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あと僅かで月が満ちようという夜、ある国の城。 豪奢な造りの寝台には、情を交え終えた王と、王の男がくつろいでいる。 「殿下」 「名で呼べ。興が冷める」 「……グスタフ様」 「どうしたジャン」 「明日は舞踏会に御出席ですか」 「客が来るのでな。何だ、抱かれぬ夜が寂しいか」 「明後日の夜を心待ちにしております」 「素直で良いことだ。では二日後は存分に可愛がってやろう」 ――下衆が。誰が喜んでお前の油の浮いた肌に触れるものか。 彼の心の呟きに気付かないまま、王は彼に口付けた。 「その頃には月も満ちていよう。楽しみだ」 ――あぁ、明後日の今頃は……! 王が目を閉じて寝息を立て始めても、彼は眠れなかった。 緊張と興奮が身体を包み、ひどく手足が冷え、頭が冴えていくのだった。 仮面舞踏会の夜、城は華やいでいた。 色とりどりの衣装、繊細な細工の仮面、煌びやかな宝飾品。 一国の主が主催する舞踏会とあって、目の眩むような豪華な演出がなされていた。 列席するのは有力な貴族や王族の血を引く者たちで、彼らは各々の権力と美しさを誇りあうように談笑し、踊り、遊びの約束を交わした。 しかし王は一人冷めていた。 年若い少女の薔薇色の頬も、年頃の貴婦人の丸い胸も、男の青い瞳を思い出せばどれも劣るように思えた。 深く息を吐いて会場を見渡す。すると、ある青年が目に留まった。 「一曲どうだ」 「……ご冗談を」 「今夜は仮面舞踏会だ。気違い沙汰も面白い」 「ではリードしていただけるのなら」 曲が始まろうとする直前、王は青年の手を取った。 白い仮面の奥に隠された瞳は青く澄んでおり、寝台の上の男を思い出させた。 「お前によく似た目をした男を知っている」 ステップを踏みながら青年に囁く。 「さて、どなたのことでしょう」 青年は女性のパートを難なく踊りこなしながら返した。 「私の男だ」 弦楽器の音が一際高く響いた瞬間、王が青年の腰を抱き寄せた。 青年は片手をつないだまま逆の手で王の胸を付き、いったん離れてみせる。 周囲の人々は世にも珍しい男性同士のダンスに目を奪われ、リードをとる側の人間が王だとは気付かぬまま、冷やかし混じりに囃し立てた。 「私もあなた様によく似た方を存じております」 いくつかのステップを無難に踏み、再び王に身を寄せた青年が呟いた。 「ほう、誰だ」 王は口の端を上げて微笑んだ。愛人か、兄弟か。奇妙な縁もあるものよ。 頃合良く音楽も最高潮を迎えるところだ。弦が震え、狂おしいまでの旋律が身を焦がす。 今夜はこの青年を寝室に迎えようか。王は胸を高鳴らせた。 「私の敵でございます」 先ほどまで高鳴っていた胸に、また違った衝撃が走った。青年がよたつく王を支え、耳元に唇を寄せる。 「グスタフ様、私の瞳はそんなに父に似ておりますか」 王は短く息を呑んだ。 「殿下の御命令であったと、寝台の中で教えてくださったではありませんか」 手を伸ばし、青年の仮面に触れる。 「ジャン、おまえ……」 「私の名はジャン・ベイルマン。殿下に殺されたルーカス・ベイルマンの息子でございます」 ずらした仮面からのぞいた青い瞳は、間違いなく王の男のものだった。 「ああ!」 小さく絶望の声を上げた王の唇に男が口付けた。悲鳴は吸い込まれ、誰にも届かない。 密着していた二人が距離を置き、王が床に伏すと、会場はしんと静まり返った。 溢れかえる金切り声、少し遅れて兵を呼ぶ怒声。今や王の仮面は外れ、その左胸には刃の薄いナイフが深く刺さっていた。 白い仮面を付け直した青年は身を翻し、壁の一部を押した。そこ隠されていた扉が開き、彼を吸い込んでいった。 古い時代に作られた地下への抜け道を知っているものは、王とごく少数の血縁者のみだ。 近くにいた者が後を追おうとしたが、その扉が二度目の侵入者を許すことはなかった。 その夜、王の男が部屋で休んでいると、一人の兵がやってきた。 「たった今、グスタフ王がお眠りにつきました」 「ああ、なんということだ……。何か託されたことはありましたか」 「いいえ、胸の傷が深く、とてもお話になれる状態ではありませんでしたから」 「殿下には長い間、父子のように目をかけていただいて……」 「心中お察しします」 「舞踏会になど行かないでほしいと、正直に告げればよかった」 「御妃様もそうおっしゃっていました」 「私は明日城を出ます」 「葬儀には参列されないのですか」 「御妃様や王子様方の心をを余計に乱すことになりますから」 「その御心遣い、感謝いたします」 「今夜は我々の王を悼みましょう」 「ええ、それでは失礼いたします」 次の夜、ジャン・ベイルマンは小さな手荷物だけを持って城を去った。 月は満ち、白々と彼の横顔を照らしていた。復讐を遂げたジャンは外壁越しに城を見つめ、薄く笑った。 ――さようなら、愚かなグスタフ王。 もう王の男としての仮面をつけている必要などないのだが、何故かその青い瞳は冷たく潤み、満月の光を映すのだった。
仮面舞踏会 ---- あと僅かで月が満ちようという夜、ある国の城。 豪奢な造りの寝台には、情を交え終えた王と、王の男がくつろいでいる。 「殿下」 「名で呼べ。興が冷める」 「……グスタフ様」 「どうしたジャン」 「明日は舞踏会に御出席ですか」 「客が来るのでな。何だ、抱かれぬ夜が寂しいか」 「明後日の夜を心待ちにしております」 「素直で良いことだ。では二日後は存分に可愛がってやろう」 ――下衆が。誰が喜んでお前の油の浮いた肌に触れるものか。 彼の心の呟きに気付かないまま、王は彼に口付けた。 「その頃には月も満ちていよう。楽しみだ」 ――あぁ、明後日の今頃は……! 王が目を閉じて寝息を立て始めても、彼は眠れなかった。 緊張と興奮が身体を包み、ひどく手足が冷え、頭が冴えていくのだった。 仮面舞踏会の夜、城は華やいでいた。 色とりどりの衣装、繊細な細工の仮面、煌びやかな宝飾品。 一国の主が主催する舞踏会とあって、目の眩むような豪華な演出がなされていた。 列席するのは有力な貴族や王族の血を引く者たちで、彼らは各々の権力と美しさを誇りあうように談笑し、踊り、遊びの約束を交わした。 しかし王は一人冷めていた。 年若い少女の薔薇色の頬も、年頃の貴婦人の丸い胸も、男の青い瞳を思い出せばどれも劣るように思えた。 深く息を吐いて会場を見渡す。すると、ある青年が目に留まった。 「一曲どうだ」 「……ご冗談を」 「今夜は仮面舞踏会だ。気違い沙汰も面白い」 「ではリードしていただけるのなら」 曲が始まろうとする直前、王は青年の手を取った。 白い仮面の奥に隠された瞳は青く澄んでおり、寝台の上の男を思い出させた。 「お前によく似た目をした男を知っている」 ステップを踏みながら青年に囁く。 「さて、どなたのことでしょう」 青年は女性のパートを難なく踊りこなしながら返した。 「私の男だ」 弦楽器の音が一際高く響いた瞬間、王が青年の腰を抱き寄せた。 青年は片手をつないだまま逆の手で王の胸を付き、いったん離れてみせる。 周囲の人々は世にも珍しい男性同士のダンスに目を奪われ、リードをとる側の人間が王だとは気付かぬまま、冷やかし混じりに囃し立てた。 「私もあなた様によく似た方を存じております」 いくつかのステップを無難に踏み、再び王に身を寄せた青年が呟いた。 「ほう、誰だ」 王は口の端を上げて微笑んだ。愛人か、兄弟か。奇妙な縁もあるものよ。 頃合良く音楽も最高潮を迎えるところだ。弦が震え、狂おしいまでの旋律が身を焦がす。 今夜はこの青年を寝室に迎えようか。王は胸を高鳴らせた。 「私の敵でございます」 先ほどまで高鳴っていた胸に、また違った衝撃が走った。青年がよたつく王を支え、耳元に唇を寄せる。 「グスタフ様、私の瞳はそんなに父に似ておりますか」 王は短く息を呑んだ。 「殿下の御命令であったと、寝台の中で教えてくださったではありませんか」 手を伸ばし、青年の仮面に触れる。 「ジャン、おまえ……」 「私の名はジャン・ベイルマン。殿下に殺されたルーカス・ベイルマンの息子でございます」 ずらした仮面からのぞいた青い瞳は、間違いなく王の男のものだった。 「ああ!」 小さく絶望の声を上げた王の唇に男が口付けた。悲鳴は吸い込まれ、誰にも届かない。 密着していた二人が距離を置き、王が床に伏すと、会場はしんと静まり返った。 溢れかえる金切り声、少し遅れて兵を呼ぶ怒声。今や王の仮面は外れ、その左胸には刃の薄いナイフが深く刺さっていた。 白い仮面を付け直した青年は身を翻し、壁の一部を押した。そこ隠されていた扉が開き、彼を吸い込んでいった。 古い時代に作られた地下への抜け道を知っているものは、王とごく少数の血縁者のみだ。 近くにいた者が後を追おうとしたが、その扉が二度目の侵入者を許すことはなかった。 その夜、王の男が部屋で休んでいると、一人の兵がやってきた。 「たった今、グスタフ王がお眠りにつきました」 「ああ、なんということだ……。何か託されたことはありましたか」 「いいえ、胸の傷が深く、とてもお話になれる状態ではありませんでしたから」 「殿下には長い間、父子のように目をかけていただいて……」 「心中お察しします」 「舞踏会になど行かないでほしいと、正直に告げればよかった」 「御妃様もそうおっしゃっていました」 「私は明日城を出ます」 「葬儀には参列されないのですか」 「御妃様や王子様方の心をを余計に乱すことになりますから」 「その御心遣い、感謝いたします」 「今夜は我々の王を悼みましょう」 「ええ、それでは失礼いたします」 次の夜、ジャン・ベイルマンは小さな手荷物だけを持って城を去った。 月は満ち、白々と彼の横顔を照らしていた。復讐を遂げたジャンは外壁越しに城を見つめ、薄く笑った。 ――さようなら、愚かなグスタフ王。 もう王の男としての仮面をつけている必要などないのだが、何故かその青い瞳は冷たく潤み、満月の光を映すのだった。

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