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19-329 - (2010/08/23 (月) 12:25:31) のソース

噂の二人 
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あいつらは犬猿の仲だ。 
そう囁かれる二人のことを、田中はよく知っていた。 
 この小中一貫校で、彼らのことを知らないクラスメイトはいない。 
 尤も、九年の間、クラス編成は行われないのだから、知らない者が 
居るわけがないのだが。 
だが、幼稚園から二人と一緒の田中は、彼らを他の連中よりも、はるかに熟知していた。 
 幼馴染と呼ばれる間柄で、家族ぐるみの付き合いもないわけではない。 
だから、他のクラスメイトなんかと一緒にされては困る。 
田中は誰よりも二人のことをよく知っている。 
山田は派手な外見のお調子者で、いつでも馬鹿騒ぎをしている。 
だがしかしクラスメイトの人望も厚く、その騒々しさによってクラスが良好な雰囲気に 
保たれていることもまた事実であった。 
そして佐藤。彼は頭はいいが、少し面白みがない。 
頭が固く、少しのルールも、改竄することは許さなかった。それは掃除だろうが日直だろうが同じだ。 
こうと決まったルールは、決して崩すことなくその任務を全うした。 
その所為かクラスに溶け込めてないとでも言うのだろうか、とにかく佐藤は、 
少々浮いた存在だった。そんな事情から、対極に立つ二人が、仲良くお手々繋いでお友達になれるわけなど、なかった。 
佐藤は山田が嫌いだ。山田もまた然り。この関係は、わざわざ説明するまでもなだろう。 
だが、根底ではこの二人はよく似ていると、田中は知っている。 
まず、交互に田中の家にやってくる。 
互いのスケジュールを綿密に調べ、その結果、相手が田中の家に来ないと知るとやってくる。 
が、その偵察も失敗することがあるらしく、そんな日は観念したように二人そっぽを向いて 
田中の自室に居座った。今日は「失敗」したらしい。 

「おい、仲良くしろよ。週の初めから気分悪ぃ」田中はコンビニで買った週刊誌を読みながら、言った。 
二人は互いの視線を合わせることなく、田中の自室に座り込んでいた。 
「おいってば。仲良くしろって」 
『だってこいつが……!』二人揃って同じ言葉を発する。と同時に、互いに口をつぐみ、 
プイと視線を逸らす。 
まったくよく似ているものだと思う。田中はにやりと笑うと、二人に背を向けた。 
この二人はよく似ている。 
何故この家に来るのか、田中はよく知っていた。 
小さな頃から”犬猿の仲”とレッテルを貼られてしまった対極に立つ二人。 
互いにプライド高く、周囲が持ったイメージを完璧に演じなければ気がすまない、 
素直ではない二人。 
山田が派手顔に似合わず本当は人見知りなのも、佐藤にも本当は自堕落な部分が 
多々あることも、幼稚園から二人と一緒の田中はよく知っていた。 
そして、人の要望に忠実に応えるその律儀な性格も。 
頭のいい佐藤は、先生たちの期待に応える生徒を。 
クラスメイトのまとめ役は山田が。 
案外この二人の存在で、クラスは上手い具合にいっているのだ。 
「ちょっと俺、彼女のところに行ってくるわ」 
『なんで!?』 
二人の質問には答えることなく、田中は財布と自転車の鍵を持つと部屋を出た。 
「別に。いってきま~す」にやりと笑って扉を閉じた。 
あいつらは犬猿の仲だ。 
そう囁かれる二人のことを、田中はよく知っていた。 
だが、二人が同じ時間を共有する小さな可能性を求めて、 
わざわざ毎日田中の家にやってくることもまた、よく知っていたのだった。 
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[[病的に偏執的>19-339]] 
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