悪に立ち向かう少年 ---- 少年がどんなにもがこうとも、戒めは緩みもしない。 最大の脅威は今や掌に。世界を支配せんと企む邪悪なる存在はほくそ笑んだ。 身を魔道に堕とし、陽炎のように揺らめく黒い影。憎悪で形作られた悪そのもの。 そんなものに身をやつしてしまうと、今度は輝きが欲しくなった。 「さあ、諦めるがよい。我が僕となるのだ」 「いやだ!お前の言うことなんか聞くものか!」 キッと向けられた真っ直ぐな眼差し。 恐れを知らぬ少年。純粋な魂よ。 自由を封じられてもまだ絶望せぬか。 「ならば、これではどうだ?」 手始めに悪は、少年の故郷を魔法の像で映し出した。 懐かしい木々の緑。暖かい人々。 それらを一瞬に焼き尽くし、灰燼に変えた。 「嘘だ、この場から村を焼くなんて、お前にそんな力はない!」 震えは隠せぬものの、気丈につぶやく声。 見透かされている。そうとも、これは心への攻撃なのだ。 利発な少年、だがそれ故に残酷な映像に耐えるしかない。 やめてくれ、とひとこと。その懇願が欲しいのだ。それで少年は悪のものとなる。 次に、恋しい生家を、愛する父母ともども焼き尽くす。 「……信じない、これは嘘のことなんだ……」 さすがに目を背け、それでも少年は屈しない。 悪は焦れた。 「ではこれでは……?」 変わる映像。映し出されたのは少年の守り人。 かつて、氷の心と剣を持つとうたわれた、腕の立つ剣士。 悪は知っている。剣士が少年と出会い、苦難の旅を共にする中で心を溶かし、 踏み入れかけた魔道から救われたことを。 あれは、もう一人の己であると。 「だめだ!あの人はだめだ!」 初めて少年の声に焦りが混じった。この城にほど近い場にいる剣士を気遣って? そうではあるまい、少年は恐れているのだ。 もし、ここで少年が剣士を見捨てたことを剣士が知ったなら、 剣士の心は今度こそ凍てついてしまう。 少年を守り、少年に守られる存在。 妬ましい。 ──悪は、剣士を焼いた。 その映像が真実なのか、虚像なのか、もはや問われぬ。 「だめだ……やめて……やめてください……」 涙が一つ、二つと石の床を濡らした。これこそ悪の欲しかったもの。