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12.5-59 - (2013/08/08 (木) 21:14:28) のソース

悪堕ち
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「おや、これは手ひどくやられたものだね」
獄につながれた青年は床の上で上体を起こし、声の主をねめつけた。
その鋭い視線を受け止めて、壮年の男は白々とわらってみせた。

数日に渡る拷問は精悍な面差しに濃く疲労の影を刷いていたが、心は折れていないようだった。
絆の力が、青年をあちら側につなぎ止めている。
その強さを、男は認めざるを得なかった。
しかし、いかに密な結びつきとて弱点がないわけではない。
やり方さえ間違えなければ、思いの強さを逆手にとることも出来る。
しばし言葉を吟味して、男は穏やかに語りかけた。

「君が何故これほどまでに頑なな態度をとるのかは分かっているよ。
我々に与しないことで”あの男”に義理立てしているつもりなのだろう?」
青年は応とも否とも答えなかったが、聞こえていることは確かだった。
男は気にするふうもなく話を続ける。
「あれはひどい男だ。君のことなど、精々使える手駒としか思っていない。
君は命すら捧げる覚悟のようだが、向こうがどれほど君の価値を認めているのか、甚だ疑問だね。
……一度でも、君の手柄を褒めたことが?」
青年の表情がぎくりと強張る様を観察しながら、それ見たことかと胸のうちで嘲笑った。
付け入る隙を与えたのは奴の手落ちだ。
ひたすらに鍛え、正しい方向へ導いてやることだけが愛だと信じて、
常に青年の行いを厳しく律してきた。その結果がこれだ。
十の叱責のうち一度でも、甘い言葉をかけてやればよかったのだ。
「長年そばにいながら、君の思いに応えようとはしなかった。
はっきりとした態度をとることもしなかった。それは――」
「やめろ!」
青年は動揺もあらわに叫んだ。聞きたくないといいたげに激しく首を振ったが、
両手を拘束されていては耳を塞ぐこともできない。
「――君をつなぎ止めておくのに都合がいいからだ。君の力を、ていよく利用したのだよ」
青褪めた顔に、ゆっくりと絶望の表情が広がってゆく。
男は青年の傍らに片膝をつき、冷たい頬をそっと撫でた。
「かわいそうに。今までさぞ辛かっただろう……」
揺れ動く心のうちを男は的確に読んでいた。あと一押しでおちる。
決定打となる台詞は、あらかじめ用意してあった。
顔を寄せ、息がかかるほど近くで囁く。
「あの男を捕らえることができたら、君にくれてやろう。好きなようにするといい」
青年の双眸に暗い光が宿るのを見届けて、男は満足げに頷いた。
「君はあの男が認めるよりもよほど優秀だ、私にはわかる。
これからは私のもとで、その力を存分に揮いなさい」
「……仰せの…ままに」
青年はうなだれたまま、ついに掠れた声を押し出した。
男は目を伏せ、無意識に古傷の継ぎ目を指でなぞった。

実際、青年は優秀な懐刀になることだろう。
純粋なものほど染まりやすく、狂わされたと気付いても既に後戻りは叶わない。
彼は運命を選んだのだ。
かつて、自分がそうしたように。
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[[ヘタレ×天然>12.5-069]]
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