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28-589 - (2014/12/07 (日) 23:00:21) のソース

ひまわり×月見草
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神様はなんであいつの隣に僕を置いたんだろう。

ハルヒコと僕の間には何の共通点もない。
それなのに、家が隣同士というだけで、生まれてこの方13年、僕らはしばしばひとまとめで見られる。
ハルヒコはスポーツ万能だけど、僕は完全なインドア派。
ハルヒコは友だちが多いけど、僕は人と話すのが苦手。
ハルヒコはいつも「楽しそうだね」と言われるけど、僕はいつも「怒ってる?」と聞かれる。
ハルヒコは僕といたがるけど、僕はハルヒコと離れていたい。

「イツキー、絵描きに行こうぜ! 美術の宿題のやつ!」
「……一人で行けよ」
蝉よりもけたたましく上がり込んできたハルヒコを、僕は冷ややかな声で追い払おうとする。
「だって一人じゃつまんねーし。こういうのってパパっと終わらせたいじゃん」
「僕は僕で宿題計画立ててんだよ。こっちの都合ってもんが――」
イラッとして思わずあいつを見遣ったのが運の尽き。
「一緒に来いよ。な?」
暴力的なまでに朗らかな、ハルヒコの笑顔にぶつかった。
「……暑いのは嫌なんだけどな」
この笑顔はなぜか、僕の思考を強制終了させるんだ。
近所の公園は、夏休みを満喫する子供たちでいっぱいだった。
「で、何描くんだよ」
と聞こうとした時には、
「なぁイツキ、このひまわりでけえ! 俺の顔くらいある!」
ハルヒコは勝手に花壇の方に駆け出していた。
ぎらぎらと輝く太陽の下、伸び伸びと咲くひまわりのそばで手を振るあいつを見てると、
「……っ」
心がチリリと焦げる気がした。あいつの眩しさが、そうさせた。
「俺これ描くわ。お前も一緒に描くか?」
「いや、僕は……」
目が吸い寄せられたのは、ひまわりの花壇の脇。背の低い、みっともなくしおれた花々が頭を垂れている。
「あ、月見草だ。前じーちゃんちで見せてもらって――イツキ?」
「この花、僕みたいだ」
ひまわりのそばで縮こまっている月見草。それは、ハルヒコの陰にいる僕と同じくらい、ひどく場違いに見えた。
「確かに、お前と月見草はお似合いだな」
ふいに聞こえたハルヒコの言葉が、胸に突き刺さった。自分で思うのと、あいつから言われるのじゃ、重さが違う。
「……そうだよ、どうせ僕はひまわりになれない」
言い捨てて、くるりと背を向ける。
「あっ、おいイツキ!?」
背後であいつがなにか叫んでいたが、聞いてられなかった。自分がみじめで仕方なかった。
夕食もとらずに部屋に籠っていると、ノックもなしにドアが開けられた。
「イツキ! 行くぞ!」
現れたハルヒコは、「どこに」と尋ねる暇もなく僕の腕を取ると、「おばさん、すぐ戻るから!」と叫びながら玄関を飛び出した。
日が落ちきった街を、息を切らせながら走る。ハルヒコに腕を掴まれてるから、自分では出せない速度だ。
足がもつれそうになりながら辿り着いたのは、昼間来た公園だった。
「な、んだよ、いきなり……」
息も絶え絶え、完全に動けなくなった僕を前に、ハルヒコはきまり悪げに頬を掻いた。
「俺さぁ、よく『言葉が足りない』とか『考えずにものを言う』とか言われてるじゃん。
 昼間もそのせいでお前に嫌な思いさせたみたいで、ごめん!」
勢い良く頭を下げられたから、
「そんな、僕こそ、急に帰ってごめん」
戸惑いながらも、するりと謝罪の言葉がこぼれる。
「気にすんなって。それよりさ、俺が月見草見たの、夜だったんだ」
「え?」
「だから、ほら」
そう言ってハルヒコが指さした先を見て、僕は息を呑んだ。
夜風に揺れる、やわらかな花びら。月と同じ淡い黄色が、宵闇の中にいくつも浮かび上がっている。
「これが、月見草……」
確かに、ひまわりとは似ても似つかない。でも、僕はこの花を、美しいと思った。
「そう。イツキに、よく似合うよ」
ハルヒコはそう言って、にっこりと笑った。
月明かりの下で見るその笑顔は、いつもよりもどこか優しげで、
「男で花が似合っても、しょーがねーだろ……」
照れ隠しの悪態にも力が入らなかった。
「なあ、今から描かねぇ? 画材取りに戻ってさ」
「僕はいいけど。お前はどうすんだよ」
「夜のひまわりってのも乙なもんだろ!」
「そういうもんかなぁ……」
誰もいない公園で、誇らしげに咲く月見草と、それを見つめるひまわりだけが、僕らの会話を聞いていた。

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