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殺し愛 ---- 「毎回思うんですけど」 男の腕に包帯を巻きながら、少年は嘆息した。 「本当、楽しそうですよね。あの人とやりあってるとき」 今しがた、男の切り裂かれた腕を縫合し終えたところだ。 まともな医学など学んでもいない自分の治療技術がここまで向上したのも、 目を逸らしたくなるような傷を前にして殆ど動揺しなくなったのも、半分以上この男が原因だと少年は思っている。 「上からの指令、ちゃんと覚えてますよね?」 「わーってるよ。……あーあ、邪魔が入らなけりゃもっと楽しめたんだがなぁ」 「楽しんでないで、殺してください」 「だからわかってるって。うるせえぞ」 ぞんざいな口調とは裏腹に、男はずっと上機嫌だった。利き腕に深い傷を負ったにも関わらず、 鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気だ。きっと二ヶ月ぶりの『最中』を思い出しているのだろう。 ニヤついている男に、少年はわざと聞こえるように大きなため息をつく。 「分かってません。だって殺せてないじゃないですか。また逃げられたじゃないですか」 わざときつい言い方をしたのだが、男は特に怒らなかった。 「逃げられてねえよ。ただアイツを囲ってる連中が、途中でアイツを引き摺っていきやがっただけだ」 「詭弁です」 「アイツは逃げねーよ」 男は楽しそうに笑っている。 「アイツが、俺から逃げるわけがねえ」 言い切るその言葉に、少年はそれ以上言い返さず、小さく「そうですか」とだけ呟いた。 男の腕に傷を負わせた『あの男』のことを、少年は直接は知らない。 だが、彼があの男に執着しているのは、組織内でも有名な話だ。それこそ殺したいほどに。 あの男は彼の元相棒で、組織を抜けた裏切り者だった。 だから、組織の上層部はあの男の抹殺に彼を差し向けた。適任だと考えたのだろう。 (それが間違いだったんだ。この人は、あの人の『抹殺』に一番向いていない) 一度目。あの男が組織を抜けてから、二人が初めて再会したあのとき。 彼は笑っていた。笑いながら、傷を付けて付けられていた。『会いたかった』と嬉しそうに。 二人は、まるで互いの姿しか目に入らないように、ただただ、血みどろになって殺し合いを演じた。 少年が男の下について数年経っていたが、あんな彼を見たのは初めてだった。 あのときは彼に『邪魔をするな』と言いつけられていたが、 そんな言いつけがなくても自分は動けなかっただろう。そう少年は思い返す。 結局、あの最初の殺し合いは、現在あの男が身を寄せているらしいレジスタンスの狙撃によって中断し、 彼はあの男を殺せず、あの男もレジスタンスも彼を殺すことはできなかった。 あれから幾度かの戦闘が起こっているが、未だ決着はついていない。 飽くまであのレジスタンスの狙いは組織に打撃を与えることであり、あの男は重要な戦力ということなのだろう。 その大事な戦力の過去の因縁など、敵の一幹部をおびき出すエサ程度にしか考えていないのかもしれない。 「……はい、出来ました。数日はちゃんと大人しくして、早く治してくださいよ?」  包帯を巻き終わって、少年は男の腕を軽く叩く。 今回の怪我が、右腕と右耳の裂傷だけで済んだのは幸いだった。 「その間に上から来た他の指令は、可能な限り僕や部下で対処しますから」 「おー。サンキューな」 敵対相手には血も涙もない癖に、こういうときこの男は人懐っこく笑う。 その反応が嬉しくないこともなかったが、あの最初の殺し合いを見てからは素直に喜べなくなっていた。 (あの人に向けていた笑顔とは、比較にすらならない) 男は、手首をカクカクやりながら、機嫌良さげに包帯の巻かれた右腕を眺めている。 ――まるで、大事な相手から貰った大事なプレゼントでも見つめるように。 その様子を見て、少年は無意識のうちに口を開いていた。 「……そんなに気に入っているなら」 「ん?」 「そんなに、あの人が気に入っているのなら。もっと平和的な手段があるんじゃないですか」 「平和的、だぁ?」 男は眉を顰め首を傾げて少年の顔を見る。少年は、そんな男の目を真っ直ぐに見返した。 組織の意向はあの男の『抹殺』だ。それを分かっていながらも、少年は言葉を紡ぐ。 「握手して、ハグして、キスして、どちらかがどちらかに突っ込めばいいんです」 「…………」 男はぽかんと目を丸くして少年の顔を見つめ、数秒後、盛大な笑い声をあげた。 「ぎゃはははは、なに言ってんのお前。俺はお前みたいな変態じゃねえよ」 「言うに事欠いて、僕を変態呼ばわりですか」 「だってそうだろ?突っ込めって、お前。俺はアイツを殺すんだよ、キスしてどうすんだ」 心底可笑しそうに大爆笑する男を前にして、少年は今自分が言ったことを即後悔する。 そして、後悔を誤魔化すように小さく咳払いしてから、素直に頭を下げた。 「血迷いました。つい馬鹿なことを言いました。すいません」 「つい、で言うことがソレかよ。ははは、まあいいって。ちょっとだけ面白かったぜ」 「すいませんでした」 「じゃあ、変態なお前に一つ命令。うん、罰だな、上司をからかった罰」 「……はい。なんなりとどうぞ」 「アイツを囲ってるナントカいう連中な。あれの本隊が今どこに居るのか捜せ」 「え?」 少年は少し驚いて顔をあげ、男を見る。 「いい加減、鬱陶しい。潰すぞ」 そう言った男の表情からは、人懐っこい笑顔は消えていた。 「俺らがあいつら潰せば、上も当分はうるせーこと言ってこなくなる。一石二鳥だろ」 ヘラヘラとしながらも、彼は気付いている。 結果を出さない自分達に組織が痺れを切らして、あの男に別の人間を差し向けるかもしれないことも。 最初の殺し合いであの男の『友軍』がそうしたように、遠方からの狙撃などで決着を図るかもしれないことも。 気付いた上で、極めて冷静に判断し動いている。多少の遠回りも雑用も我慢も厭わない。 「アイツとやり合うはそれからだ」 全ては、あの男を殺すために、または殺されるために――あるいは永遠に、殺し合うために。 (やっぱり、上層部は判断を誤った。あの人の抹殺は、もっと別の人間に命令するべきだったんだ) (だってこの人は、あの人の事を一番に考えていて、一番に憎んでいて、一番に……) ----   [[悪事に手を染める主と、心を痛めつつも手伝うことに喜びを感じる執事>18-969]] ----

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