「おいおい、コイツは一体どうなってんだ……!?」
 俺は眼前の光景を理解できず、吐き出すように叫んだ。
「くっくっく。お前が身内を疑う覚悟を持ったようだからな。その身内にも殺人が不可能な遺体を出してみただけのことよ」
 相変わらずのむかつく笑みを浮かべながら、ベアトは嬉しそうに言った。
「ちっ……。確かにこれは訳がわかんねぇっ!」
 絵羽叔母さんと秀吉叔父さんが二階へ行った以降、他の生存者はずっとロビーにいたはずだ。だから、ロビーにいた生存者のアリバイは完璧……! これは鉄板だ。
 だが、そうなるとあの二人を一体誰が殺したんだ!? 
 第一の晩の六人はありえない。ベアトが赤で六人とも死んでいると言ったからだ。そして、外部犯も勿論ありえない。ベアトが赤でこの島に十九人以上の人間はいないと言い切ったからだ。
 じゃあ……、そうなると、この目の前にある二人の遺体は何なんだっ!?
「ほらほら戦人ァどうしたよォ? 窓が開いてるから今回は密室でも何でもないぜェ?なのに、一体何を悩んでるんだよォオ? くひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「……お嬢様、そういうのは品が無いと何度言えば。ぷっくっく」
 いつの間にかベアトの隣にいたロノウェが、苦言を漏らす。だが顔は完全にこちらを見てあざ笑っていて、腹が立ってしょうがない。
 ……確かに、こいつは物理的には密室じゃない。だが、状況的には密室とほぼ同じだ。何せ、犯行ができる生存者全員のアリバイが確定している。誰も絵羽叔母さん達の部屋へ近づいていないのだ。
 ……いや、違う。まだアリバイが確定しているとは言えない。誰かが何か怪しい動きをしているのを見逃した可能性もある。それを、復唱要求すれば……。
絵羽と秀吉以外の人間は、熊沢が昼食の提案をするまで誰もロビーから動いていない!いや、これだけでは不十分だな。ロビーにいた何れの人間も絵羽と秀吉を殺していない!
 こちらの心情を読んだかのように、ベアトは赤で攻めてきた。
「なっ……! 誰も殺していないだと!? じゃあ、二人はどうして死んだんだよっ!おかしいじゃねぇかっ!!」
「くっくっく、答えは簡単だろう? 妾が! この手で! 魔法を使って殺したっ! それ以外にどんな答えがあるのだ!? 早く認めちまえよ戦人ァ? そうすりゃ、楽になるぜぇ?」
「うるせぇっ!! 誰がそんな馬鹿な事を認めるかっ! これは人間がやった! それだけは絶対だ!」
「ならば妾を否定すれば良いではないか。お得意の復唱要求でなァ。なのに、何故それをしない? そなたが今叫んでいるのは、馬鹿な子供の我が儘と変わらないぞ? ……くっくっく」
「黙れっ! …………そうだ、二人が死んでいるとは限らねぇ。特に秀吉叔父さんは見たところ外傷がねぇしな。復唱要求だ、絵羽叔母さんと秀……」
絵羽と秀吉は確実に死んでいる!
 またしても、俺の考えはすぐに赤で否定された。
 ……だが、そこで、俺は何かがおかしいと気付く。今回のベアトは、俺にチェックされれば一気に不利になりそうな赤字を序盤からバンバン切っているのだ。明らかに、これまでとは異質な指し手。
 本当に魔女がやったから? いや、そんな事を考えちまったら駄目だ! 絶対に、これを打ち破る指し手はあるはずだ!
 だが、この奇妙なベアトの指し手は一体何なんだ? 焦っている? 何に?
 妙な違和感を感じる。知らず知らずのうちに何処かへ誘導されているような、そんな気持ち悪い違和感だ。
 局面としては、こちらが圧倒的に不利。つまりそれは、同時に相手の指し手が単調になることを示す。
 ……だったら、こんな時こそ、チェス盤をひっくり返すべきじゃねぇのかっ!?
「……駄目だぜ、全然駄目だっ!」
「……ほぅ、何が駄目なのか言ってみるが良い」
 ベアトが、それまでのむかつく笑顔から一変、やけに大人しい表情になった。
 ……そう、動揺しているのだ。予想通り、この妙に勢いのある指し手は、俺がたった一つの事に気付くだけで粉々に砕ける、捨て身の指し手。まるで偽物の拳銃でこちらを脅迫しているような、完全なハッタリだっ!
「毎回毎回殺人ばっかだから、俺はまんまとてめぇに誘導されちまった。絵羽叔母さんと秀吉叔父さんが、どうやって殺されるかに頭を回しているのが間違いだった。そう、根本的すぎる問題である、“二人は殺されたのか否か”にこそ考えを巡らすべきだったんだ!」
「……な、なにおぅ?」
「復唱要求だベアト! “絵羽叔母さんと秀吉叔父さんは何者かによって殺された”!」
「く……」
「どうした? さっきみてぇに気前よく赤を使わねぇのか? だったら、興ざめもいいところだぜっ!」
「……拒否する。理由についてはあえて言わん」
 顔を俺から背けながら、ベアトはしおらしく言った。
 ……へっへっへ。見えてきたぜ。これが奴のハッタリを崩す起点だっ!
「嘘はよくねぇぜ、魔女様よぉ。言わないんじゃなくて、言えないんだろ? じゃあ答えは簡単だぜ! 二人はあの部屋で誰にも知られずに自殺を図った! これが真相だっ!」
「ふんっ……! それなら赤で返せるぞ! 絵羽と秀吉は自殺していない! どうだぁっ!? くっくっくっくかかかかかかかっ!」
「あぁん? てめぇ、長生きしすぎて遂に頭がイカレたか? こんなくだらねぇ罠にひっかかりやがって」
「何をっ……!? ……………………は、しまった」
 ベアトの表情がみるみるうちに青白くなってゆく。
 そう、こいつは自慢のハッタリが崩れかけている事に慌てて、目先の赤に飛びついちまったんだ。赤は俺を攻める絶好の手段だが、同時に俺の反撃の手段にもなる。問題ってのは、可能性を否定されれば否定されるほど、自動的に正解へ近づくようになっているからな。しかも今こいつは、俺にとって最高のヒントを自ら与えちまった。
「全然駄目だぜベアトっ! チェックメイトだ! 自殺でも他殺でもないなら、絵羽叔母さんはあの状況的に事故死だ。何らかの理由で窓から足を滑らせ、転落した! 対して、特に外傷の見あたらない秀吉叔父さんは病死だ!何らかの理由で死に至るほどの病気が発症した! 違うというなら赤で返してみやがれ!」
「この……、妾の些細なミスで調子に乗りおって! それが真実だというなら、その何らかとやらを説明してみせよっ……!」
「あぁ、そりゃ道理に叶ってるな。……だが、拒否するっ! 忘れたのかベアト? 悪魔の証明だぜ。理由を説明できないからと言って、俺の言った何らかの存在を否定できるわけじゃねぇ!」
 ……こんな屁理屈、普通の推理で言ってりゃ、俺は即刻黄色い救急車で運ばれちまうだろう。だが、この魔女のゲームでなら通用する! 向こうがあらゆる可能性を潰して魔法の存在を肯定するのなら、俺はあらゆる可能性を生み出して魔法の存在を否定する! それが、このゲームの戦い方なんだ!
 ……もっとも、この局面はそれだけで終わらせるつもりはねぇがな。
「……悪魔の証明、有効です」
 ロノウェが、静かにそう言った。それがスイッチになったのか、それまで悔しそうに歯ぎしりを鳴らしていたベアトが、急に大人しくなり、そして囁くように言った。
「仕方ない、この局面はリザインす……」
「そんな偽物認めねぇよ」
「は……?」
 俺の言葉が理解できなかったのか、ベアトは間抜けに大口を開ける。
「てめぇの不完全なリザインを認めねぇって言ってんだっ!」
「な、何を言っておるのだ?」
「本来のリザインの意味は投了だ。それはつまり、このゲームでは全面的に相手の主張を認める事と同義。だが、お前の使い方は違うよな? いつもいつも、自分が不利になった時にその言葉を使って次の局面へまんまと逃げやがる。これじゃあ引き分けと変わらねぇ。だから、俺はその不完全なリザインを認めねぇと言ってんだ。てめぇは、俺がこの局面で徹底的に叩き潰すっ!!」
「妾のリザインを認めぬだとぅ!? ロノウェ! この要求は通るのか!?」
 完全に慌てふためいたベアトが、隣にいるロノウェへ向かって叫ぶ。
「……はい。戦人様の要求は正当でしょう。……しかし戦人様、お嬢様を叩き潰すとはつまり、この第二の晩の真相が解けたという事でしょうか?」
「あぁ、そうさ。じゃないと、こんな要求はしねぇ。さっきは一旦悪魔の証明で逃げたが、よく考えりゃ真相へ至る材料は既に出揃っている。それに、何度もリザインで逃げるベアトを見ていたら、いい加減腹が立ってきてな」
「ふ、ふん。何を言っておるか。そなた、その真相とやらが外れていたらどうするつもりだ? もう、後には引けなくなるぞ? 妾が引き分けで終わらせてやると言っておるんだ、大人しく従っておいた方が賢いだろう?」
 ……あぁ、確かにベアトの言うとおりだ。俺の推理した真相が赤で否定されりゃ、その時点で俺は八方ふさがり。魔女を認めざるを得なくなる。だが、それはベアトも同じはず。俺に魔法を完全否定されれば、奴の敗退だ。
 例え一局面でも相手を認めたら敗北決定のこのゲーム。奴は必死に虚勢を張っているが、俺は今確実にベアトの首に刃を突きつけている。このチャンスを逃せば、もう俺が勝てる局面は来ないかもしれない。
 だから、俺はこの局面を引き分けなんざで終わらせない、今ここで勝利を手に入れるっ!
「うるせぇっ! 俺はもうこんな茶番に付き合う気はねぇんだ! このゲームは引き延ばせば引き延ばすほど、悲惨な殺人事件が繰り返される! それこそ、みんなが無限に殺されちまう! だから、俺はここで絶対の真相を推理してこの残虐なゲームを終わらせるんだ! 覚悟しろベアトリーチェっ! お前に本当のチェックメイトを突きつけてやるっ!!」
「ぬぅぅうううう……。……よかろう、来るが良い右代宮戦人っ! そなたの指し手、妾が見事に躱してくれるわっ!」
「良い返事だぜっ……! じゃあ、いくぜ? ロノウェ、悪ぃが第二の晩の再構築を頼む」
「了解しました」
 ロノウェがそう言った途端、茶会の席は無数の黄金蝶に分解され、一面が真っ白に包まれる。そして、気付くと周囲はゲストハウス二階の部屋、つまり秀吉叔父さんの遺体が見つかった現場に変わっていた。
「まずは、秀吉叔父さんについてだ」
 俺は目の前にベッドで俯せに横たわっている、全裸の秀吉叔父さんの遺体を見ながら言った。
「俺は死因を病死と判断した。だが、普通の病死だとしたら全裸になってる意味がわからねぇし、絵羽叔母さんが窓から落ちた事にも繋がらねぇ。秀吉叔父さんが心臓発作やらで急死して、窓際にいた絵羽叔母さんが驚いて転落した……って解釈も不可能じゃねぇが、やはりそうすると全裸の意味がわからん」
「……ふ、ふん。怪しげな雰囲気にするために妾が魔法で脱がせた、と解釈しても問題なかろう?」
「訳の分からんこと言うんじゃねぇ。お前は黙ってろ。とにかく、普通の病死と判断しちゃ、この部屋に残された数々の結果の説明がつかねぇんだ。……そこで、俺は一つの仮定を作った。この仮定を立てたまま推理を進めると、全ての状況に説明を付ける事ができるんだ」
「……ほぅ、言ってみるが良い。もっとも、そなたの立てた下らん仮定など、妾の赤き宝刀で簡単に叩き斬ってやるがな」
「へんっ、できるもんならな。俺の立てた仮定……そいつは“秀吉叔父さんの腹上死”だ」
「……腹上死、だと?」
 ベアトはぽかんと口を開けて言った。明らかに戸惑っている。赤で斬る素振りなど全く見せない。
 ……どうやら、ドンピシャってとこらしいな。
「聞いた話によると、腹上死ってのは心臓に病気を持ってる人だけじゃなく、高血圧の人にも起こり得るらしい。過度の興奮状態が続いて、血圧が限界まで上がり、脳出血を発症して死亡、って感じにな」
「なるほど……」
 ロノウェが頷きながら言った。
「俺は秀吉叔父さんがどういう健康状態だったか詳しくは知らねぇ。だが、六年前に見たときと比べると、明らかに体全体が丸くなり、腹も大きくなっていた。つまり、肥満の傾向があったんだ。肥満と高血圧、この二つが切っても切れねぇ関係にあるのは常識だよな? そして、高血圧と腹上死にも関連がある。だから、俺は秀吉叔父さんの死因を腹上死と仮定した。そうすると、全裸になっていた事も説明が付く。服来たままヤるなんて、そういう専門の店でしかねぇだろうしな。
秀吉叔父さんについては、これが結論だ。ベアト、間違ってるなら赤で訂正を頼むぜ?」
 俺は挑発的な笑みを向けながら言ったが、当のベアトはうなり声すら上げない。ただじっと、俯いている。……こりゃ、正解と判断して良いだろう。
「続いて絵羽叔母さんだ。秀吉叔父さんの死因がわかれば、これは絵羽叔母さんの性格から考えていけば簡単だ。右代宮家の大人達は基本的にプライドが高いが、特に絵羽叔母さんのそれに関しちゃ突出している。そんな人が、自分の旦那の腹上死を目の当りにしたらどうなるか。
 死者を貶めるつもりはないが、やっぱ腹上死ってのは不名誉な死に方だ。そうなると、あの絵羽叔母さんが、ロビーまで降りてみんなに報告しに来るとは思えねぇ。絶対に隠し通そうとするだろう。しかし、どっかに死体を隠しても、この非常事態時じゃみんなからあらぬ疑いをかけられるだろうし、死因を隠蔽しようにも、実の旦那の遺体に妙な細工をするのは抵抗があるだろう。
 そこで、絵羽叔母さんはひとまずこの部屋からこっそり抜け出そうとした。行方不明になったフリでもして、様子見しようと思ったんだろう。逃走経路はもちろん窓だ。普通に扉から出ちゃ、みんなに感づかれる可能性がある。
 ……しかし、いざ窓から外へ降りようとしたところで、足を滑らせたか、食事のことで部屋に来た紗音ちゃんのノックに驚いたかで窓から落下し、運悪く頭を岩にぶつけてそのまま死亡した。衣服を着用していたのは、さすがに裸のまま外に出るわけにはいかないからだろう」
 そこまで推理を言い終えて、俺は少し息をついた。
「……これが、第二の晩の真相だ。ロノウェ、これまでの状況や赤に反してる部分があったら言ってくれ」
「いえ、……特にございません。戦人様、見事な推理でした」
「へっ、じゃあこれが本当のチェックメイトになりそうだな。ベアト、赤で訂正する部分はねぇか? ねぇなら、このふざけたゲームは俺の勝利でようやく終了だ!」
 余裕に満ちた表情で俺はベアトを見る。
「…………」
 しかし、当の本人は相変わらず俯いたまま無言だ。
「おい、どうしたんだベアト。負けが確定したからって、今度は何も喋らねぇでうやむやにするつもりか?」
「……む、妾がそんな事をするはずがなかろう。前にも言った通り、妾は約束は守る」
 ようやくベアトは顔を上げて喋った。
「じゃあ、俺の勝利を言葉で認めろよ。俺は第二の晩に魔法が関わっている可能性を完全に否定した。じゃあどう見ても、俺の勝ちだろう?」
「いや……そのだな……」
 明らかにベアトの様子がおかしい。何だ? 一体何を考えてやがるんだ?
「言いたい事があるなら、言ってくれ。このままじゃ、気持ち悪くてとても勝利の余韻を味わえないぜ」
「……ん、わかった、言おう。……………………腹上死とは、何だ?」
「…………は?」
 今度は、俺が間抜けに大口を開けてしまった。
「だから、腹上死とは何かと聞いておる。妾の知らぬ単語を使って推理をされても、妾は赤を使いようがない上、そなたの勝利を認める事などできる訳がなかろう?」
「……ま、まぁ確かにそれは道理だ」
「うむ。だから早く言ってくれ。腹上死とは一体どんな死に方なのだ?」
「……あ、あぁ、腹上死ってのはな………………」
 だが、いざ説明しようとしても、なかなか言葉が出てこない……。何せ、ベアトは魔女とは言え、一応女性だ。その女性に、腹上死について説明するというのは、何というか……その……恥ずかしくて仕方がない。
 クソっ、何て死に方をしてくれたんだ秀吉叔父さん……!
 助け船を求めようと、腹上死について知っているはずのロノウェに目線を合わせるが、奴は口に手を当て笑いを堪えているのみで、何も言おうとしない。どうやら、この状況がおかしくて仕方がないらしい。……野郎っ……!
「どうした戦人? 早く、腹上死について説明せんか」
 そうこうしてる間にも、ベアトは困った顔をしながらこちらを催促する。
「わ、わかってる。ふ、腹上死ってのはな…………」
 だが、やはりどうしても続きの言葉が出てこない。……腹上死について説明するには、前提の性交の事を言わなければならない訳で、女性にそれを言うのは何というか男として許せない気がする訳で……。というか、これはセクハラになるんじゃないのかっ……!?
 あぁ! もう! クソっ! 何でこんな死に方をするように出来ているんだ人間はっ……!?
「……そこまで説明をしたがらないという事はあれか、そなたは架空の死因をでっち上げて妾を騙そうとしているのか? もしそうだとすれば、とてもそなたの勝利を認める事はできんぞ。それどころか、強制的に敗北にしてやりたい気分だ……」
 訝しんだ目でこちらを見つめながら、ベアトは言った。
「いや、違うそうじゃない……! 腹上死という死に方は確かにある!」
 敗北という二文字が耳に入り、俺は慌ててベアトの疑いを否定した。
「ならば早く説明するが良い。いつまでこんな問答を繰り返すつもりだ? 妾にはそなたが何を考えているのか全く分からん」
「あぁ、わかった、言うぜ……」
 俺は腹の中で覚悟を決めた。
「腹上死ってのはな……つまり……せ、性交中に急死する事だ」
 言い終えて、俺は体中から汗が吹き出ているのに気付いた。
「性交中に……? そんな事、ありえるのか?」
 困惑した顔でベアトは俺を見つめた。
「……あ、あぁ。さっき俺が説明しただろう。極度の興奮によって、心臓病を患っている人や高血圧気味の人が、心筋梗塞や脳出血を起こして死亡するんだ」
「ふむ、なるほど」
 興味深そうな顔をして、ベアトは唸る。
「こ、これで説明したぜ。秀吉叔父さんの死因が腹上死じゃないならとっとと赤で否定してくれ」
「……性交で死ぬほどの興奮状態になるなど、ありえるのか」
 ベアトは俺の要求を無視し、代わりに明後日の方向の質問を投げかけてきた。……こ、こいつ、また返答のしづらい質問をしてきやがって。
「そ、そりゃあるんじゃないか? 刺激の強すぎる快感を得て、そのままぽっくりって感じに」
 俺は曖昧に返答した。
「刺激の強すぎる快感……そんな程度で死ぬと言うのか。いくらニンゲンがひ弱と言っても、限度があるだろう。にわかには信じられんぞ……」
 納得がいかないという顔をして、ベアトはうんうん唸った。
「あ~クソっ! じゃあどうしたら信じるんだよお前はっ!?」
「そうだのう……。そなたを使って実験してみるか」
「はぁ!?」
 訳の分からない事を言われ、俺は思わず叫んだ。
「ニンゲンは、不可解な事象を目撃したとき、実験によってそれを科学的に解明しようとするであろう? それと同じだ。丁度そなたというニンゲンもいるしな。そなたを使って、腹上死という死因が実在するか確かめるのだ」
「な、何言ってんだお前はっ!?」
「安心しろ。この空間でなら、そなたは何度でも生き返られると、妾の家具共のお遊びで十分知っているであろう? 今更一度死ぬ程度、何でもないではないか」
「……そ、そういう問題じゃねぇっ! 腹上死が実在するか確かめるって事はあれだ、おお、お前と俺が、そのっ……せ、いや、あれをやるって事かっ!?」
「む? 性交如きで何を慌てておるのだ?」
 こ、こいつ、俺がわざわざ言うのを自重した言葉を堂々とっ……!
「何を赤くなっているのだそなたは? ん……そうかなるほど」
 ベアトの顔がにんまりとした笑顔へ変わってゆく。明らかに、こちらを見下した表情だ。
「なるほどなぁ……」
「な、何だよっ!?」
「つまり、そなたは妾と性交する事に照れているんだな?」
 その言葉が耳に入った瞬間、俺は体中の体温が急激に上昇するのを感じた。頭のてっぺんから湯気の一つや二つが吹き出たかもしれない。
「う、うるせぇっ!」
「図星か。くっくっく。前回のゲームで妾の前で裸体を晒しておいて、今更何を言うか」
「は、裸見せるのと実際にや、やるのとはかなり違うだろっ!」
「……戦人……」
 ベアトはそう囁くように言い、急に大人しくなった。
「……ど、どうした?」
 俺はその急変に心底驚く。
「そこまで嫌がるという事は……妾には魅力が無いのであろうか?」
「はっ!?」
「だってそうであろう? そなた程の年齢だと、性欲もそれなりにあるだろう。なのに、そこまで妾の誘いを断るという事は、妾自身に魅力がないからとしか考えられぬ」
「お、おい……!」
「……前回のゲームでは、妾もそなたに裸体を晒した。そなたは、そこで妾の体に魅力がないと判断したのであろう? ……妾は、それなりに自信を持っておったのだがなぁ。
 しかし、考えてみれば、それも当然かもしれぬ。何せ、そなたはニンゲンで妾は魔女。あらゆる価値観が違いすぎる。その中に美的センスを含めても、何もおかしな事はなかろう」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
 抗議の声を出すが、ベアトはまるで聞き入れない。それどころか、潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。
「……戦人。そなたの眼に、妾はどんな醜悪な姿でうつっておるのだ? 皺だらけの老婆か? それとも、毛深い野獣か? ……いや、もしかすれば、妾の価値観ではとても形容できぬような醜い姿なのか」
 そう言い終わると、ベアトは背を向け、しょぼくれたように肩を落とした。
「だからちょっと待てって!」
「……戦人?」
 ベアトはこちらに背を向けたまま、注意しなければ聞き取れないような小声で言った。
「俺は別にお前に魅力がないから嫌がってる訳じゃねぇ!」
「……そなたは、妾に牛チチと言い放ったぞ」
「あ、あれは、あの時のお前の行動に腹が立ったからつい言っちまっただけだ。……冗談みたいなもんだぜ」
「……では、そなたに妾の姿はどのように映っておるのだ?」
「び、美人だと思うぜ。それもかなりレベルが高い。少なくとも、俺の眼にはそう映っているぜ。祖父さまが、黒魔術にはまり込んでまでお前を復活させようとしているのも、同意は別として理解はできる。間違っても、魅力がないって事はありえねぇ」
 俺は、自分が思っている事をそのまま口にした。……確かにこいつは残虐で最低な奴だ。しかし悔しいが、容姿の良さだけはどうやっても否定する事ができない。
「…………そうかぁ……!」
 ベアトは純粋無垢な少女のような笑顔でこちらへ振り向き、本当に嬉しそうな声を上げた。何だか照れくさく、俺はつい目線を明後日の方向へやってしまう。
「しかし、では何故そなたはそこまで妾を拒むのだ?」
「お、お前と俺が敵同士だからだ。普通、こんな関係でそんな事はやらねぇだろ!?」 
「何だ、そのような理由で拒んでおったのか。それなら心配はいらん。もうこのゲームの勝敗はほぼ決まったようなもの。妾との性交は、これまで付き合ってくれたそなたへの褒美だと考えれば良い」
「だ、だけど、俺は腹上死のしようがないぜ!? 心臓病なんて患っていないし、特別血圧が高い訳でもねぇ」
「それも、心配無用だ。妾の魔法がある」
「何だよ、俺の血圧を無理矢理高めようってか……!?」
「いやいや、それではそなたに悪い」
「じゃ、じゃあどうするんだ?」
「妾の魔法でそなたの精力と陰茎の感度を高める。それでも腹上死とやらに至らぬのなら、妾の膣にも魔法をかけよう。無論、そなたが最大限の快感を得られるようにな。
 極限にまで敏感になったそなたの陰茎と、極上の妾の膣。二つが合わされば、決してニンゲン界では味わえぬ快楽が得られるぞ? それなら、腹上死とやらも簡単に起きるだろう。どうだ、悪い話ではなかろう?」
 そう言いながら、ベアトは徐々にこちらへ近づいてくる。二歩、三歩と近づくにつれ、その整った顔がこちらへ大きく迫ってくる。
「…………」
 俺はまるで言葉を忘れたかのように何も喋れないでいた。自分の本能が、ベアトの提案に賛成しようとしている。そして、理性が必死にそれを押さえつけている。だが、両者の勝敗は既に決まったようなものだった。
 何故なら、理性までもが半分ベアトの提案を受け入れようとしているのだ。何せ、デメリットがほとんどない。ベアトとの性交によって、奴は俺の推理を認めざるを得なくなり、更に俺は極上の快楽を得られる。ベアトを拒絶する理由が見あたらないのだ。あるとすれば、俺のプライドが少し傷つく事と、腹上死による苦痛を味わう事くらいか。しかし、前者はこれが勝利を手にするために必要なプロセスだと納得すれば済む問題だし、後者は既に何度も死の苦痛を味わっている俺にとって、ほとんど意味のない問題だ。
 ならば、もう…………。
「戦人……」
 その声が耳に入り、ふと気がつくと、ベアトの顔が目と鼻の先にあった。暖かい吐息が、俺の鼻先にふわりとかかる。
「ベ、ベアト……!」
 思わず、俺は退いた。しかし、何かの力によってそれは妨げられる。見ると、ベアトが俺の後ろ首を掴んでいた。強い力が入り、強引に抱き寄せられる。そして、俺とベアトの体は完全に密着した。
「何故、逃げようとするのだ?」
 小悪魔的な笑顔をベアトがこちらへ向ける。俺との戦いの中で見せた、あの残虐な笑顔とはまるで違う。無邪気で無垢で純粋で、それはいたずら好きな少女が見せる笑顔によく似ていた。少女……そう、今ベアトから感じられる雰囲気は完全にそれだった。
 俺はいつの間にかその笑顔に魅了されていた。……この笑顔こそが、ベアトの本性なのではないか。そんな思い、いや、期待すら持ち始めていた。そしてその期待が、ベアトと繋がる事への拒絶感を、まるで眠りにつく間際の意識のように、次第に薄れさせてゆく……。
 ベアトは更に力を込めて俺を抱きしめた。……暖かくて、心地よくて、心が安らいだ。
「ベアト……」
 俺はためらいがちに手を震わせながらベアトの背中へゆっくり手を回す。
「遠慮せずとも良い。……妾を優しく抱いておくれ」
 その言葉がスイッチとなったのか、……俺の意識は深く眠りについた。
 ベアトの背に回した手に力を入れ、そっと俺の胸の中へ抱きしめる。……少女が傷つき壊れないように、本当に優しく……。
 柔らかさの向こうに微弱な鼓動を感じた。それはベアトが生きているという事の、何よりの証左だった。……何故だか、俺は心の底で喜びを感じていた。



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最終更新:2008年10月26日 02:27