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コスモスなど優しく吹けば死ねないよ
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その場所で、その子は花を持って立っていた。
僕はかける言葉も無く、ただ後ろに立っている。
この場所で、彼は死んだ。ある朝、複数の人間に殴られ、裸にむかれ、冷え込む秋の朝、
この裏路地に放置されて、暴行と凍死で死んだ。犯人は、捕まっていない。
この前まで、僕と仲良く喋っていた、自分で自分のことを「チンピラ」と呼んでいた彼に、
花をたむけるのは、その子がはじめてだった。
僕は情報屋だった。
この前、刑事に、僕はある情報を流した。それは、麻薬取引について。
チンピラが漏らした情報だった。
その情報の結果、ある麻薬ルートが消滅した。
僕は、その情報を流す時、それでチンピラがどうなるかなんて、考えもしていなかった。
ただ無邪気に、この大きな情報を、お金に変えた。
だから…、目の前の子は、こんなに悲しんでいる。
目の前の子は、立ちんぼ、という仕事をしている、男の娼婦だった。
未成年で、何度も補導されている。でも、その仕事をやめない。
理由は、帰るところがないからだそうだ。
そんな彼は、チンピラに拾われて、ある日から、立ちんぼをやめた。
どういった生活を、二人で送っていたかは知らない。ただ、僕がチンピラと最後に話した時、
チンピラはこう言っていた。
「ほうっておけない人間ができたから、チンピラから足洗おうと思ってるんだ」
目の前の子は、僕のところにやってきて、泣きもせず、「彼が死んだ場所を教えて」と言った。
そして、今はただ、その場所を無言でながめている。
「…死のうとか、考えるなよ」
僕は、かろうじてそう言った。
そう言わないと、彼はどこかへ消えていってしまいそうだったからだ。
僕は、自分ですら信じていない言葉を吐いた。
「死んだら、天国にいけないから、ソイツと会えなくなる」
その子は、僕の方をふりかえった。その顔に、感情は見えない。
しばらく、だまったまま、僕達は見詰め合った。
「…コスモスなど、やさしく吹けば、死ねないよ…」
「え?」
その子は、それだけつぶやくと、チンピラの墓前に、バサリと花を投げた。
その花は、秋桜。
彼はその後、この街から姿を消した。家に戻った、という話も聞かない。
僕はその後、ある本を読んで、彼の最後の言葉に出会うことになる。
「鈴木しづ子…」
それは、娼婦の俳句という扇情的な見出しの後に、ならんでいた。
女性設計技師から、ダンサー、娼婦、そして黒人の在日兵と恋に落ちた女性俳人の句らしい。
そしてこの句は…その黒人兵士が死んだ後の句。
「『コスモスなど、やさしく吹けば死ねないよ…』」
その本の最後は、こう締めくくられていた。
『この女性は、出版記念会の席上、「それでは皆さん、ごきげんよう、そしてさようなら」
と言って中座し、そのまま姿を消しました。現在も、生死不明です』
僕は、この文を読んで、もうあの子には二度と会えないのだろうな、と悟った。
死にたいでも、死にたくないでもなく、死ねないあの子。
だから、彼はせめて、しづ子のように、消えてしまったら、二度とは戻ってこないつもりなのだ。
僕は、ただその本を手にもったまま、立ち尽くしていた。
情報屋は、それからやっていない。
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[[コスモスなど優しく吹けば死ねないよ>4-769-1]]
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