「茶番か、くだらねェな」
ベルンカステルが姿を消し、静まり返る劇場。忌々しげにウィルはつぶやいて、剣をしまいこんだ。



<終わったんだ>

先ほどから、ウィルの脳裏にはベルンに与えられた観測者権限の名残か、ノイズのように、理御の意識がとぎれとぎれで流れ込んできていた。
最初はぼんやりと聞こえる程度だったが、時折こちらに語りかけるようなベルンの意識も混ざっていたので、この場で起こった出来事を大まかには把握していた。それが幸いだったかと言うと話は別として。

<ベルンカステルは、どこに行ったのだろう>
<震えてるの、気づかれないようにしないと、余計心配させる >
<恥ずかしい>
<なんて答えたらいいのだろう>
<本当に、ごめんなさい、クレル>
さまざまな思考が浮かんでは消える。


ウィルは固い顔のままの理御の肩をそっと掴む。ぴくっ、とわずかに肩が跳ねた。
「すみません…」
うつむく理御。
「どうして謝る」
理御の瞳は困惑に揺れていた。
触れられたこと、助けに来てくれたこと、短い時間の間に様々な事があり、どう返したらいいのか、言葉に迷ってしまう。
「せっかく、あなたが助けてくれたのに…こんな運命で」
直前にあった事を思えば、このように意識をしっかり持っていられた神経はたいしたものだが、今はそれを讃える気にはなれそうにも無かった。
(右代宮家の教育、か…)
片翼を与えられ若くして遥か年かさのある親族たちと比べ競わされ磨き上げられてきた心は、驚くほど脆い器に収められていた。たいしたものと言うよりはむしろ、病的だ。
「…バカだな。選んできた道じゃねェだろうが」
<ほんとうに。私はバカだ>
口を引き結んで、理御は目を伏せる。
たとえ理不尽があろうとも、他人に原因を求めるような生き方を、彼女はしていない。
沈黙は金であり、それは彼女が抱く黄金の鷲の教えなのだ。

ウィルは、ばつが悪そうに視線をそらすと、地面に落ちた理御の上着を拾い上げて肩にかけさせた。
まだ身体が震えているのに気づくとその場にひざまづき、理御を抱き寄せた。


<あたたかい…>
目をつぶる。
<だめだ、甘えてはいけない >
「心が弱いから、負けてしまったんです。クレルに、合わせる顔がありません…」
「そんな風に考えるやつぁあるか。だから付け込まれんだ」
やさしく、背中をなでられた。
<きもち…いい…>
<あんなことがあったのに、わたしはやはり駄目だ>
「ウィル、もう大丈夫です」
<こんな風に優しくしてもらえる資格なんて無い>
気丈な振る舞いと、恐れて、揺れる心。あまりにもアンバランスな有様に、痛ましささえ感じる。
「やめろ」
耐え切れなくなって、ウィルが声を上げた。
「………そうですね、ありがとう」
やんわりと体を離そうとする。
<そうだな、しっかりしないと…>


「ちがう。そんな風に考えるのはよせ…あー、ったく」
ぼりぼりと頭をかく。
「だめだ、白状する。うまく説明できねェ、今俺は、お前の考えていることがわかるんだ。その、あいつの、観測者権限がな…」
その言葉には覚えがあった。
「……………」
絶句する。
<覗かれていたんだ、全部>
ベルンは元々理御の願いなど聞いていなかったのだ。
そして、その力を共有する彼にも、聞かれてしまっているのだ。
<……………っ>
理御の顔がみるみる赤くなる。
口をぱくぱくと動かし必死に冷静さを保とうとするも、その心まで見抜かれてしまっていることに気づいて、苦しそうにのどを押さえた。
<いやだ、いやだ、いやだ、どうして、こんな…、駄目です、見ないで…>
あわてて距離を取ろうとするが、よろけてしまう。
「落ち着け。離れたところで変わらねェよ」
「こ、困ります…だって」
<気づかれてしまう、そんな>
「思い浮かべたことだけが見えるだけだ、覗いたりしない。なるべく見ないようにも、努力する」
「はい、…すみません」
<…駄目だ、絶対気づかれる…>
そのとき初めて、理御の目に涙が浮かんだ。
「………う。……すみません、冷静を欠きました」
あわてて袖で目を拭う。首を左右に振り、心を落ち着かせるように胸に手を置くしぐさがいちいち女っぽくてウィルを困惑させる。
(泣かせているみたいだ、いや、これは確実に泣かせている)
「いいか、余計なことを考えるな。頭の中で数字でも数えてろ」
触るのもまずいだろうな、と理御の体から手を離す。

<あ……………>
なんともいえない不安な感情が流れ込んでくる。
「すみません……そう…してみます」
<数字、数えないと…い、1.2.3.よん.5.ろ…く.…>
几帳面に数字を数え始めた。


<さんじゅう、よん、…さんじゅう、ご…>
静かな時間の中、理御の声が、ゆっくりと流れていく。
少年とも、少女とも取れないが、清涼な快い声。それは満身創痍で疲れたウィルの意識をゆらゆらと揺さぶった。 時間の感覚すら通り過ぎて行くようだ。
しばらくぼんやりしてしまったのだろうか、なので、つい声をかけてしまった。
「大丈夫か?」
<…………………………………>
頭が真っ白になってしまったらしい。
(しまった)

<大丈夫って、体のこと…かな、大丈夫とは言えないけど、そう言いでもしたら心配を掛けてしまう…もしかして頭のほう…なんだろうか、どうしよう、変な奴だと思われる。気づかれる、相棒なんか駄目だって言われる…ただでさえ、こんなに近いのに…>
「悪かった。返事しなくていいんだ」
目を合わせているのがまずいのかもしれないと、背を向けて座りなおす。
<………ありがとう…>
気遣いが嬉しかったのか、理御の声がわずかに柔らかくなった気がする。
<…さむい、な、ここ…>
乱れた衣服はウィルが直してくれたが、身体が妙に冷えた。
<…ほしいとか、困らせてしまうだろうな…じゃないのに>
そう長くない間隔で、二度も無理やり与えられた嵐のような刺激。まだ安全とは言えない状況に気持ちを無理やり落ち着けるも、それらは直りかけの傷跡のように内に鈍痛を残していった。
慣れない体を引き裂かれるようなそれは、彼女の心を満たす類のものではなかったが、無理やり呼び起こされた感触に体が過剰反応する。
体にむずむずと動く何かを内包しているような違和感。理御は自らを押さえ込むようにぎゅっと肩を抱いた。

ウィルがこちらを振り向いた。
<ウィル、こっち見てる>
<金色の、目>
<どうしよう>
がたん、と理御が座らせられていた椅子が音を立てた。


「…ん……」
口に、暖かな感触。
<キス…された>
<どうして?>
<あたまがふわふわする >
<きもち…いい…な…>
とろんと、理御の瞳が細められると、ふっと唇を離した。

「なぜ、キスしてくれるのですか?」
「消毒だ」
ぽん、と頭に手を置かれる。くしゃくしゃとなでられた。
「あ、あの、それなら」
「どうした」
答えたその視線は優しい。
<何を言ってるんだろう、私>
<でも、欲しい。もっと>
<記憶を、塗りつぶして欲しい>
「くち、あけてください」
ふるふると震えながらも、焦れたように瞼を伏せる。
<おねがいです、拒まないで>
ウィルは驚いた顔をするも、すっと目を閉じてそれに従った。
理御の唇が重なって、その隙間から遠慮がちに舌が伸ばされる。
「ん…」
理御が目を瞑って、首に手を回してくる。ぴったりとくっついたやわらかな体の感触に、すこし狼狽する。
<ウィル、驚いてる>
<当たり前ですね、いやらしい奴って思われるのかな。お爺様にもあんなことされて、ベルンカステルに辱められて、でも、まだこんなことしたがるんだ、って >
<だけれど、どうしても欲しい>
<私は、あなたに--------->
雪のように意識が降り積もり、彼女の心を隠していく。
<ウィルの、体、温かい。舌、届くかな。どうしたらいいのかよくわからないけど、せめて、気持よくなってもらわないと…>
頭の中が見えていることをぼんやりしてきて忘れてきたのかもしれない。それとももうどうでもよくなっているかもしれない。
理御の舌が触れてくる。たどたどしい舌の動き。くすぐるように、こわごわと。
「んっ……ぁ……ふ………んっ」
暖かさに溺れて目をとろんとした表情と、鼻にかかる声が淫靡だ。
伏せられたまぶたの淵で長いまつげが震えている。頬は色づき、抱きつく体が熱を持っていくのがわかる。
背中を撫でてやると、首に回した腕にぎゅっと力をこめてきた。


コートを脱いでカーペットの上に広げて、理御の肩を掴んで覆いかぶさった。特に抵抗はされなかった。
口を離して耳元に囁きかける。
「触ってもいいか?」
「はい…お願いします…ひ…っ」
あまりにも成すがままなので耳たぶを噛んでやると、目を堅くつぶってむずがった。
耳の裏を舌でなぞると、目をつぶったまま、ぴくぴくと頬を引きつらせた。そのまま舌先で耳の中までくるりと差し入れる。耳がよほど感じるのか。
おとなしくされるがままになって、心の声も聞こえてこない。


「大人しくなったな」
「あ…は、はい…」
<きもち、いいから…>
ぼんやりと薄く開かれた唇から吐息が漏れる。
そんな顔されるとこちらがきついんだが。うかつに触れない。
身体の昂ぶりを抑えたいだけなのか、ただ怖くて人肌がほしいだけなのか、肝心なところが読めない。

不意に、ウィルの裸の胸に冷たい手の感触が触れた。
「…ちょ、冷てェって!…ったく、」
「お返しです」
迷っているウィルに気を使ったのか、弱弱しく理御が笑った。
「…すまねぇ」
理御の両手首を掴んで、地面に押し付ける。
<そういうのは、謝られても寂しいものなんですよ>

そっと指で腹に触れる。びくっ、と理御の肩が震えた。
肋の軽く浮いた華奢な凹凸をなぞって、身体の震えを手に感じながら胸まで手を伸ばして脇腹をぎゅっと掴む。
「待ってください、ウィル、あ…」
初めて抵抗らしい抵抗を見せた。
「嫌か?」
柳眉を潜めて、言いにくそうにしている。
「それは…。そ、それに、貴方も、気持ちよくないでしょう?」
親指で小振りな胸の輪郭をなぞると、
「やっ…、…本当に、やめ」
両手で肩を押していやいやと首を振る。
「…さいですから、その…」
〈男の子みたいね〉
連鎖して理御の記憶の中のベルンカステルの声が流れ込んでくる。
むき出しの人の弱み。
(こりゃ、ひでェ反則だな…)
「そんなことねェよ」
なめらかな白い肌のが描く丘陵に、控えめなふくらみがゆっくりと上下している。
ひんやりとした空気に薄い色をした頂が硬くふくらんでいる。
薄く色づいた乳首を口に含む。軽く音を立てて吸いながら、もう片方を指の腹でつまみ上げて、形を確かめるようにこりこりとひねる。
「ん、…くぅ…ふぁ…っゃ……」
肩を突き放そうとした手がそっと添えられ、わずかに爪が食い込むのが猫のようで、ウィルは目を細めた。
「気持ちよくないか?」
「………ぅ……」
ふるふると頭を横に振った。
繰り返し波のように快楽を呼び起こされ、涙で潤んだ瞳が揺れ、摩耗したこころが溶けかかっている。
〈…ぁ、好き…〉
流れ込む意識も霞かがって熱っぽい。とろけるような思考を共有するウィルも次第に息があがり始める。


「……………ウィル…私は……………んっ!」
もじもじと服のすそをつまんで、言いにくそうにする理御の口を手で塞ぐ。
「恥ずかしいなら黙っとけ、そんな必死にならなくてもいいんだ」
目を見開いて理御があわてる。
「そんな、必死になんてなってません」
つっと下着の中に手を差し入れる。入り口は熱く溶けて、ぬらりとしたものが手に絡みついた。
「ま、大丈夫みたいだな」
「……意地が悪いです……」
焦らすな、とその目が語っているような気がする。
指を抜いて足を持ち上げると、息を止めて身をすくませる理御を一気に貫いた。


「ウィル……っ…んっ……あ……ふぁぁぁっ…」
「痛くないか」
そのまま奥まで沈めると、理御が顔を胸に押し付けて下を向く。やわらかい襞をかき分けて壁を叩いてやると、柔肉が絡み付いてくる。
「はっ…はい……大丈夫です…っ………ん………」
「ウソつけ、そんなにびくびく縮こまってるやつがあるか」
〈……なか、いっぱいで……あ……〉
〈……こんな、硬いの……〉
ぎちぎちと締め上げられる感触は処女とそう変わらない。
異物感に対する違和感のほうが大きいのだろう。
ゆっくりと引き抜き、内臓のうねりを感じながらその間に滑らせるように挿入する。
押し殺した声の合間に、張り詰めた吐息が漏れる。
「声、我慢すんな」
「んっ、…ん、そんな…できません」両手で頬に触れて顔を上げさせる。
嬌声を恥じるというよりも、痛みを口にしそうで、理御は頑なだった。
「強情な奴だな」
目が潤んで、顔が熱い。
「…む…無理です」


<見られた…>
<恥ずかしい>
顔をそらせないように向き合いながら、反応を聞きながら、ゆっくりと腰を揺らす。
丁寧に慣らされた身体は優しさに押し崩されて開き、身体に打ち込まれた熱をただ素直に受けいれている。
「やらしい顔してんぞ」
声は優しい。言葉の合間に、キスを落としていく。
「こんなに…するからでしょう」まぶたを薄く閉じて、視線をそらしてしまった。
こんな事を言うはずではなかったが、鈍い痛みと、恥ずかしさ、罪悪感、いろんなものがない混ぜになって、理御の言葉を封じる。
本当は、彼に優しさを返したい。これが少しでも彼によってよくなるように応えたい。
せめて、つながりだけは解けないように、まわした腕に力をこめた。

理御のお腹を軽くなでて、きゅっと、胸をつまみあげた
「………………!」
びくん、と大きく上体が揺れた。
じわりと、膣内に何かが染み出した。すべりが良くなる。
〈……ふぁ、や、なか…膨らんで…〉
中の緊張は和らいだが、興奮して膨張してしまう。
「あ…っ、はっ、や…だめ、あ、あああっ…」
痺れが、快楽と痛みの境界線を曖昧にしていく。
どこが好いのかは手に取るようにわかる。ゆっくりと襞をめくりあげながら、すでに言葉になっていない理御の心の声をひろっていく。
そうでなくても正直にこちらを締め付けてくるのだが。

絶頂を迎えそうなのか、理御の震えが大きくなる。
「ウィル、ウィル、…離さないで…っあ…あ…ああっ」
名残惜しげに思いつつも中から抜こうと腰を掴むが、理御はウィルの名を形が残らなくなりつつも何度も呼びながら胸にしがみつく。
「待て、このままだと、中に…」
「………………だめ…………」
吐息にすらかき消されてしまうほどの小さな、聞こえるか聞こえないかの声。
しかし、それは心にあふれ出していた。
<や、ふぁ、ウィル、好きです、好き…>
「…………」
ウィルが硬直した。
びくん、と身体が反応してしまった気さえする。
「…ウィル? ……………………あ…」
ぼんやりした顔の理御の瞳が見開かれる。
「ち、違っ、だめです、いや、今のは、その…」
往生際が悪いことこの上ない。
「違ェのか、残念だな」
にやにや笑われて、おでこをつつかれた。
理御は口をへの字に曲げて、何か言いたげにこちらを見た。
「いや、好き…ですけども」顔を伏せずに言えた。

「俺もだ」
理御の腕が首にするりと伸びて、柔らかな唇の感触でその先が遮られた。


「むー、なんだかんだでうまくいっちゃったのー?つまーんなーい!」
カケラを手の中でもて遊びながらラムダデルタが頬を膨らませている。
「あんた、まだそんなのみてるの?」
すでに興味を失っているのか、ベルンカステルはゲーム盤の駒をいじりながら、視線すらよこさずティーカップに口を付けた。
「もうちょっと遊べると思ったのに。山羊に犯させるとか。壊れるまで精神的に追いつめてみるとか」
「…あんなゲーム盤で何が見たいのよ、あんたは」
「そうねぇ、一時的にウィルが金蔵に見える幻覚を見せるとか、素敵じゃない?」
頬に人差し指を当てて、はしゃぐラムダ。


「…頭が痛くなってきたわ」
「だいたいなんで、あんなちょー手加減で、ぽいっとくれてやっちゃうのよ」


「…あれはね、失敗なの」
「なによ、それ」
ベルンにつめよる。ベルンはうんざりしたように手を止めると、


「あのカケラはもともと「理御が無事に生き延びれる」ように調整に調整を重ねて作ったものよ、かつてのゲームと同じにね」
「えええー。どういう意味?」
「試しに、上手く行くか実験したの。まさかあの短い時間でやらかすとはね、あきれてものが言えないわ」
奇跡も絶対もないゲーム。
かすかに自嘲が含まれていた。
「じゃあ、さっきのって」
「信じられなかったから猫箱を開けただけよ、あんな子に興味は無いわ」
「………………………………」


「後始末も面倒だから。なんなの、その目は」
じっと見るラムダに、不機嫌そうなベルン。
「そんなこと言って、ハッピーエンドを見てみたかったんじゃないの?」
「興味ないわ」

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