ったら出来ます?」 「はあ…。そんなに難しくなさそうだから出来るんじゃないかなあ」 「どのくらいで?」 「1週間くらいかなあ」 「英語は出来る?」 「パソコンで英語圏の人とばっかり話してたから、一応……。それに論文が読めないと不便だし」 「なんでそういうことを履歴書に書かないの?」 「だってみんなが出来ることを書いても仕方ないじゃないですか」  すげえ。すげえな、引きこもり。  うちの会社がこいつの作ったソフトで大儲けして株式上場するようになるのも、俺のマンションにこいつが居着いて変な同居生活が始まってしまうのも、それはまた後の話。 ----   [[踏み踏みしてほしーの >19-369]] ----
面接に落ち続ける男と若社長 ---- 「フン!」 俺は郵便物入れに入っていた書類を破り去った。 面接まではいつもこぎ着けるのだが、結局またも不合格。 ――これで666社目になる。 「おや、またダメだったんですか」 「!!貴様」 玄関の扉から身を乗り出して背後から覗いて来たのは許 明泰だ。 「フン、わざわざ俺の無様な姿を見に来たのか」 「トイレに起きたついでですよ。同棲してるんですからいい加減慣れたらどうです」 「気色悪い!同居といえ同居と!」 「ふぅ…つれないことですな」 こいつは俺が社長を勤めていた会社の元秘書で、今やT.T.C頭取の息子兼若社長。 俺だってこれでも昔は急逝した親父の跡を継いだ、れっきとした社長様だったのだ。 俺は図体と力だけの馬鹿だという自覚があるので、むやみに経営に茶々を出さなかった。 そしたらいつの間にか俺の会社は破産宣告せざるを得なくなり、社員は運良くこの秘書の親父の会社に丸ごと吸収されて、俺は不必要な存在となった。 闘ったらこんな細長い、イタリアンスーツを好んで着るような男なんか何でもないのに、社会ではそうはいかない。 俺はこいつにも社会にも負けたのだ。 書類審査だけなら警備会社なら楽々通るのに面接では落とされるのは、就職相談会に行って思い切って相談したら、「高慢な態度だから」と言われた。 そう育ったんだ仕方がないだろうという言い訳も通じない。社会は厳しい。もう29だし、このままじゃ駄目かもしれない。 だが、いつかは必ず自立はしなくてはならん。 「だから言ってるでは無いですか、克美様」 今のように慇懃無礼でイタリア服なぞ着ている香水臭い香港人に毎日毎日、 「私に素直に養われればいいのだと。はやく養子縁組いたしましょうよ、愛人(アイレン)」 ……尻を撫でられないようになるためには! 「離れんかあぁああ!!!」 「おおっと」 俺より力は弱いはずなのに、動体視力がいいのか俺の攻撃が当たった試しはない。 イタリア男を気取った口髭を弄る手つきが俺の尻を触ったかと思うと糞忌々しい。 一刻もはやくこいつから離れたいのに、破産宣告出したせいで家も財産も差し押さえられ、帰る所が無い。 しかも呆然としているところをこいつのSPに車に担ぎ込まれ、強制的にコイツと同居。会社の後のことを聞かされると同時に体の関係を迫られ、退け……いまは何とか仕事:家事手伝いということで収まってるが。 ――ん?思い出すと、こいつやけに段取りが良くないか? 「おい許、まさかお前」 「なんですかな」 問い質そうと振り向いた瞬間、目の前に許のアップがあり、反射的に頭を後退したというのに追い込まれ、キスされた。 「……ぐ、うああ!何をするか馬鹿野郎!!」 必死で口を拭う。鳥肌が立ったじゃないか! 「はっはっは、朝からごちそうさまです」 「……ああもういい!今日はお前朝飯抜きだ!」 「克美様ったら、三十路前にの癖に大人気の無いことを言わないでください。馬可愛いなもう」 「黙らんか阿呆が!!」 まったくこいつは!……ん?俺は今何をこいつに聞こうとしたんだったか。 「そうだ、今日は克美様も私の良く行く店のスーツを見に行きましょうよ。トールサイズもあるのできっと合う服が…いっそオーダーメードでも!」 「馬鹿言うな。面接にそんな格好する奴がいるか!俺でも分かるわ!」 忘れてしまったなら大した用件じゃないんだろう。 まあいいか。 【こうして段段と若社長に懐柔されていく元社長】 ----   [[面接に落ち続ける男と若社長 >19-359-1]] ----

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