右代宮ノ血ヲ継グ子ガ、喉カラ手ガ出ルホド欲シカッタ……!




 その夜、島は季節外れの嵐に襲われていた。
 窓の外で荒れ狂う風雨に目をやり、これでは蔵臼は戻れんな、と金蔵は思う。
一昨日、蔵臼は新しい事業のための打ち合わせだといって、東京に出て行った。
戻りは今日の予定だったが、この嵐では飛行機も飛ばないし船も出せない。
滞在を延期するよりなかろう。それは仕方のないことだが、その一夜のために浪費される金額を思うと、金蔵は苛立ちが納まらない。
 長男の蔵臼は、我が子とも思えぬほど愚かで、金の使い方というものをまるで理解していない。
翌年の十億のために一億を賭けることを金蔵は愚かとは思わないが、蔵臼は
足元の一億を拾い集めることに夢中で、目の前の二億に気付かないような男だ。そして
一億を手に入れるために、二億を落としていることにも気付かない。
 今夜もきっと蔵臼は、成功するはずもない事業のために、その協力者を名乗る詐欺師
まがいの連中をせっせともてなし、そのために金をばら撒いているのだろう。これを浪費と言わず何と言う。
 金蔵はなんとか苛立ちを抑えようと、妖しい緑色の酒を何杯か呷ったが、
一向に気分は晴れなかった。窓の外の嵐も、金蔵の心の嵐も、まだ去りそうにない。
 そこに、ノックの音がした。重いドアを叩く音は弱々しく、だが何か思いつめた気配をさせていた。
 こんな風にドアを叩くのは、使用人たちではないだろう。
源次はもっと落ち着いたノックでこの部屋を訪れるし、熊沢のそれはノックですら軽快で陽気だ。
 となると、こんな音を立ててドアを叩くのは一人しかいない。
「……入れ」
「夜分遅くに失礼いたします、お義父様」
 金蔵の予想通り、ドアを開けたのは夏妃だった。気配で察したとおりの、何か思い詰めた顔をして唇を噛んでいる。
 何かあったのか、と心配するぐらいの慈悲が、まだこの頃の金蔵にはあった。
金蔵が魔術に傾倒し、世捨て人のようになって部屋に篭るようになったは、これから数年後のことである。



 だが、慈悲の言葉より先に金蔵の口をついて出たのは叱責だった。
「義理の父とは言え、夫以外の男の前にそのような姿で現れるとは……恥を知れ!」
 怒鳴られた夏妃の顔が朱に染まる。
 夏妃が着ているのは、薄い夜着が一枚きりで、ガウンすら羽織っていない。
体の線が透けて見えるどころか、下着をつけていない胸の先端の尖りすらわかる。
三十を越えたばかりの熟れた女の体が、ほとんど露になっているようなものだ。
「夫以外の男の部屋を、夜に訪ねるというだけでもけしからん! その上その姿……
仮にもお前は右代宮の長子の妻であろうが! それを……ッ!!」
 その後は言葉にすらならず、金蔵は右手を振り上げた。思い切り殴るつもりでいた。
 だが、その手を下ろすよりも夏妃の言葉の方が早かった。
「お願いがございます」
 意外なほど落ち着いた声に気圧されたのかもしれない。
金蔵は手を振り上げた形のまま、夏妃の次の言葉を待った。
「……お……お情けを……頂きたく……」
「情け……だと?」
「はい……お義父さまのお情けを頂きたく、こうして参りました」
 その意味をすぐには理解できず、困惑する金蔵の前に、夏妃は跪き、
いや額を床に摩り付けんばかりにして懇願する。
「欲しいのです……私は何としてでも、子が欲しいのです……!」
 情け、とはそういう意味か。その望みは、昭和の怪物と言われた金蔵をすら呆然とさせた。
「お義父さまの血を継ぐ子を……この右代宮の血を継ぐ子を、私に授けてくださいませ……!」
「く、蔵臼の子でなくても良いと言うのかッ?」
「あの人との間に子が望めるならそういたしました! ですがこの十二年、私には懐妊の
兆しもなく、あの人が余所の女との間に子を成すこともなかった」
 そこで夏妃は、一瞬息を詰め、それから呻くように吐き出した。
「――あの人にはおそらく、その力がないのです」


 それは金蔵も薄々勘付いていたことだった。
夏妃は何度か不妊治療のために専門医の検査を受けている。
その結果はいつも「問題なし」。問題があるとすれば、蔵臼の方にだった。
 だが、蔵臼が検査を受けに行くことはなかった。
その気持ちは金蔵にもわからないでもない。検査の結果、不能と宣告されることは
男としてのプライドも苦しいだろうし、 何より跡継ぎを遺せないとなれば右代宮の後継者の資格を失うことになる。
 だから蔵臼は、子が欲しい欲しいと喚きながらも、その原因を調べようともせず、ただただ孕まぬ夏妃をなじり続けるだけだった。
 それが夏妃をここまで追い詰めてしまったか。金蔵は床に伏したままの夏妃を、半ば憐れむように見下ろした。
 生家には戻れぬ女だった。何としてでも蔵臼の子を産み、妻としての大役を果たさねば、行くあてすらない女だった。
 子を授からぬことで、絵羽に随分と虐げられていることも知っている。
絵羽が譲治を産んだ後は更にそれが激しくなり、本来ならその盾となるべき蔵臼にも責められているのも知っている。
 だが、だからと言って、血が繋がらぬとは言え父と呼ぶ男に抱かれ、子を成そうとするなど――
 狂っている。夏妃は狂ってしまったのだ。金蔵は本気でそう思った。可哀想なことをした。
あの愚かな息子には過ぎた妻だったというのに、とうとう狂ってしまった。
 お願いですお願いですお願いです……沈黙に耐えかねたかのように、夏妃はさっきから
そればかり繰り返している。お願いですお願いですお願いです。狂女の懇願が延々と続いている。
お願いですお願いですお願いですお願いですお願いです。
 ともかく、部屋に戻そう。今日は薬を飲ませてでも眠らせて、嵐が落ち着いたら医者に見てもらおう。
心の内でそう決めて、源次を呼ぶために、金蔵が電話に向かおうとした、その時だった。
「――お義父さま」
 夏妃の白い手が、金蔵の足首を掴んで引き止めた。
「お願いです……!」



 その時、金蔵は振り返るべきではなかった。
夏妃の手を振り払い、源次の控える部屋に電話をかけて、さっき思ったとおりにするべきだった。
 だが、金蔵は見てしまった。懇願する夏妃の顔を。


 その目を。


 狂った目だ。まともな人間の目ではない。人の理から外れた目だ。人の枷を外れた――
これは、魔女の目だ。
「……ベアトリーチェ」
 己が思わず漏らした言葉に、金蔵は愕然とし、そして確信した。
 ベアトリーチェだ。これはベアトリーチェの目だ。
魔女が夏妃の体を借りて、己のところへやってきたのだ。
 だとすれば、これは夏妃の意思ではなく、黄金の魔女の呪いだ。
 このまま蔵臼と夏妃が子を得なければ、最初の男子である譲司が右代宮の家を継ぐことになるだろう。
他に選択肢がないのだから、争いようもなく跡継ぎは決まる。
 だがここで、夏妃が子を孕んだら? 跡継ぎの子を産んだなら? 留弗夫の妻にも妊娠の兆候があると言う。
 己の寿命が尽きる頃には、三つ巴の後継者争いが起こるのだろうか。いや、その頃には
楼座が子を得ているとしたら、勢力は四つになる。それがどんな醜い争いになるのか、想像するのは簡単だった。
 それが望みか、ベアトリーチェ。それがお前の望む返済なのか、ベアトリーチェ!
金蔵は夏妃の目に宿るベアトリーチェに問い掛ける。もちろん、答えがあるはずもない。
 金蔵はふらふらと後ずさり、椅子にぶつかって、そのまま倒れこむように腰を降ろした。
「お、お義父さま……」
 夏妃が慌てて駆け寄る。金蔵が怒りと驚きで、何か発作でも起こしたのではないかと思ったようだ。
 金蔵は心配ないと首を振り、すぐ傍まで顔を近付けていた夏妃の髪をそっと撫でる。



「ベアトリーチェ……」
 金蔵はもう一度、愛しい魔女の名を呼んだ。
 ここにいるのは魔女だ。黒い髪こそしているが、これはあの黄金の魔女の化身だ。
「夏妃。お前は今夜、ここには来なかった」
「……はい」
「ここに来たのはお前ではない。ここにいるのはお前ではない」
「はい」
「わしが抱くのはお前ではなく、ベアトリーチェだ。お前に子を授けるのもわしではない。
ベアトリーチェだ」
 夏妃がこくりと、幼女のように頷いた。
 ベアトリーチェよ、これで良いのだな? ベアトリーチェ。我が愛しの魔女よ。


 夏妃が、おずおずと金蔵のガウンの前を開ける。取り出した金蔵のものには、まだ力がない。
それを口に含むことを、夏妃は厭わなかった。
口に含み、たっぷりと唾液をまぶして下から上へと舐め上げる。その間、手は後ろのふくらみをやわやわと揉む。
慣れているのは、そうやって蔵臼に奉仕していたからだろうか。蔵臼が教え込んだのだろうか。
 そう思うと、妙な嫉妬が金蔵の心に沸いた。これは夏妃だ。だが、金蔵の愛した魔女でもある。
その魔女に、自分の息子がこんな淫らなことを教え込み、毎夜毎晩奉仕させていた。そのことに怒りを覚えた。
 怒りが腰を熱くした。何年かぶりの硬さと熱さを伴って勃ち上がった己のものを、
金蔵は思い切り夏妃の喉に押し付けた。むせて逃れようとするのを、頭を掴んで離さない。
夫である蔵臼すら触れたところのない場所に、己を叩きつけたかった。
 夏妃がくぐもった悲鳴を上げる。唾液がぐちゃぐちゃと卑猥な音を立てる。唾液と
先走りの混じったものが口の端から溢れて、夏妃の端整な顔を汚す。
 そのまま喉奥に注いで、一滴残らず飲ませてやりたい。口から溢れた分は指ですくって
舐め取らせ、床にこぼれた分があったら、それさえも蹲って舐めろと命じたい――
その願望を成就させるのを、金蔵はすんでのところで堪えた。それは魔女の望みではない。
 頭を離してやると、夏妃は小さく咳き込みながらその場に崩れた。余程苦しかったのだろう。
抗う力もないところを、脚の付け根に手を伸ばす。
 そこは既に熱く潤っていた。金蔵はまた苛立つ。
男に奉仕するだけで、こんなになるように仕込まれてしまっているのか。


 いきなり指を差し込んでも、熱くぬめる沼は何の抵抗もなく、金蔵の指を容易く飲み込んだ。
ああ、と金蔵が聞いたこともないような、蕩けるような吐息を夏妃が漏らすのも気に入らない。そんな声を毎晩蔵臼に聞かせていたのか。
 豊かな胸は仰向けになっても、その美しい曲線を崩さない。そのくせ、うっすらと
脂肪の乗った体はどこに触れてもやわらかく、若い女とは違って全身で男の欲望を受け止めてくれる。
「蔵臼はいつもどうするのだ?」
 耳元でそう訊いてやると、羞恥で夏妃の顔から首筋までが真っ赤に染まった。
「嫌……そんなことは訊かないでください……」
「耳も弱いのか? 首もか? 蔵臼はいつもそこをどうしてくれるのだ?」
「嫌……嫌……」
 力なく首を振るのを、甘やかな暴力でおとなしくさせる。
耳に息を吹きかけると背筋を震わせ、首筋に唇を落とすとぎゅっとシーツを掴んで堪えた。
鎖骨の窪みに舌を這わせると、か細い声を上げる。脇腹も太腿も弱いようだった。
体のどこにでも、触れられる度に夏妃の花は露を溢れさせ、蜜をこぼす。
きっと、どこもかしこも蔵臼がそういうふうにしてしまったのだ。この愛しい魔女の体を。
 今度こそ、怒りの限界だった。
 何も言わず、いきなり突き入れた。予想もできなかった衝撃に、夏妃が声もなく震える。
花弁が震える感触があった。軽く達したのだろうか。
 空いた手で朱鷺色の乳首を嬲ると、白い体がびくんと跳ねた。達したばかりで敏感な
体に、立て続けに刺激を与えられては苦しいだろう。喘ぎは少し悲鳴に似ている。
 それでも許さなかった。たった一夜の魔女との逢瀬だ。これほどまでに愛していると
いうのに、二度と睦み逢うことのない魔女との逢瀬だ。
明日の朝には息子の妻へと戻ってしまう女を、金蔵はきつく抱きしめた。
「ベアトリーチェ、ベアトリーチェ……!」
 うわごとのように繰り返しながら、金蔵は己の腰を強くうちつける。
 二度とないのなら、この一夜を深く深く、消えない刻印として魔女の中に刻み込めるように。
これから何度蔵臼に抱かれようと、その度に己との一夜を思い出すように。
 ベアトリーチェ。愛しの魔女の名を呼ぶ声が上擦る。限界が近い。
夏妃の長い脚が金蔵の腰に絡む。もっと深く、もっと奥に注ぎ込んでと誘うように。
「ベアトリーチェ――!」
 一際大きな呼び声と共に、金蔵は己の欲情の全てを夏妃の奥へと注ぎ込んだ。
 引き抜いた後、溢れ出したそれが夏妃の太股を汚していた光景が、金蔵の記憶から離れない。

 しばらくして、体の不調を医者に診てもらった夏妃は、待望の懐妊を告げられた。
 その子の父は金蔵なのだろうか。それとも蔵臼なのだろうか。それはたぶん夏妃にもわからない。
「あの夜の後、夏妃は懐妊した」。それだけが事実だ。
 だが半年後、だいぶ大きくなったお腹を撫でながら、夏妃がこう言っていたのを源次が聞いている。
「この子はきっと女の子です」
 その目は母になる者特有のやさしさに満ち溢れていたが、なぜかそれが自分にはおそろしかった、と後になって金蔵は源次から聞かされた。
「この子は、魔女様の思し召しで授かったのですから。魔女になれるのは女だけ――だからきっと、この子も女に違いありません」
 あれは母でありながら、魔女の目でした。源次にそう言われ、金蔵は瞑目し、心の中でこう問うた。
 愛しき魔女、ベアトリーチェよ。これでお前の願いは叶ったのか、と。



end


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  • 一気に読んだ。うまいな。インモラルな感じですごく好み。 -- (名無しさん) 2009-10-20 21:21:36
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