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20-469 - (2011/09/30 (金) 21:32:34) のソース

もう好きにして
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※軽く暴力表現あります 


あの日、彼は唐突に、何の感慨も浮かばない目で言い放った。 

「もう好きにしていい」 

彼の言葉の意味が理解できなくて、僕の頭はフリーズする。否、本当は理解していたからこそ、理解できないフリをした。 
「ぁ、え、と」 
目を泳がせて、しどろもどろに声を洩らす僕に、彼は珍しく舌打ちさえもしなかった。 
「お前を解放してやるって言ってるんだよ。散々、良いように利用してきた俺が言うのも可笑しいけど、こういうのやっぱ良くねぇよ。 
忠犬ごっこはもうおしまい。好きにしていいよ」 
彼の真っ直ぐな視線が僕の瞳を射抜いていた。 
違うのに。違うのに、違うのに、という思いは頭の中をただぐるぐると巡るばかりで、喉元にすら迫り上がってこない。 
彼は間違っている。今まで彼の命に従ってきたのは僕の意思で行なっていたことだ。 
彼のたった一人の「犬」であることを僕は誇りに思い、優越感すら覚えていた。 
それを取り上げられるのは、僕にとって絶望でしかない。 

***** 

「あ、酒切れた」 
「アレに持って来させりゃいいだろ」 
立ち上がろうとする男を制して、電話を掛けた。アドレスを探すまでもなく、既に覚えてしまっている。 
「今すぐ酒買って俺ん家来い」 
ワンコールで出たアレに、簡潔すぎる用件だけを伝えてすぐに切る。 
馬鹿な話で騒いでいたはずの男たちが、にやついた笑みをこちらに向けていた。 
友人とも仲間とも呼べない、一過性の時間を一緒にするだけの存在ども。俺はコイツらが余り好きじゃない。 
「随分、わんちゃんがお気に入りなんだな~」 
下衆な笑いに、反吐が出そうになる。 
どうしようもなく苛立ったのは、この言葉に酷く動揺してしまったからだ。 
「便利だから使ってやってるだけだ。何なら貸してやろうか?」 
「あんな気色悪ぃ犬、要らねぇよ」 
ゲラゲラと不快な笑いが上がるのに比例して、俺の苛立ちは増した。 
「お気に入り」と馬鹿にするように言われて、頭に血が昇ったんじゃない。 
触れられたくない傷を、不躾に撫で回されたときの不快感に似ていた。 
「遅ぇんだよ!」 
30分もしない内に、言いつけ通り酒を持ってきた「犬」を殴りつけた。完全な八つ当たりだ。 
「ごめん、次は気をつけるね」 
理不尽な言葉と暴力を浴びせられたというのに、「犬」は口角に血を滲ませながら、ヘラリと笑う。 
ゾッとした。 
虐げられてるにも関わらず、ふにゃふにゃと邪気の無い笑みを浮かべる「犬」にだけじゃない。 
それを見て、安堵した自分に、何よりもゾッとした。 
本当は気づいていた。 
付き合いの希薄なヤツらにまで指摘されるほど、この「犬」に依存していることに。 
気づいていて、気づかないフリをするのが、急に恐ろしくなった。 

「もう好きにしていい」 

メモリから一つ消えた番号を、俺は未だに覚えている。
けれども、この関係な一方的なものであるから、彼が容易く断ち切るだけで壊れてしまう。 
あっさりと僕の前から去っていった彼は、いま何をしているのだろう。

鳴らない電話を握り締めて、僕は涙を落とした。
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[[はじめて同士>20-479]]
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