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殺し愛
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ずるり、と腕の中の体から力が抜け、そのまま地面へと崩れ落ちる。
ふう、とため息をつけば今補給した食事の鉄の味が口の中へと広がって、
なかなか甘美だと言えた。
そっとかがんで足元の体を持ち上げる。戯れに襲ったその青年は浅い息を立てていた。
今まで基本的に女を獲物としていたが、男も選べばなかなかのものだ。
しかし満ちる力とは別に、私はまるで凪の中で座るような気分だった。
何が不足か。そう仲間なら聞くだろう。なぜなら私もそうだった。
しかし今は違う。
一ヶ月。
たった一ヶ月で私は変わってしまった。
一ヶ月前の満月の日、あの夜あの場所あの時以来、いくら美女を捕まえれど、いくら
甘美な血を吸えど、私は満たされない。
それは遠大な戯れ。どんなに贅を尽くした晩餐、どんなに清らかな血、穢れた血よりも
甘美なもの。
銀色と青灰色と紅。それが私を支配して、ひとときたりとも離さない。
だからこの青年を襲った。私の屋敷でなく、そうとうに町中で、十分に目立つ、ここで。
とんだ迂闊。とんだ失敗。けれどそうしなければいけなかった。この時この場所。
この満月。すべてがすべて―――相応しい!
だん、と私の腕を掠めた銀の小剣が壁に突き刺さる。青年を置いてそれを避けながら、
体中の血が沸き立った。
来た。
来たのだ――彼が。私の運命が!
私の退路を立つように立つ彼に私は生み出した棘を投げる。しかしそれはあえなく弾かれた。
当然だろう。彼はそういうものなのだ。
「よう。二日ぶりだな、馬鹿野郎」
「そうだね。二日ぶりだよ、馬鹿な人」
くっ、と日憎げな笑いと共に青灰色の瞳が眇められる。それだけで私の体に痺れが走る。
ああ、早く触れたい。
その銀色の髪にこの体を絡め、その瞳に口付けて、その唇を奪いとり、首筋に口付けたい!
これは宿命。私が黒い羊膜に、彼が赤い羊膜に包まれて生まれた、その時からの抗いようもない運命なのだ。
彼が一歩踏み出す。本来神聖たる彼は、青年の体を躊躇いもせず軽く蹴って隅へ押しやった。
「全く。血を飲むなら俺からにしておけと言っただろう?」
「残酷な事を言うね。そんな事したら、僕は死んでしまうじゃないか」
「ほう――だが、一番これが、旨いんだろう? それにすぐ死ぬわけじゃない。少なくとも死ぬまで最高の美味を味わえるじゃないか」
くっ、と思わず口角が上がる。彼もそれに笑い返す。
なぜなら彼は分かっているのだ。私がそんな事をちっとも望みはしない事を。万一そんな条件を飲めば、彼は私を躊躇なく殺す。その血を私が味わう前に。
つまりはあえて言っただけのこと。ただのちょっとした戯れだ。
ああそうか、戯れということは、前戯でもあるのだろうか? だとすれば答えるほかあるまい。
「まあね。だからそうしてもいいのだけれど――」
手を取り出したナイフで切る。どろりと一瞬血が垂れてすぐ傷口は塞がった。その血を練って広げ、紅の小剣を作り出す。
彼の血は私にとってたまらなく甘美だ。それを拒む理由は一つ。そう、たった一つだった。
「そうしたら、君を殺せないだろう?」
ねえ、私の恋人よ。
彼はそれににやりと笑う。笑って―――長剣を抜く。
「そうだな――それには同意だ!」
――さあ、殺し合いを始めよう。
この戦いは終わらない。一ヶ月前から始まって、そして私か彼が屠られるまで、永遠に終わらない。
けれどそれがなんだというのか。
これは運命、これは宿命。だから殺す。殺される。それの何が悪いのか。
「愛してるぜ、俺の恋人!」
「愛しているよ、私の恋人!」
彼の胸に飛び込むように地を駆ければ、迎えるように剣を持つ手が差し伸べられる。
私は唇を吊り上げる。彼を殺せばこれ以上の快感か。それを考えるだけで何もかもがどうでも良い。
私はまさにどこまでも、これ以上なく満たされていた。
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[[悪事に手を染める主と、心を痛めつつも手伝うことに喜びを感じる執事>18-969]]
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殺し愛
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ずるり、と腕の中の体から力が抜け、そのまま地面へと崩れ落ちる。
ふう、とため息をつけば今補給した食事の鉄の味が口の中へと広がって、
なかなか甘美だと言えた。
そっとかがんで足元の体を持ち上げる。戯れに襲ったその青年は浅い息を立てていた。
今まで基本的に女を獲物としていたが、男も選べばなかなかのものだ。
しかし満ちる力とは別に、私はまるで凪の中で座るような気分だった。
何が不足か。そう仲間なら聞くだろう。なぜなら私もそうだった。
しかし今は違う。
一ヶ月。
たった一ヶ月で私は変わってしまった。
一ヶ月前の満月の日、あの夜あの場所あの時以来、いくら美女を捕まえれど、いくら
甘美な血を吸えど、私は満たされない。
それは遠大な戯れ。どんなに贅を尽くした晩餐、どんなに清らかな血、穢れた血よりも
甘美なもの。
銀色と青灰色と紅。それが私を支配して、ひとときたりとも離さない。
だからこの青年を襲った。私の屋敷でなく、そうとうに町中で、十分に目立つ、ここで。
とんだ迂闊。とんだ失敗。けれどそうしなければいけなかった。この時この場所。
この満月。すべてがすべて―――相応しい!
だん、と私の腕を掠めた銀の小剣が壁に突き刺さる。青年を置いてそれを避けながら、
体中の血が沸き立った。
来た。
来たのだ――彼が。私の運命が!
私の退路を立つように立つ彼に私は生み出した棘を投げる。しかしそれはあえなく弾かれた。
当然だろう。彼はそういうものなのだ。
「よう。二日ぶりだな、馬鹿野郎」
「そうだね。二日ぶりだよ、馬鹿な人」
くっ、と日憎げな笑いと共に青灰色の瞳が眇められる。それだけで私の体に痺れが走る。
ああ、早く触れたい。
その銀色の髪にこの体を絡め、その瞳に口付けて、その唇を奪いとり、首筋に口付けたい!
これは宿命。私が黒い羊膜に、彼が赤い羊膜に包まれて生まれた、その時からの抗いようもない運命なのだ。
彼が一歩踏み出す。本来神聖たる彼は、青年の体を躊躇いもせず軽く蹴って隅へ押しやった。
「全く。血を飲むなら俺からにしておけと言っただろう?」
「残酷な事を言うね。そんな事したら、僕は死んでしまうじゃないか」
「ほう――だが、一番これが、旨いんだろう? それにすぐ死ぬわけじゃない。少なくとも死ぬまで最高の美味を味わえるじゃないか」
くっ、と思わず口角が上がる。彼もそれに笑い返す。
なぜなら彼は分かっているのだ。私がそんな事をちっとも望みはしない事を。万一そんな条件を飲めば、彼は私を躊躇なく殺す。その血を私が味わう前に。
つまりはあえて言っただけのこと。ただのちょっとした戯れだ。
ああそうか、戯れということは、前戯でもあるのだろうか? だとすれば答えるほかあるまい。
「まあね。だからそうしてもいいのだけれど――」
手を取り出したナイフで切る。どろりと一瞬血が垂れてすぐ傷口は塞がった。その血を練って広げ、紅の小剣を作り出す。
彼の血は私にとってたまらなく甘美だ。それを拒む理由は一つ。そう、たった一つだった。
「そうしたら、君を殺せないだろう?」
ねえ、私の恋人よ。
彼はそれににやりと笑う。笑って―――長剣を抜く。
「そうだな――それには同意だ!」
――さあ、殺し合いを始めよう。
この戦いは終わらない。一ヶ月前から始まって、そして私か彼が屠られるまで、永遠に終わらない。
けれどそれがなんだというのか。
これは運命、これは宿命。だから殺す。殺される。それの何が悪いのか。
「愛してるぜ、俺の恋人!」
「愛しているよ、私の恋人!」
彼の胸に飛び込むように地を駆ければ、迎えるように剣を持つ手が差し伸べられる。
私は唇を吊り上げる。彼を殺せばこれ以上の快感か。それを考えるだけで何もかもがどうでも良い。
私はまさにどこまでも、これ以上なく満たされていた。
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[[殺し愛>18-959-1]]
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