「18-959」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

18-959」(2010/06/12 (土) 14:53:51) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

殺し愛 ---- ずるり、と腕の中の体から力が抜け、そのまま地面へと崩れ落ちる。 ふう、とため息をつけば今補給した食事の鉄の味が口の中へと広がって、 なかなか甘美だと言えた。 そっとかがんで足元の体を持ち上げる。戯れに襲ったその青年は浅い息を立てていた。 今まで基本的に女を獲物としていたが、男も選べばなかなかのものだ。 しかし満ちる力とは別に、私はまるで凪の中で座るような気分だった。 何が不足か。そう仲間なら聞くだろう。なぜなら私もそうだった。 しかし今は違う。 一ヶ月。 たった一ヶ月で私は変わってしまった。 一ヶ月前の満月の日、あの夜あの場所あの時以来、いくら美女を捕まえれど、いくら 甘美な血を吸えど、私は満たされない。 それは遠大な戯れ。どんなに贅を尽くした晩餐、どんなに清らかな血、穢れた血よりも 甘美なもの。 銀色と青灰色と紅。それが私を支配して、ひとときたりとも離さない。 だからこの青年を襲った。私の屋敷でなく、そうとうに町中で、十分に目立つ、ここで。 とんだ迂闊。とんだ失敗。けれどそうしなければいけなかった。この時この場所。 この満月。すべてがすべて―――相応しい! だん、と私の腕を掠めた銀の小剣が壁に突き刺さる。青年を置いてそれを避けながら、 体中の血が沸き立った。 来た。 来たのだ――彼が。私の運命が! 私の退路を立つように立つ彼に私は生み出した棘を投げる。しかしそれはあえなく弾かれた。 当然だろう。彼はそういうものなのだ。 「よう。二日ぶりだな、馬鹿野郎」 「そうだね。二日ぶりだよ、馬鹿な人」 くっ、と日憎げな笑いと共に青灰色の瞳が眇められる。それだけで私の体に痺れが走る。 ああ、早く触れたい。 その銀色の髪にこの体を絡め、その瞳に口付けて、その唇を奪いとり、首筋に口付けたい! これは宿命。私が黒い羊膜に、彼が赤い羊膜に包まれて生まれた、その時からの抗いようもない運命なのだ。 彼が一歩踏み出す。本来神聖たる彼は、青年の体を躊躇いもせず軽く蹴って隅へ押しやった。 「全く。血を飲むなら俺からにしておけと言っただろう?」 「残酷な事を言うね。そんな事したら、僕は死んでしまうじゃないか」 「ほう――だが、一番これが、旨いんだろう? それにすぐ死ぬわけじゃない。少なくとも死ぬまで最高の美味を味わえるじゃないか」 くっ、と思わず口角が上がる。彼もそれに笑い返す。 なぜなら彼は分かっているのだ。私がそんな事をちっとも望みはしない事を。万一そんな条件を飲めば、彼は私を躊躇なく殺す。その血を私が味わう前に。 つまりはあえて言っただけのこと。ただのちょっとした戯れだ。 ああそうか、戯れということは、前戯でもあるのだろうか? だとすれば答えるほかあるまい。 「まあね。だからそうしてもいいのだけれど――」 手を取り出したナイフで切る。どろりと一瞬血が垂れてすぐ傷口は塞がった。その血を練って広げ、紅の小剣を作り出す。 彼の血は私にとってたまらなく甘美だ。それを拒む理由は一つ。そう、たった一つだった。 「そうしたら、君を殺せないだろう?」 ねえ、私の恋人よ。 彼はそれににやりと笑う。笑って―――長剣を抜く。 「そうだな――それには同意だ!」 ――さあ、殺し合いを始めよう。 この戦いは終わらない。一ヶ月前から始まって、そして私か彼が屠られるまで、永遠に終わらない。 けれどそれがなんだというのか。 これは運命、これは宿命。だから殺す。殺される。それの何が悪いのか。 「愛してるぜ、俺の恋人!」 「愛しているよ、私の恋人!」 彼の胸に飛び込むように地を駆ければ、迎えるように剣を持つ手が差し伸べられる。 私は唇を吊り上げる。彼を殺せばこれ以上の快感か。それを考えるだけで何もかもがどうでも良い。 私はまさにどこまでも、これ以上なく満たされていた。 ----   [[悪事に手を染める主と、心を痛めつつも手伝うことに喜びを感じる執事>18-969]] ----
殺し愛 ---- ずるり、と腕の中の体から力が抜け、そのまま地面へと崩れ落ちる。 ふう、とため息をつけば今補給した食事の鉄の味が口の中へと広がって、 なかなか甘美だと言えた。 そっとかがんで足元の体を持ち上げる。戯れに襲ったその青年は浅い息を立てていた。 今まで基本的に女を獲物としていたが、男も選べばなかなかのものだ。 しかし満ちる力とは別に、私はまるで凪の中で座るような気分だった。 何が不足か。そう仲間なら聞くだろう。なぜなら私もそうだった。 しかし今は違う。 一ヶ月。 たった一ヶ月で私は変わってしまった。 一ヶ月前の満月の日、あの夜あの場所あの時以来、いくら美女を捕まえれど、いくら 甘美な血を吸えど、私は満たされない。 それは遠大な戯れ。どんなに贅を尽くした晩餐、どんなに清らかな血、穢れた血よりも 甘美なもの。 銀色と青灰色と紅。それが私を支配して、ひとときたりとも離さない。 だからこの青年を襲った。私の屋敷でなく、そうとうに町中で、十分に目立つ、ここで。 とんだ迂闊。とんだ失敗。けれどそうしなければいけなかった。この時この場所。 この満月。すべてがすべて―――相応しい! だん、と私の腕を掠めた銀の小剣が壁に突き刺さる。青年を置いてそれを避けながら、 体中の血が沸き立った。 来た。 来たのだ――彼が。私の運命が! 私の退路を立つように立つ彼に私は生み出した棘を投げる。しかしそれはあえなく弾かれた。 当然だろう。彼はそういうものなのだ。 「よう。二日ぶりだな、馬鹿野郎」 「そうだね。二日ぶりだよ、馬鹿な人」 くっ、と日憎げな笑いと共に青灰色の瞳が眇められる。それだけで私の体に痺れが走る。 ああ、早く触れたい。 その銀色の髪にこの体を絡め、その瞳に口付けて、その唇を奪いとり、首筋に口付けたい! これは宿命。私が黒い羊膜に、彼が赤い羊膜に包まれて生まれた、その時からの抗いようもない運命なのだ。 彼が一歩踏み出す。本来神聖たる彼は、青年の体を躊躇いもせず軽く蹴って隅へ押しやった。 「全く。血を飲むなら俺からにしておけと言っただろう?」 「残酷な事を言うね。そんな事したら、僕は死んでしまうじゃないか」 「ほう――だが、一番これが、旨いんだろう? それにすぐ死ぬわけじゃない。少なくとも死ぬまで最高の美味を味わえるじゃないか」 くっ、と思わず口角が上がる。彼もそれに笑い返す。 なぜなら彼は分かっているのだ。私がそんな事をちっとも望みはしない事を。万一そんな条件を飲めば、彼は私を躊躇なく殺す。その血を私が味わう前に。 つまりはあえて言っただけのこと。ただのちょっとした戯れだ。 ああそうか、戯れということは、前戯でもあるのだろうか? だとすれば答えるほかあるまい。 「まあね。だからそうしてもいいのだけれど――」 手を取り出したナイフで切る。どろりと一瞬血が垂れてすぐ傷口は塞がった。その血を練って広げ、紅の小剣を作り出す。 彼の血は私にとってたまらなく甘美だ。それを拒む理由は一つ。そう、たった一つだった。 「そうしたら、君を殺せないだろう?」 ねえ、私の恋人よ。 彼はそれににやりと笑う。笑って―――長剣を抜く。 「そうだな――それには同意だ!」 ――さあ、殺し合いを始めよう。 この戦いは終わらない。一ヶ月前から始まって、そして私か彼が屠られるまで、永遠に終わらない。 けれどそれがなんだというのか。 これは運命、これは宿命。だから殺す。殺される。それの何が悪いのか。 「愛してるぜ、俺の恋人!」 「愛しているよ、私の恋人!」 彼の胸に飛び込むように地を駆ければ、迎えるように剣を持つ手が差し伸べられる。 私は唇を吊り上げる。彼を殺せばこれ以上の快感か。それを考えるだけで何もかもがどうでも良い。 私はまさにどこまでも、これ以上なく満たされていた。 ----   [[殺し愛>18-959-1]] ----

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: