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嫌いだったハズのアイツ ---- 角張ったあごにくちづける。髭が伸びてきていて唇を刺す。 この口が嫌みな台詞を吐くたびに苛々させられたことを思い出す。 カンに触ったのは、それが正論だったせい。むかついたのは鋭すぎたから。 「お前が担当だろう」と言ったのは、逃げたわけじゃなく俺の仕事を尊重しただけ。 残業するたびに眉をひそめたのは、安請け合いする俺を気遣ったせい。 わかりにくいんだよ、おかげで異動してきて半年も、お前のことが嫌いだった。 かつての職場は、能率が悪くて馴れ合いがはびこる吹きだまりだった。 お前が新しい風を入れた。能力と、誠実さで。 皆が変わった。最後まで残ったのは俺だった。 おかげで、上にまで火の粉がかかるようなヘマをするはめになった。 すんでのところでお前に救われ、かろうじて事を納めた。 お前は相当のとばっちりだったけど。 屈辱だった。嫌みだと思った。一人で何とかしたかった。いや、むしろ一人で駄目になりたかった。 たぶん、お前に抱いていたのは嫉妬。解消するにはお前を認めるしかないような。 どうしても負けたくなかった。 だから、負けないためにお前に屈した。 敵わない相手だと素直に認めようとした。あいつが好きだと思おうとした。 男が男に惚れるような、そんな感情を持とうと努めた。 ──頭のどこかで、それでも嫌いだ、嫌な男だと思いながら。 予想外だったのは、本当にあいつが良く見えてきたことだ。 わかってしまった。誤解されやすい言動の、その本当の意味。 いつからだっただろう? お前の視線がまともに受けられない。社用車に同乗しようものなら明らかに挙動不審。 とうとう夕飯を誘われて、指摘されて、尋ねられる。 「俺のこと……どう思う?」 おどおどと自信なげに。でも嬉しそうに。 そうやって最初からしおらしげにしておけば、俺も受け入れていただろう……ただし普通の同僚として。 これは振り幅だ。左に大きく揺れるほど、右に振れるときも大きく強く動く。 そうして俺はすっかり飲み込まれた。もはや屈辱とも思わない。あるべき姿のような気さえする。 「こうなることは最初からわかってたよ」 俺の腹に顔を埋めながらお前が言う。嘘をつけ。お前だって、俺のこと嫌いだっただろう? 俺はそういう自信まんまんなところが、今だって大嫌いなんだよ。 ----   [[殺し愛>18-959]] ----

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