「あなたのようにお美しいお嬢様の御顔、苦悶に歪ませるのは本位ではありません。 せめて眠るように、お逝き下さいませ……」


ロノウェはドサリと倒れたヱリカの身体を、慈しみを込めた瞳で見つめていた。
そこには敵意など微塵も無く、一人の女性の不意を付いてしまったことへの後悔の念すら感じられるものだ。
そして哀悼を捧げるように執事として完璧な、それでいて美しい動作でお辞儀をしていくと――それがこの場の勝敗を完全に決したかに思えた……。

「どうだ……?」

ベアトリーチェが問う。 地面に崩れたヱリカはピクリとも動かないが、念のためその状態を確認しないと安心ができないようだ。
それにロノウェはお辞儀の姿勢は崩さぬまま、主の問いに答えていく。

「魔界特製の睡眠剤です。 完全に不意も突きましたので、おそらく申し分ないかと……」

「そこまでよ、あんたたち」

ふいにロノウェの見ている地面の影に、ストン…とそれが舞い降りてくる――もはやそれは何人目なのだろうか。
またもやこの場にいないはずの人物の声が場に響いた瞬間、ロノウェはお辞儀をしている自分の背中に軽く体重が乗るのを感じていく。
それはまるで子供がおんぶでもねだって来るかのように小さな感触で、はて、自分には子供などいたでしょうか?どのご婦人との子かな……なんて可笑しな想像までしてしまうほどだった。

「男にしては綺麗な首ね。 …………切り落としたくなるわ」

けれども同時に視界の端に写りこんでいる長い髪の毛。 それに周りに居るベアトとガァプが、自分の背中を驚愕の表情で見つめていることに――只ならぬ予感が彼の頭をよぎる。
そして何よりも首元に突きつけられているそのおどろしい死神の鎌により、彼は今自分の背中に乗っている人物が誰であるかを即座に理解していった。
――ロノウェは手元の手袋を淡い光で満たしつつ、口を開いていく。

「…………これはこれは。 あなたのような大魔女に乗られる機会が得られようとは、このロノウェ、家具として真に恐悦至極に存じます。 あいかわらず御美しい青髪でいらっしゃる……」

「ありがとう、お世辞でもうれしいわ。 お礼に私の家具にならない? 負け犬ベアトなんてもう見限りなさい」

「ふ……申し訳ありませんがそれはできない相談ですな。 このロノウェ、見た目は美しくとも心はゲロカスな主人とは実に相容れない無能な家具でして。 ぷっくっく♪」

「………………言うわね。 残念だわ、じゃあ死になさい」

ロノウェの手元が鎌を捉える。 ほぼ同時に背後の残忍なる魔女が、ロノウェの首に内刃を当てたまま背中を飛び上がった。


ドシュウウウウゥゥゥッッッ!!!


「ぐッ…………!」

地面にボタリボタリと赤い液体が飛び散る――ロノウェはめずらしく悲鳴をあげた。
けれども悲鳴をあげられたのは幸運。 そのままストンと彼の後方に着地していった残忍魔女は、彼の首を切り落としたつもりだったからだ。

「ロ……ロノウェッッッ!!!」

ベアトリーチェが叫び声をあげる。 それは今までに見せた顔の中で最も冷静を欠いた表情で――これが計算外の事態であることを露呈していた。
けれども当のロノウェは遠くで心配そうな顔を向けてくる主を安心させようと、ニコリと笑顔を返していく。

「ご心配なくお嬢様。 ……かすり傷以上、致命傷未満です」

ボタボタボタ――世の一部の女性を虜にできるほどの微笑みを浮かべつつも、ロノウェの足元には大量といっても差し支えない血液がいまだ零れ落ちていた。 それは彼の首元よりやや上の顎下から流れ出でている。

「…………すごいわね。 あの体勢で切られてその程度で済むの? やっぱり優秀よ、あなた」

自らの鎌に付いた血とロノウェを見比べるようにしながら、ベルンカステルが感嘆ともいえるため息をついていく。
――自分はたしかにあの男の首下に鎌の内刃を当てていたはずだった。 そしてそのまま勢い良く飛び上がれば、首と胴体を分かつことなど容易いはずだったのだ。

けれどもあの男は自らの手元で鎌の動きを僅かな時間止めると、その間に顔と身体を仰け反らせ致命傷だけは避けたのだ。
ベルンカステルはこれまでに何人、何体もの命の灯火を奪ってきた鎌に舌を這わせると、ペチャリとロノウェの血を舐め取った――尊敬の意を込めて。

「……ありがとうございます。 けれども次からはもう少しソフトにお願いしたいものですな。 ハードな責めはむしろ私の専門なもので。 ぷっくっく……♪」

「そうね、次からはそうするわ。 …………こうして、ねッ!」

ベルンカステルがタン!と地面を踏みしめていく――次の瞬間、彼女の少女のような小さな身体は一回り以上もあるロノウェの眼前にまで押し迫っていた。
けれどもそのあまりのスピードにも深手を負ったロノウェは慌てない。 さきほど自らの命を繋いだ手を前へと翳していく。
いまだ眠り続ける一人の魔女を巡った二人の戦いはすぐには決着が付きそうにはなかった……。





「く……なんというタイミングの悪さか。 ここにきてよもやあの女が現われるとは……」

「………………」

ロノウェとベルンカステルがふたたび絡み合っていく様を、ベアトとガァプは彼らとは少し離れた位置で見守っていた。
ロノウェの方はともかく、あの返り血を辺りに撒き散らしながら大鎌を振り回しているベルンカステルの巻き添えを食らっては一溜まりもない。
ガァプは腕にヱリカの身体を抱えながら足元に真っ黒な大穴を空けていくと、ベアトと共に薔薇庭園の外れにまで空間移動していた。
ガァプは隣で苦々しい顔をするベアトを眺めていく。 さきほど彼女が口にした言葉を反芻していたのだ。

たしかにベアトの言うとおり、余りにタイミングが悪すぎる――いや、良すぎた。
こうしてヱリカの意識を閉ざした瞬間での、突然の魔女の来訪。 まるで漫画のお約束でも見てるかのような喜劇に、底知れぬ嫌な予感がガァプの頭をよぎっていった。
まるで自分達とヱリカのやり取りをどこかからでも見ていて、それにさし合わせたかのように助けに来たような……。

「…………ッ!? リーチェッッッ!!!」

「ぬ?」

ガァプは叫ぶ。 親友であるベアトに危険が迫っていることを伝える為に。
だがその叫びにはどういった脅威がベアトに襲い掛かってくるかの説明が含まれていなかった。
――当たり前だ。 ガァプ自身にもその脅威の内容どころか、敵の姿すら確認できていなかったからだ。

だから彼女はとりあえずベアトを漆黒の闇で包み込んでしまう。 トン!と地面に足踏みをすると、ベアトの足元に大きな黒穴が空いた。
どちらの方向から、そしてどういった攻撃が迫ってくるかわからないのなら、こうしてしまったほうが守りやすい。

「……ッ!? お、おいガァプ!貴様なに……を……」

ベアトはビックリ仰天といった顔のままガァプの出した落とし穴に吸い込まれていく。 それは突然子供にイタズラを仕掛けられたかのように場違いなもので、それが不覚にも緊張したガァプの口元をふふふと歪ませてしまった。

けれどもそれで多少リラックスできたのか、次こそ彼女は捉えていく。 たったいま地面に消えていったベアトの頭に、まるで突き刺すかのように差し出されていく真っ赤な爪の切っ先を。
そしてその爪先は穴の中に消えていくベアトをまだ執拗に追いかけようとしていたので――ガァプはおもいきり右足を振り上げた。


バッキィィィィンッッッ!!!


ガァプはその爪先の進行を阻止していく。 穴の中に入り込もうとしていく長い爪先を、上に向かって弾くようにおもいきり蹴り上げたのだ。
互いに真っ赤なヒールと爪先がぶつかり合い爆ぜるような音が響くと、ガァプの目の前にようやくその悪意の正体が現れた。

「ちょっと、何するのよ。 大事な爪が割れちゃうじゃな~い?」

ガァプの蹴りによる衝撃でその魔女――ラムダデルタは地面を靴でズザザと滑らせながら後方に弾け飛んでいた。
そして自分の爪を気遣うようにふ~ふ~と吹いていくと、前にいるガァプをギラリと睨みつける。

「は、べつに割れてもいいんじゃない? そんなもん手につけてたら不便でしょ、お嬢ちゃん」

ガァプは皮肉を込めながらラムダの右手を見る――そこには爪が伸びていた。 血を塗りたくったように真っ赤で、それでいて子供の腕ほどもありそうなほどの長さの5本の指爪が。
それはガァプはおろか、ベアトリーチェすら過去に目にしたことの無いラムダの武器。
とっさの判断で蹴り上げていたが、ガァプはその判断が我ながら最善であったことを彼女の手にしている危険な『凶器』によって確認していた。

「……あっぶな、何それ。 そんな武器持ってるなんて聞いてないわよ、甘ロリの魔女ちゃん」

「きゃははははッ! バッカねぇ~切り札は最後まで取っておくから意味があるんじゃない。 っていうかその服なぁにぃ?センスわっる~い♪」

「あら、これがわからない? 結婚を渋る押しの弱い草食男には効果テキメンなんだから……。 あ、その年で未婚の年増魔女さんには耳が痛い話でゴメンね?」

蹴り上げていた足をカツン!と地面に降ろしながら、ガァプは挑発の意味を込めてそうつぶやいてやる――案の定、ラムダはそれにピクリと眉をヒクつかせた。
見た目はどう見ても小学生程度にしか見えない彼女の不機嫌は、魔女という生き物を理解していないものには決してわからないだろう。
ラムダは右手の爪先をペロリと舌で舐めあげると、更に左手の方にも背中を掻くのに便利そうな長い爪先をニョキニョキと発現させていく。
合わせて10本の爪による凶器――それはラムダの明確な不機嫌さをヒステリックに表していた。

「へぇ~…………あんた、ムカツクわね。 やだやだ、超!嫌いなタイプだわ~」

「 奇遇!こっちもそう思ってたとこ。 あとそのカボチャは正直ないわよお嬢ちゃん? センス磨いて出直してらっしゃい、じゃねッ!!!」


ガッキイイイィィィインッッッ!!!!


ガァプがふたたび脚を真上に振り上げる、一歩たりとも動かずその場で。 それはあきらかに距離のあるラムダには届くわけが無い。
けれどもガァプの蹴り上げた足先は真っ黒な虚空に飲み込まれており、その切断された先の足首だけがラムダの顔にめり込んでいく――はずだった。
だがラムダは読んでいる。 自分の顎下に物理法則を無視したヒールの先が迫っていたのを余裕で看破すると、さきほどの爪先で握り締めるように受け止めていた。

「ふ~ん……これ、どこのメーカー? 靴はけっこうイイセンスしてるわね~、ちょうだいよこれぇ♪」

「お生憎様。 あんたみたいなお子ちゃま体型には合わないわよ……とッッッ!!!」

ガァプは『向こう』で右足首を掴まれていた。 だからそのまま今度は空いた左足をムーンサルトを繰り出すようにして叩き込んでいく。 漆黒の闇の空間内へ。
それはラムダの死角である背後を狙って飛んでいく。 垂直に振り上げたそれが彼女の頭の上に飛び出すと、後頭部に踵落としを食らわすように振り落とされた。


カキンッ!!!


「あー…………やっぱりダメ? ま、そりゃそうよね、二番煎じだし」

「おまけに出涸らしだし? きゃははははははッ♪」

右手と左手にそれぞれ勝利の報酬を握り締めながら、ラムダはあざ嗤う。 ガァプの両足による蹴撃を完璧に両爪で受け止めていたからだ。
死角である背後を攻めてくるなどお見通し。 そして一番効果的な後頭部を狙ってくると思って防いでみたら案の定これだ。 彼女でなくとも無邪気に嗤いたくなるのは当然だった。

おまけに二撃目は一撃目のそれに比べあきらかに緩い衝撃。
おそらく防がれると思い適当に撃ってきたのだろうが、ラムダは背後を見なくとも余裕でそれを爪先に受け止めることができた。

後はこの掴んだ足首を爪先で撫でてやればいいだけ。 真っ白で細いそれはさぞ血を噴き出させれば、色合いの良いコントラストを魅せてくれることだろう。

ラムダは右手に掴んでいる方の足首に爪を這わせていく。 それは最初の一撃目である自分の顎を狙ってきた方の足だ。
爪をニョキニョキと生き物のように伸ばしていくと、その足首に針のような先端をグサリと突きたてる――――いや、ようとした。


ゴッボオォォォォォォォオオ!!!


「げッへェェェェェッッッッ!?!?」


余裕あるラムダの表情が、一瞬にして苦悶に歪んでいく。 ――腹に激痛が走っていた。
それは例えるならボクサーのボディーブロー。 ラムダは昔ベルンと一緒に見たテレビのボクシングの試合を思い出していた。
あんなグローブを付けていたのでは痛くも痒くもない。 こいつら全員ヤラセよ~♪などとケラケラ嗤っていた時の自分が脳裏に浮かんでいた。

しかしその数年後、彼女はその失言を自らの身体で贖罪していくことになる。
もっとも相手はボクサーでもなくグローブも付けてはおらず、おまけに拳ですらなかったが――痛みはそれに匹敵するものだったのだから問題ない。

「うぎゅぅぅぅ、い、痛い痛い痛いお腹痛いッッッ!!! なんでなんでなんでよー!ちゃんと両足受け止めたのにームキーッ!!!」

あまりの痛みにラムダは自分の腹を抑えながら地面をのたうち回る――すでに両手の爪は両足を離していた。
だから彼女はヘタをすれば追撃を受ける危険性があった。 けれどもその痛がりようが余りに余裕ある?わざとらしいものに見えてしまったので、ガァプは逆に罠である可能性を考えそれができない。
代わりにポコン…とラムダの後頭部にとある人物の足先を転移させてやると、彼女の頭から理解不能という四文字を抜いてやることにしたようだ。

「ダメよ魔女ちゃん、ちゃんと後ろは確認しないとね? 三本目の足が出てきちゃうでしょ……?」

「はぁ? さ、三本目……?」

ガァプの言葉にラムダは困惑していく。 まさか奴がいかに足技がすごい悪魔だからと言ったって、本当に足が三つもあるなんてことはあるはずがない。
今もこの目で確認している。 魔女である自分に一撃を叩き込んでさぞご満悦なのだろう、仁王立ちするように立っているガァプの両足は間違いなく二本だけが地面にそそり立っていた。


…………あれ? じゃあ今あたしの頭をコツンと蹴っている、この足は――なぁに?


ラムダはいまだ痛みが走るお腹を抑えながらゆっくりと振り向いていく。 自らの後頭部をノックしているその正体を確かめるために。
するとそこには見覚えのある靴が存在していた。 けれどもラムダはすぐにはその靴の所有者を思い出せない。
少なくともガァプの履いている真っ赤なヒールではなかった。 男の物でもない、自分のような魔女が履く女性用のエナメル靴だ。

ん…………魔女の履く?

「あ…………!」

そしてそこまで考えてようやくラムダは気づかされる。 ガァプが自分や物や『人』を自由に移動させられる悪魔だということを思い知らされたのだ。
ラムダは慌ててガァプのいる方を見ていく。 けれどもそれは方向という意味で、彼女の目線はガァプの遥か後方にいるとある魔女に集中していた。

――ベアトリーチェ。 ラムダは遠くでくっくっくとしてやったりの笑みを浮かべている彼女の足元を注視する。
――するとやはりだ。 地面に置かれている両足のうち、右足だけが小さな水溜りにズボリと浸かるように闇へと消えていた。

つまりこういうことだ。 ラムダが自分の頭の後ろで受け止めた二撃目は実はガァプのではなく、ベアトリーチェの足だったのだ。
実際その時彼女自身も口にしている。 出涸らし、と。
それはつまり威力の低い攻撃だったという意味で、それは足技などないベアトのものだったのだからそれは当然だ。
そしてあとはガァプは隙だらけのラムダの腹に自分の蹴りを叩き込めばいいだけ。 彼女は両手が塞がっているのだから、それをするのは容易だった。

「ず…………」

「ず?」

「ずっるいッ!!!卑怯卑怯卑怯ずるいずるいずるいなんでよ!一対一のはずでしょこの卑怯悪悪ーーッッッ!!!」

「あら、それはちがうわよ。 だってリーチェの足なんてご覧のとおり、なんてことないでしょ? 蹴りにも入らないただのノックよ。 ていうか、お腹痛いの治ったの?」

「治ってないッ!!! 痛い痛い痛い死んじゃう死んじゃう死んじゃうベルン助けてーッッッ!!!」

ラムダはようやく謎が解けた安堵感と、いまだ続く激痛感を混ぜ合わせながらバタバタとのたうち回る。
まさか魔女である自分が家具に劣れを取るなんて思ってもみなかったこと。 それもあの負け犬ベアトの家具にやられようとは、彼女の元からあまりないプライドもさすがに傷つかざるを得なかった。
すぐ隣ではヱリカが同じように地面に転がり眠っている。 まさかこちら側の魔女が二人揃ってやられるなど考えても見ないことだ。
ラムダは向こうでロノウェと相対している恋人に助けを求めずにはいられなかった……。







「…………時間切れね」

遠くでラムダの悲鳴を聞いていくと、ベルンカステルは目の前にいるロノウェにだけ聞こえるほどの声でつぶやいた。 ――手元の鎌はロノウェの肩に突き刺さっていた。
そのままゴリゴリと上下に動かしていくと、それは骨にまで達しているのがわかる反響音と共にベルンに大量の返り血を浴びせていく。 それにロノウェは、向こうで悲鳴を上げているラムダ以上の激痛を感じていった。

「ぐっ…………そ、それはあちらのことですか。 それとも、私の?」

「両方よ。 でも大したものだわあなた、そしてあの赤い悪魔もね。 このうえあの大魔女まで来られたら、正直こちらに勝ち目は無いかもね」

「…………おやおや。 あの大ベルンカステル卿とは思えない弱気な御発言ですな。 何かの策ですかな?」

「まさか。 純粋に尊敬しているのよ。 これでもしあそこにいるベアトが生まれたばかりの雛でなく、昔の方だったなら。 今ごろこちらのチェックメイトだったでしょうね」

「…………………」

やはり気づかれていたか。 ロノウェは心の中でそうつぶやいていた。

たしかにベルンカステルの言うとおり、あそこにいるベアトリーチェはまだ生まれいでたばかり――その魔力は無限とは名ばかりに七姉妹を召還した時に当に尽き果てていた。
でなければ彼女が黙って自分やガァプが戦う姿を見守っているわけがない。 本来ならヱリカを三人がかりで封じ込め、その後に戦人を救出するのが彼らの目的だったのだ……。
けれどもこうしてベルンカステルとラムダデルタが救援に駆けつけるなど想定外。 彼女達はもはやこのゲームには興味を失くし、次のゲーム盤を探しに向かったと思っていたというのに……。

「…………まさか、こちらの動きを?」

ロノウェはこの魔女達が現われた時からずっと抱いていた疑念を口にしていく。
するとベルンカステルはニヤリと口を歪ませながら、更に彼の肩口をグリグリと抉りながら答える。

「そのとおり。 あんた達がいずれこうして動くこと、予測していたわ。 私とラムダが目の前に出されたご馳走、食べ残して帰ると思う?」

「……あいかわらず、さすがですな。 冷徹さと冷静さを併せ持つあなたはまさに我らの悪役に相応しい……」

ロノウェは自分の身体に半分以上食い込まされていく鎌を、どうにか引き抜こうと手に取っていく。
けれどもベルンカステルは更にグググっと力を込めてそれをさせない。 それどころかそこからの血の噴き出しを楽しむか如く愉悦に浸っていく。
もはやこのままロノウェの命は文字通り彼女に刈り取られる――そう思われた時、遠くからまたもやあの失態魔女の悲鳴が聞こえてきた。

「ベルーーーーンッ!!! 何してるの助けてよ早く助けてちゃうだいッ死んじゃう死んじゃう殺されるーッ!大事な恋人が犯されちゃうわよーッッッ!!!」

ラムダの助けを請う叫び声。 それがベルンやロノウェはおろか、おそらく今この薔薇庭園にいる全員に聞こえたであろう大音量で響き渡っていた。
ベルンカステルはそれを聞くとはぁ…と深いため息をつき、ロノウェもそれどころではない深手を負っているというのに、おもわずぷぷぷと噴き出してしまう。

「……なかなか大変ですな。 あのお子様魔女のお守りも」

「あら、わかってくれる? けどあんな子でもずっと私と一緒にいてくれた子だもの。 やっぱり見捨てるわけにはいかないのよね……」

「………………そうですか」

ロノウェはそのベルンカステルの言葉を聞くと、その刹那に死を覚悟した。
――トドメをさされる。 もはや自分という玩具で遊んでいる時間が無い彼女はすぐにでもこの鎌で自分の首を刈り取り、向こうにいるラムダデルタのことを助けに向かうだろう。
だからこそロノウェは目の前の残忍なる魔女がしていった行動に驚きを隠せなかった。

「というわけであなた。 ちょっと一緒に来てくれる?」

「は…………?」

ロノウェがすっとんきょうな声をあげてしまった、次の瞬間、ベルンカステルは彼の胸倉をガシっと掴みあげていく。
そしてラムダのいる方向へ顔を向けると、大の男一人の身体を楽々と持ち上げながらそちらへと飛び上がっていった……。







「はぁ、はぁ、はぁ………!」

ラムダの息は大きく乱れていた。 まるで50メートルを全力疾走した直後のように。
だがそれはお腹の痛みからではなく、助けを請う声に体力と酸素を使いすぎたせいだった。

「……あのねお嬢ちゃん。 殺されるっていうのはともかく、犯されちゃうってなによ……」

そしてガァプは呆れていた。 いや、呆れを通り越してもはや尊敬すらしてしまうほどだった。

――そして実際、それは事実。
自分はあきらかに無防備のラムダの腹を100%本気で蹴り込んだというのに、彼女は痛みにのたうちながらもまだどこか余裕があるように見えたからだ。
まともなニンゲンが食らえば内臓破裂どころか、腹に風穴が空いていてもおかしくない威力。
それを目の前のラムダは、クラスメイトにちょっと本気で殴られて痛いわよー!程度にとどめてしまっているのだからガァプは心底驚いていた。

やはり多少抜けていても魔女は魔女。 ガァプは自分が彼女等魔女に使役される側という事実を再認識せざるを得なかった。

そしてもう一人の魔女もすぐにそこへとやってくる。 長い髪をブワっと風になびかせながら、地面に倒れているラムダの前へ悪魔のように舞い降りる。

「…………さっきからうるさいの。 そんな大声出さなくても聞こえてるわよ、バーカ」

トンッと小さく着地していく音。 続けてドン!と大きな荷物でも持ってきたような音を地面に響かせると、ベルンカステルはラムダを庇うようにして立ちはだかる。
そして手に持ったその大荷物を前にスっと差し出すと、それを人質として彼女を引き寄せる間を稼いでいく。

「…………ラムダ、ちょっとそこのヱリカをこっちへ持ってきて」

「あ~んベル~~~~ンッッッ!!!会いたかったやっぱり来てくれたのね嬉しい~~~~ッッッ!!!」

ラムダはおもわず後ろから抱きついていく。 今の彼女にとってはまさにベルンは白馬の王子様――もとい死神だったからだ。
もっともベルンの方は背中にまとわり付いてくるそれに多少イラっときたが、この緊急時にそんなことはいってられない。
すぐそこに転がっているヱリカの位置をチラっと確認していくと、奴らの本命である彼女の確保を最優先していく。

「……ええ。 わかったからそこのヱリカをもっとこっちへ寄せて。 三度は言わないわよ」

「あのね、あのね? お腹痛いの。 すっごく痛いのよ~ベル~ンッ! さすさすして?さすさすしてくれないと死んじゃう死んじゃうおごぉぉぉッッッ!!!」

ラムダの腹に本日二度目の激痛が走る――ベルンの肘が深々と突き刺さっていた。
彼女は文字通り三度は言わなかった。 それにラムダはケヘケヘッと何度か咳こんでいくと、お腹を抑えながらそばにいるヱリカの身体をこちらへ引きずる。

「…………これで五分五分ね。 続き、まだやる?」

ヱリカの身体がすぐそばへと引きずられてくると、ベルンは目の前に佇んでいるガァプにつぶやいていく。
それは自分はこれ以上続けたくない、という意思表示に思え、人質に取られているロノウェ、そしてガァプも意外そうな顔を向けていた。

「……意外ね。 このまま私もロノウェもベアトも、その鎌で切り刻みたいんじゃないの? 残忍魔女ちゃん」

「もちろん、それもいいんだけどね。 私としてはあんまり玩具を壊したくないの。 ……わかる?」

ベルンにわかる?と聞かれガァプはわからない、と示すようにお手上げのポーズを取る。 もっとも大方想像はついているのだが、それに了承したくないきもちがガァプにはあったからだ。
ベルンはクスクスっと特有の笑みを浮かべると、ガァプの隣に沸く大穴から現われた魔女の方にも同様の問いを向けていく。

「あんたならわかるわよね、ベアト。 玩具を愛でて愛でて、そしてギリギリまで追い詰めて……また愛でていく喜びが」

「…………わからんでもない。 妾もかつてはこの島で悪逆非道を繰り返した魔女――らしいからな。 その黒い愉悦、理解しよう。 …………だが」

「…………だが?」

「残念だが、そなたの『愛でる』には愛がない。 それは愛でるではなくただの自己満足よ。 つまり妾にはそなたを理解できん、という理屈になるわけだ。 一緒にするでない」

「……………………そ。 残念だわ 」

ベルンがそう呟くと、お互いの間の空気がピンと張り詰めたように思えた。
交渉決裂――いや、ロノウェを人質に取っている時点でベルンに誠意などカケラほどもないのは誰の目から見てもあきらかだった。

ベアト、そしてガァプが構えていく。 ロノウェに更に怪我をさせてしまうことになろうとも、彼女達はもうこれ以上自らを動かぬ人形にしていることはできそうになかった。
それにベルンカステルもロノウェに突き刺している鎌を持っている手とは違う方の手を翳していく。 どうやらまだ何か別の魔法か武器を隠し持っているようだ。

そうして場の雰囲気がふたたび新たな血の匂いを嗅ぎ取っていくと――そこに最後の侵入者の声が響き渡る。

「ほっほっほ。 ダメですよベアト、ガァプ。 物事はもっと穏やかに進めましょうね……」

それは遥か上空――いや、この島全体に響き渡っているかのような荘厳なものに聞こえた。
それだけでベルンカステルは察知する。 ああ、やはりここで来るのね…と。
そして彼女が小さく舌打ちをしようとしたその瞬間、ベルン、ラムダ、ヱリカ、そして人質のロノウェらの周囲に無数の小型魔方陣が一瞬で湧き出ていく。

「………………来たわね。 本命 」

それらの魔方陣が一斉に産声をあげていく。 円の中心から刃のようなものが突き出てきたと思うと、それらからシュキンッと多数の刃が彼女達をズラリと取り囲む。
黄金の槍――かつてその魔女が自らの弟子に向けたそれらを、今度は弟子の敵となる人物達へと向けていた。

「ええ、来ましたよ? ここで来なくては出番がないですからね。 真打ちは遅れてやってくるものです」

そうしてベルンカステル達を自らの術で包囲すると、少し拗ねたような表情でその魔女―ワルギリアがベアトとガァプの間に割って入るように現われる。
そしてカールしている髪の毛の方に手をあげると、その頭をペチンと叩いていった。 まるで子供を叱り付けるように。

「あ痛ッ! ちょ、ちょっとリーア……」

「リーア、ではありません。 何をしているんですかあなたは。 戦うことが私達の目的ではありませんよ?」

「い、いや向こうが先にやってきたのよ? ベアトを助けるためだったんだし、私のせいじゃないわよ。 ね、ねぇ?」

「う、うむ。 そうだぞお師匠様、ガァプは妾を助けようとして……」

「言い訳は聞きません。 それにもし不測の事態が発生したなら、すぐにお逃げなさいと言っておいたはずですね?」

「「う…………」」

ワルギリアの迫力あるお説教にベアトとガァプは押し黙る――まるで娘と母親のやり取りだった。
それを目の前で見ていたベルンカステルもあっけに取られていた。 よくもこの状況でそこまで緊張を弛緩できるものだと、感心すらしていく。

そしてその間にベルンは確認する時間を得ていく。 決して右手に確保している男の握力は緩めないようにしながら、横目で今のこちらの状況を把握していくのだ。

ヱリカはいまだ目覚める気配が無い。 よっぽど強い香でも嗅がされたらしく、目蓋は死んでいるように閉じたままだった。
ラムダは未だこちらに抱きついているままだ。 小声で「動ける?」と聞いてみたものの、自分のお腹に埋めている顔をフルフルと振るだけ。
どうやらお腹のダメージはそれほどでもないらしいが、心の方がすっかりイジケモードになってしまったらしい。
こうなるとラムダは自分に三時間は甘え通さないと機嫌が治らない。 それをベルンはいままでの経験でわかっていた。

つまり最悪の状況は変わらないわけだ。 自分ひとりだけしか戦える者はいない。
唯一の希望はこの右手に抱えている執事のみだ。 彼に人質としてのたしかな価値があるからこそ、あの糸目魔女も槍で包囲するだけで済ませたのだ。
もし彼がいなかったら、今頃私達三人は全員串刺しにされていたことだろう……。

「……さて。 思考の旅は終わりましたか? 奇跡の魔女、ベルンカステル」

ベルンがそうして今の最悪な状況を把握していくと、ワルギリアはそれをあらかじめ待っていたかのようにささやいた。
その後ろではベアトとガァプがしゅんとした顔で落ち込んでいる――どうやら向こうはこちらに反して随分と余裕があるようだった。

「ええ、終わったわ。 有りがちだけど言わせてもらうわね。 ほんとはこんな負け犬のようなゲロカスセリフ、吐きたくもないけれど……」

そうしてベルンカステルは苦虫を潰したような顔をすると、ロノウェの肩に突き入れていた鎌をズボリと引き抜いていく。
うぐっと悲鳴が聞こえたが気にしない。 彼女はそのまま手負いの執事の喉元に血で染まった鎌を突きつけていく。

「ええと……どう言うんだったかしら。 動かないで、動いたらこの男の命はないわよ、とかでいい?」

「…………………」

「あら、何か反応してよ。 これでも悪役はやり慣れてるのよ? くすくすくす……」

ベルンカステルは抑揚の無い声で淡々とつぶやいていく。 なんてやる気のない脅迫だろうかと自分でも思わず嗤ってしまった。
けれどもそれは逆に、ワルギリア達にとってはロノウェの命を軽んじているのがよくわかる冷徹さを感じさせたようだった。
脅しではなく本当に殺る気がある。 少なくともその可能性は充分にあるとわかる声色に聞こえたのだ。
ましてやロノウェの肩口の傷はもはや軽いとはいえない重傷。 今もドクドクと流れ出でている血液は彼の美しいタキシードを赤く染め、その量は致死量に達していてもおかしくない血溜まりとなって地面を彩っていた。
ベルンの脅迫など無くとも、それだけで充分に脅しになっていることはこの場にいる者の周知の事実だったのだ。

けれども一人、ワルギリアだけは慌てなかった。 追い詰められているのはベルン達のほうであると見抜いていたからだ。
彼女はあくまで冷静な口調を崩さず、囁いていく。

「ほっほっほ……甘いですね。 今この状況で、私達がそんな言葉に臆するとお思いですか?」

「じゃあこのままずっと睨みあってみる? 私達は一向にかまわないけどね。 この男の流れ出る血を見ているだけで退屈しのぎができるし。 くすくすくす……」

「……………そうでしょうか?」

ベルンカステルが自分でも少しわざとらし過ぎるかなというセリフを吐いていくと、ワルギリアはそれをいとも簡単に遮っていく。
この程度の交渉術など全てお見通し――グワっと大きく見開かれた両目がそう語っていた。

「あなたが今手にしている男はたしかに私達の仲間です――が、けれどもあくまで家具は家具。 こちらは家具を一体失うだけです。 ですが、そちらはどうでしょうね……?」

「…………………」

ワルギリアの迫力のあり、尚且つ纏わり付いてくるような眼光がベルンカステルの身体を射抜く。
それだけで彼女は自分達の周囲を取り囲んでいる槍が、いくつか突き刺さってきたのではと錯覚してしまうほどだった。

やはりこの女は一筋縄ではいかないようだ。 魔力よりも才能よりも何よりも、経験という自分ではどうにもできない壁が目の前のワルギリアの鋭い眼光には感じられた。

「ということで、かまいませんねロノウェ? あなたの命で私達は勝利を得ますが、何か不服は?」

「…………あろうはずがございません。 お嬢様と戦人様をお救いできるのなら、このロノウェ、命を捧げる事すらむしろ恐悦至極に存じます」

「ありがとう。 あなたの命、けっして無駄にはしませんからね? ほっほっほ♪ それではこれでお話は終わりですみなさんさようなら」

矢継ぎ早にセリフを並べたてていくと、ワルギリアは自らの手を前へと振り下ろす。 するとベルンカステルらの周りの槍達がすぐさま止まっていた時を動かし始めた。

「………………ッ!?」

ベルンカステルは死を覚悟した――とまではいかなかったが、ワルギリアのあまりの仲間への見捨ての速さに多少の困惑を覚えずにはいられなかった。

そして周囲に円状に撒き散らされた槍達が四人へと一斉に襲い掛かった。 見るからに痛そうな三又に分かれた刃がものすごいスピードで迫り来る。
それは全員が手負いでなければ一人くらいは致命傷を避けられたかもしれないが、今この状況ではそれも望めそうに無かった。


ヱリカは幸せだった。 眠りについている彼女には自分の死を覚悟せずに済んだから。
ロノウェも幸せだった。 自らの死で主が幸せになるのなら、家具としてこれほどの幸福は無いから。
そしてラムダも幸せだった。 今自分の命が終わろうとしていることにさえ気づいていなかったから。
こうしてベルンの身体に顔を埋めていれば全て彼女が解決してくれる――そう思っていた彼女がこの中で一番幸せだったかもしれない。

そして、ベルンカステルも幸せだった。
大切な恋人、しもべ、そして自分をてこずらせた優秀な家具と一緒に――逝けるのだから。

彼女はこの中では唯一無傷なので、その気になれば一人逃げることも出来た。
ラムダを無理に引き剥がし、ロノウェを捨てていき、ヱリカを見殺しにすれば多少の怪我を覚悟で生き残ることもできたかもしれない。
けれどもみんなでグチャグチャの挽肉になるのもおもしろいかもね……と達観したようにクスリと笑うと、そこでゆっくりと目を閉じていくのだった……。





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  • おもしろかった!続きはあるのかな? -- (み~) 2011-03-05 18:09:16
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