夫婦ですから 後編 の続きです。 かなり長いです。 ほぼ全編中二病戦闘描写。 多少のグロもあります。







「はぁ…………」


ヱリカはため息をつきながら乱れた服装を整えていた。
髪の毛もボサボサになってしまったようで、手で何度も形を整えながら――隣にいる俺をジロリと睨みつけていた。

「そ、そんな目で見んなって。 悪かったって言ってんだろ?」

俺は情事が終わってから、もう何度口にしたかわからない言葉を繰り返していた。 している最中も後でこうなるだろうな…なんて思っちゃいたが、やっぱりだ。
ヱリカはさきほどのレイプ(そのわりには喜んでいるように見えたが)が大層気に入らなかったようで、俺への不機嫌モードを身体中で表していた。
さっきから一切目線を合わせてくれない。 それどころかソファーの端っこに移動し、俺と身体すら触れさせたくないといったふうだ。

「…………髪、何本か抜けたんですけど」

「…………………」

俺の手の中にまだ残っている。 ヱリカのツインテールを掴みあげた感触が。
あの時は女の髪を乱暴に扱うことに愉悦すら感じちまってたが、今の賢者タイムの俺にはもはやその感情は理解できない。
俺はソファーの上で彼女に土下座をしていきざるを得なかった……。

「……ごめんなさい」

「…………足も、ものすご~く痛いんですが?」

「はい、反省します」

「猛省、してくださいね?」

ヱリカが土下座している俺の頭をペチンと叩く。 ――どうやらとりあえずはそれだけで許してくれたようだ。
ようやくお姫様の機嫌が治っていくと、俺はふぅっとため息をついた。

「毎度毎度のことだけどよ……やっぱり俺はどこかおかしいかもしれねえな」

自分に言い聞かせるように、俺はそんな弱気な発言をしていく。
一度や二度ならまだしも、ほぼ毎回こうとなると自分の中に悪魔でも潜んでいるんじゃねえかと感じてしまう時がある。
もっともこういうふうに言うとヱリカの奴が、そんなことないですよ…と励ましてくれるから言っちまってる部分もあるけどな。 我ながら卑怯な男だぜ、まったく。


ガタンッッッ!!!


――けれども今日はちがった。
いくら待とうとヱリカの励ましの声は聞こえてこず、代わりにすぐ隣でイスが倒れるような音が響いてきただけだ。

俺は慌てて音のした方を見る。 すると隣にいるヱリカがソファーを立ち上がっていた。

「………………」

――ヱリカはジっと窓を見ていた。 外の薔薇庭園の景色がよく見える、四角い窓を。
急に立ち上がるから何事かと思ったが、どうやらそれが理由のようだが……それにしてはどこか様子がおかしかった。

彼女の目は大きく見開かれていたんだ。 まるで何か有り得ない物でもそこに見たように。

念のため俺もその窓の外を覗いてみる。 誰かが覗いていた…ってのはちょっと洒落にならねえからな。

――けれどもそこには誰もいない。 いつも俺達が見慣れている綺麗な庭園の風景が、額縁にはめられたように窓枠におさめられているだけ。
……おかしい。 ヱリカはなんでこんなにも異様に『外』を気にしてるんだ?


「…………戦人さん」


俺がその疑問を問いただそうかと思い始めたとき、逆に彼女が口を開いてくる。
その声はさきほどの軽口を叩いてたものとはちがい、重要な話でもあるかのように真面目な声色だ。

「……ん? なんだよ、どうかしたのか?」

「…………ごめんなさい。 少しだけここで、待っていてもらえますか」

ヱリカはそう厳かに口にしていくと、俺の目のあたりにスっと手をかざしてきた。
視界が奪われる。 俺の見えている景色が急激に黒く染まっていた。
そしてその中心にぼんやりとランプの灯りのような光が点ると、どうしようもない眠気が襲ってくる……。

「エ、エリ……カ……?」

薄れゆく意識の中で、俺は彼女の名を呼んでいく。 特に理由は無いがそうしてやりたくなったからだ。
すると一瞬だけ、スっと手がどけられていく――そこにはヱリカのいつもの笑顔があった。

「……平気ですよ。 このヱリカが、あんな女に負けるとでも? 少しだけここで待っていて下さいね……」

彼女はそう安心させるように囁くと、俺にふたたび目隠しをしていった……。








ヱリカは慌ててはいなかった。

いつかこの日が来るのは予期していた――あの日、戦人と結婚式を挙げた日から。
むしろ一年たってようやくか、と余裕すら見せられるほどでもある。

……けれどその余裕とは反し、準備はけっして万全とはいえなかった。
自分には身を守る盾はあるが、矛がない。 それだけがヱリカの不安要素だった。

「…………………」

戦人がソファーで穏やかな寝息を立てているのを確認すると、ヱリカは彼を起こさないよう、静かにその園芸小屋を後にしていく。
出口の扉をそっと後ろ手で閉めていくと、その木製の扉に手をかざしていく。 そして何やらブツブツと呪文のような言葉を呟いた。


決して誰も入れない、出られない密室へ――。


そのまま手のひらをギュウゥゥと扉に押し付けると、その場所に赤いサソリの形をした呪印が施された。

――これで彼の眠りを妨げるものはいなくなる。
彼女がこの場所に帰ってくるまで、戦人を眠りから覚ませる者は誰もいない。

そうして小屋が完全に密室になったことを確認すると、ヱリカは島内に張り巡らせてある結界の具合を確認していく。 

振り返るとそこは普段の薔薇庭園。 けれども周りの空気は一変していた。
――雰囲気が重苦しい。 空気も澱んでいるよう。 少なくとも、ヱリカにはそう感じられた。

あたりに咲き誇る薔薇は普段ならみな一様に真っ赤に染まり、支配者であるヱリカを祝福してくれていた。 彼女の事実が唯一の真実であると、その身で赤く証明してくれていたのだ。

――けれどもそれは今となっては虚飾もいいところ。
あたりに咲いている薔薇達はもはや赤と青の混ざり合った紫へとその身を変貌させていて、それがヱリカにとっては見えないプレッシャーのようにズクズクと下腹に響いていた……。

「……………痛ッ……」

ふいに脚に刺すような痛みが走る。 ――さきほど戦人に手当てをしてもらった左脚だ。

彼には大丈夫とは言ったものの、やはりそれほど具合は良くないようだ。 包帯を巻いてある膝もさることながら、足首を捻挫しまっているのが非常にまずかった。
今もただ立っているだけだというのに、それだけで鈍い痛みが走り続けている。 ――彼に乱暴にされたのも悪化の原因だった。


けれど元に戻したくはない。
愛する戦人につけられ、彼自身に癒してもらった傷だからこそ、ヱリカはこの左脚を絶対にこのままの状態にしておきたかった。
それが彼女なりの戦人への真実の示し方――普段、彼の記憶を良き夫の物へと書き換えてしまっている贖罪でもあった。

――――だいじょうぶ。 どうせ私のことは、誰も傷つけられはしない。
この身も、そして心すらも――それができるのは唯一、彼一人だけ。


ヱリカは自身の震える左脚をペチンと叩いていく。 さきほど戦人の頭を叱りつけたように。
そして自らの身体と心を鼓舞していくと、庭園の中心方向へゆっくりと歩いていった。
そちらがより空気が重く感じられる。 おそらく、そこにいるのだろう。

――そう。 きっとそこに、私が会わなければいけない、あの人が待っているだろうから……。







「ふん。 よくもまあ、ここまで好き勝手やってくれたものよの……」

見覚えのあるようで、まったく見たことすらない六軒島。 そこに彼女は立っていた。

遠くには館が見えている。 姿形は自分が治めていた頃とさほど変わらなそうだ。

背後を振り返ると、そこにはしっかりゲストハウスもあった。 ゲーム盤ではここを攻略するのが何より難しかったのを憶えているが、それも遠い昔のことのように感じられる。

そして今自分が立っているこの薔薇庭園。
手入れはどこぞの山羊共がしているのだろうが、中々に見事。 おおよそニンゲンの使用人にすらできないような洒落た形に整えてある薔薇組みもあり、それだけは自分を感動させた。

――けれども、やはりそれだけ。 館もゲストハウスも薔薇庭園も、自分の知っている時とはちがう違和感のようなものが拭えずにはいられなかったのだ。

――理由はすでにわかっている。 治めている者が違うのだから、島の空気も変わっていて当然。
自分が島を治めていたのはもはや過去の話。 今は顔すら知らないどこぞの小娘が治めているというのだから、ベアトリーチェは腹持ちならないため息をつかざるを得なかった。


「…………………来たか」


そうして自分の出すため息で溺れてしまいそうになっていると、ようやく――ようやくベアトの望んでいた人物が視界の遠くに見えてくる。
青く長い髪を優雅になびかせている。 どうやらさほど慌ててはいないらしいところは、その歩き方だけでわかった。
着ているドレスは魔女にしては少し派手め。 これだから最近の若い魔女は…などと悪態は付けない。 自分も若いからだ。

徐々に彼女が近づいてくる。 もう顔が確認できるほどだ。
そしてようやく声が届くであろう距離まで二人の間が狭まると、まずベアトが口を開いた。

「……会いたかったぞ、古戸ヱリカ」

そう、口にしていく。 それが一番初めに彼女へ伝えたかった言葉だからだ。
会いたかった。 まるで遠距離恋愛をしている恋人に伝えるような言葉だが、今の自分にはそれが一番しっくりきていた。
そしてヱリカが自分の前でピタリと立ち止まると、続けて二番目に言いたかったことを告げていく。

「どれほど貴様の顔を拝みたいと願ったことか。 ……なるほど、そういう面をしていたわけだなぁ?」

ヱリカの顔を見る。 なるほど、あの大魔女の生み出した駒であるだけあり、彼女によく似ていた。
髪の色もそうだが、顔つきもよく似ている。 ……胸の大きさも。
この顔とこの髪とこの身体をした女が――戦人と一年もの間夫婦生活をしていたわけだ。

「………………ッ!」

次の言葉は何にしようか…と考えていた矢先、ベアトの顔が微かに歪む。 ――明確な嫌悪感だ。
匂いがしたのだ。 目の前にいるこの女の身体から雌の匂いが立ち昇っているのを、ベアトは敏感に感じとっていた。
しかもそれだけではない。 そこには混ざり合うようにして雄の匂い――懐かしいあの戦人の香りも漂っていたのだから、ベアトにとっては色んな意味でたまらなかった。

それは何の匂い?などと聞くのは無粋だろう。 あきらかに男と女が交尾をした直後の生々しい匂いだった。

「は……はは、はははははは……」

ベアトは乾いた笑いを浮かべていく。 嫉妬という、女として至極真っ当な感情を交えた――邪悪な笑みを。
もっともそれはヱリカを責めているというよりは、自らの中にある負の感情をより高みに昇らせるためのもののようにも思えた。
そして一通り自分の感情を高め終わると、ギラリと目の前のヱリカを睨み付けた。 女とは思えない、鬼のような形相で。

――それにヱリカは怯んでもよかったのかもしれない。 自分に敵意を向けられ平気な人間など、この世に居はしないからだ。

「……こんにちは。 わざわざこんな遠い島までご苦労様です、ベアトリーチェ。 歓迎いたします」

しかしヱリカは怯まなかった。 歓迎という単語を使う割にはニコリともしなかったが、それでもその言葉には恐れの無い強さがあった
まるで昔からの友人が会いに来たかのようにベアトリーチェを見つめていくと、淡々とその言葉を発したのだ。

この島への初めての侵入者であるベアトリーチェ。 彼女が目の前に立っているという現実は、この島の支配者であるヱリカの魔力を彼女が凌いだことを意味している。
魔女としてまだ一年ほどにしか満たないヱリカと、無限の異名を持つベアトではその差は歴然だ。 それはおそらく誰の目から見ても明らかであっただろう。

けれどもヱリカは特に焦った様子もなく自らのスカートのすそをちょこんと摘んでいくと、丁寧に膝を折り、目の前の先輩魔女に挨拶を交わしていった。

「……自己紹介申し上げます。 右代宮ヱリカと申します、以後お見知りおきを……」

ヱリカは無表情でそうつぶやくと、うやうやしくお辞儀をしていった。
けれどもそれは言葉ほどは相手と親しくしたくないことが伺える実に無機質なもの。 なぜなら彼女も彼女でまたベアトリーチェには激しい嫉妬の念を抱いてるからだ。
戦人と一緒にいるたび彼の瞳が何度ベアトを探しまわったことか――記憶を書き換えてまでいるというのに、それほどまでにベアトリーチェは戦人の記憶に色濃く残っていたのだ。

「ふん……右代宮、とくるか……」

ベアトリーチェはヱリカの口にしたその単語に眉をひそめていく。 だがそれが挑発の類である可能性を考えると、すぐに自らの湧き出た感情を抑え付けていった。
そして手に持ったパイプをクルリと一回ししつつ後の布石とすると、自らも先輩魔女としての威厳を存分に見せ付けていく。

「これはこれは、ご丁寧な自己紹介真に痛みいる……。 そう、妾が無限の魔女にして右代宮戦人の正統なる妻、ベアトリーチェだ。 古戸ヱリカ…………人の旦那を寝取った罪は重いぞ?」

「……もともとあんたのモノじゃないです。 あ、それと一つ言い忘れました。 『初めまして』」

「うむ!そういえば妾達は初対面だったなあぁ? こちらこそ初めまして、古戸ヱリカ。 そして残念ッ!さようならだあぁぁぁぁああああぁああああああああぁッッッ!!!」

ベアトリーチェは飛翔する――怒りの叫び声をあげながら。 飛び上がった後にできた激しい土煙が彼女の怒りの様を表していた。
そして背後に太陽を纏いながら目潰しとすると、地上にいるヱリカに上空から襲い掛かる。

「すまぬが無作法などとは言ってはおれん! この一年間、妾は貴様を殺すことだけが生きがいだったのでなああぁぁぁぁぁぁぁぁあッッッ!!!」

ベアトの顔が醜悪に歪んでいく。 嫉妬と憎悪によってグシャリと押しつぶれるように。
……前言撤回。 ベアトリーチェは感情を抑えてなどいなかった。
ただでさえ戦人が他の女の夫になったという事実だけで不快なのだ。 おまけに一年間夫婦としての暮らしを許してしまったかと思うと、それだけでどうしようもない寝取られ感が彼女の心を蝕んでいるようだった。
そしてその溜まりにたまったマイナスの感情がベアトの周りの空間で爆散していくように弾けていく。

「ゆけッ!煉獄の七姉妹ッ! あの女を見るも無残な肉塊にしてやれえぇぇえぇぇぇぇぇえぇ!!!」

ベアトがそう叫ぶと、彼女の手元から七つの小さな魔方陣が生まれ出る。 そしてそれぞれを入り口として紫色の刃がギュイン!と伸びた。
七姉妹の刃――初めから人型ではないそれらは対象を殺傷するため刃のみに特化し、けれども『彼女達』の声は五月蝿いほどにあたりに響き渡る。

『きゃっはははッ!あたし頭もーらい!いっちばーん!』 『じゃああたしは下もっらいー!戦人さまより太っといのブチ込んであげるうぅぅぅぅきゃっはああぁぁぁぁぁぁぁーッ!!!』
『戦人さまは私のモノだったのにいいいぃぃぃ死ね死ね死ねこの寝取りおんぬぅぅうああぁぁぁぁぁーっ!!!』 『その勝ち誇った高慢な顔、我等が刃により苦痛に歪めてやろうッッッ!!!』

おそらくそれはヱリカを恐怖させるための声色。 七つの恨みと七つの感情がそれぞれ悪意のこもった刃となって地上にいるヱリカに舞い降りるように襲い掛かっていく。
煉獄の七姉妹は魔女の世界では上級家具にあたる。 もしこれが他の魔女であるならば、すぐさま彼女達への防御態勢に入っていたことだろう。 だが……。

「………………」

ヱリカはまったく構えなかった。 手を前にかざすこともなければ、足を揺らすことすらしない。
それどころか自分を死に至らしめるほどの危機が迫っていることを理解していないようにただ呆然とその場に立ち尽くし、迫り来る刃達を瞳に捉え続けているだけ……。


だからこそ、それは必然だった。


ブジュッッッ!!!グジュッグジュッ!!!グジュブジュッジュブグッジュウゥウウゥゥゥゥゥゥ!!!

耳を塞ぎたくなるほどのグロテスクな刺音と共に、まず一つ、ヱリカの眉間に紫の花が咲き誇った。 それだけで死に至る、致命的な死花が。 
そしてそれによって後ろにのけぞるヱリカへと更にふたつ、両胸めがけて鋭利なる刃が突き刺さる。 女性としての大事な乳房に見るも無残な大穴が空いていた。
おまけに真下からは膣に突き入れるように卑猥な一刺し――さきほど戦人の肉が刺さるのとは段違いの乱暴な杭。
そして最後にはほぼ同時に両脚、お腹へと計三本もの刃が生肉を潰すような音と共に突き刺さっていた。

まるでダンスを踊らされるよう上下左右に揺らされるヱリカの身体。 それは文字通り七姉妹による輪姦パーティだった。
そして突き刺さった七本のうち二本は致命傷であり――彼女が生きている道理が一瞬にして失われていた。


ブッシュウウゥウウゥウゥウゥウウウゥゥゥゥゥゥゥウッッッッ!!!


途端、ヱリカの身体じゅうから様々な液体が飛沫となって飛び散る。 シャワーのように噴き出る赤い液体が、薔薇庭園の地面を更に濃い朱色に染めていった。
血液、膣液、脳漿――身体から排出されてはイケナイエキタイが各部位から止め処なく噴き出し続け、それらが突き刺さった七姉妹の身体に潤沢に塗りたくられていく……。

『きゃっはははははッ!あっけなぁい、もう終わりぃ?』 『確実に急所を捉えた……終わりだな』 『あーんこの子の膣の中あったかぁい、アスモいっちゃいそぉう……♪』
『そっちはどーおルシ姉ぇ~、まさか孕んだりしてないよねぇ?』 『えーやだやだやだ!戦人さまとの赤ちゃんいちゃやだぁー!!!』
『ん……な、何か白いものでヌルヌルしている。 よく見えないが、おそらく何もいない……と思う』 
『きゃっはははははッ!!!中に誰もいませんよぉってやつぅぅぅ???ざっまーッ!!!』

ひさびさの獲物の内なる体温に七姉妹は各々不謹慎であり不道徳――けれども子供のように無邪気な笑い声をあげながら歓喜乱舞していく。
相手が魔女の血と臓物であれば尚のこと彼女達にとっては大好物。 差し出された高級料理に舌鼓をうつかの如く歓声がうねりをあげていき、それがまたヱリカの身体から噴き出す体液の量を加速させていった。

「………………ッッッ……!」

口元から泡のように血を吐き出しながら、ヱリカの身体が地面にドシャリと崩れ落ちる。
血まみれでありながらピクピクと痙攣しているその身体は、赤字の復唱が無くとも確実な死を確認できるものだった。
そしてそれとほぼ同時に上空にいたベアトリーチェも、彼女のやや後方へと着地していく。

その光景は至極当たり前で当然の結果。 何もせず立ち尽くしたヱリカは身体中を刃で蹂躙され、魔法を放ったベアトリーチェはもちろん無傷。
誰もが勝敗は決したと思うのが当然だろう……ニンゲン同士の戦いならば。

「………………………」

ベアトは憎むべきヱリカが目の前で肉塊に変わったというのに特に喜んだ様子も見せず、『それ』をさきほど初めて挨拶を交わした時のような油断ない瞳で見つめていく。

「ほう…………妾の魔法を物ともせぬか。 生り立てとはいえさすがは真実の魔女、といったところか? くっくっく 」

目の前で横たわるヱリカの身体――死体を見ながら、ベアトリーチェはそんな場違いをことをつぶやいた。
いまだドロリドロリと排出されている血液や贓物が血溜まりにまでなってしまっているこの死体を見て、なぜ彼女はそんなセリフを吐くのだろうか……。
それはベアトが次の瞬間、たった一度まばたきをすることで説明されていく。

「…………………さすがもなにも……」

ヱリカの声が響く。 死体からではなく、正常な状態の彼女の声がベアトの耳へと聞こえていた。
そして次の瞬間、ベアトの見ている光景が数十秒前の状態へと巻き戻っていた。 それはもしかしたら夢か幻だったのだろうかと見間違えるほどに。

「私にはただあなたが煉獄と叫び、何かを投げる仕草をしたようにしか見えませんでしたけど。 ……何か飛ばされたんですか?」

ベアトがほんの一瞬――たった一度だけまばたきをしたという意味で目を離した瞬間、そこには七姉妹に身体を蹂躙される前のヱリカが当然のようにそこに存在していた。
彼女はまるでベアトと会話をしていただけとばかりに当たり前に立っている。
もちろん身体には致命傷どころか深手すら負ってはおらず、ただ唯一さきほど戦人に巻かれた脚の包帯だけが彼女の身体に残された傷跡であることを示していた。

「…………ほぉ。 なるほど、これは愉快愉快、おもしろいッ!くっひゃひゃひゃひゃッ!!!」

……理由はわからない。 だが自らの魔法がまるでヱリカに効かなかったというのに、ベアトは驚くどころか狂気に満ちた笑い声をあげていた。
それはベアトをよく知る者なら特におかしなことではない。 彼女は本来の性格は残酷残忍なのだ。
どのみち一度殺したくらいではこの恨みは晴れはしない。 ならば過去に自分がゲーム盤の中で何度もしたように、ヱリカを殺して殺してふたたび殺しぬいていく無限の楽しみが増えたことにベアトは狂喜したのだ。
彼女の狂ったような笑い声だけが、二人だけの薔薇庭園に無限に響いていく……。

「くひひひひひひくっくっくっくあははははははハハハハハッッッ!!!!!!」

「…………お楽しみのところ申し訳ありませんけど、用が済んだならお帰り下さいませんか。 ここは我が右代宮家の私有地ですので……」

ベアトの狂ったような歓喜に反して、ヱリカは至極不機嫌そうにつぶやく。 その表情はベアトの魔法を無効化した割には余裕がなさそうに見えた。
ベアトがどう自分への恨みを募らせようとかまわないが、最終的には夫である戦人を取り戻すことが目的なのは間違いない。
ならばこの女を長くこの島に留まらせておくことはヱリカにとってとても不都合――へたをすれば戦人の記憶に歪みを生じさせる危険性がある……。

盾はあるが、矛がない。
さきほどのとおり自らの身を守ることはなんとか問題ないのだが、目の前にいるベアトをどう追い出すかにはさすがのヱリカも思案せざるを得なかった。 
――そしてだからこそ背後に迫るもう一人の気配と、ベアトのわざとらしい狂笑が『罠』であることに彼女は気づきさえもしなかった。

「へ~そうなの、私有地。 ならちょっと土足で上がらせてもらうけどいいかしら、お嬢ちゃん?」

二人だけのはずの薔薇庭園にいないはずの三人目の声色が響く。 ヱリカはそれにゾクリとした何ともいえない悪寒を感じ取る。
すぐさま声が聞こえてきた背後を振り返った――その瞬間、彼女の左側の視界が一瞬で掻き消された。

………ズグリッ。

それは音だけ聞けばなんて地味な反響音。 さきほどの七姉妹の残酷残忍な音に比べれば天と地ほどの差もある殺傷音であったが、どうやら効果はさきほどに勝るとも劣らないらしかった。
ヱリカの左目。 普段戦人を見ることに使われているその愛くるしい眼球がポッカリと口を空けていた。

「遅いぞガァプ、何をしていた。 ……少々肝を冷やしたぞ?」

「しょうがないでしょ。 あんたのこと先に行かせたんだから、ちょっと入るのに手間取っちゃったの。 ……でも、怪我の功名ってやつね」

さきほどとは別人ともいえるほど冷静な表情のベアトにニコリと笑顔を返すと、ガァプはそのまま突き刺した自身の足先を180度曲げるようにして『中』を掻き混ぜていく。
グチュリ…と嫌な音がヱリカ自身の耳にも届くと、それに合わせるように鈍い痛みが彼女の左顔面を襲う。

「ぐっ……うぅぅぅ……ッ!」

あきらかにさきほどの七姉妹に突き刺されたときとは異なる感覚――それはまさに激痛だった。
目の前でヱリカの表情が苦悶のそれに変わるのを確認すると、ガァプは思惑通りとばかりにニヤリと口元を曲げていく。

「 入った。 完璧に不意打ちで捉えたわ。 姉妹ちゃん達の魔法は効かなかったみたいだけど、この真っ赤なヒールは現実よお嬢ちゃん? ………29800円ッッッ!!!」

ガァプはしてやったりの顔で足先を一気に引き抜いていく。
ズゾリ…!と嫌な音がヱリカの左目から響いていくと、中身の白い眼球がガァプの真っ赤なヒールの踵にアクセントとして追加されていた。
それをガァプはタップを踏むようにしてトン!と地面に叩き付けていくと、チュプリと小気味良い音をさせて白いプリンが地面に飛散となって飛び散る。
…………ヱリカの視界が半分に失われていた。

「……悪いわねお嬢ちゃん。 これからはお気に入りの推理小説、片目で見てちょうだい。 案外そのほうが見えるかもね? …………真実」

「…………………」

ガァプのセリフを何らかの嫌味として受け取りながら、ヱリカは彼女の足元で飛び散っている自らの眼球の残骸を見つめていく。
………………いくら待とうと左の視界は回復しなかった。
それは今この瞬間では致命的なダメージ――ヱリカは特に慌てた表情は見せなかったが、その左顔面に襲い来る激痛にはさすがに手を添えていきざるを得ない。

「……知りませんでした。 ヒールの踵って、すごく痛いんですね。 今度から気をつけることにします」

「ええ、気をつけてね? 気がついたらもう一つの目も無くなってました……なんてこともあるかもしれないし、ね」

ガァプはふたたび嫌味を込めた瞳でヱリカを見つつささやいていく。
それは隙があればもう一度その足先を遠慮なくブチ込み、完璧にヱリカの視界を奪うことを狙っていることを示す文字通りの脅迫だった。
もっともそれはすでに一度不意打ちを叩き込んでしまった今となっては非常に難しいことだが……。

事実この時のヱリカはすでに目の前の二人ではなく、三人目、あるいは四人目の襲撃者に対する警戒にその意識を向け始めていた。
もう二度と背後、または視界外からの不意の攻撃はご勘弁願いたい――彼女の身体の至るところがそれを表すよう警戒を強めているのを、あの威厳ある魔女は見逃さなかった。

「ふむ…………やはり意識の外からの攻撃にはやや鈍るのか。 ……お師匠様の言ったとおりだったなぁ、さすが年の功!」

「……そんなこと言ったらあの子怒るわよ。 リーアったら年のこと言うとマジギレするんだから」

リーア――ガァプから口にされた単語にヱリカはピクンと反応していく。
たしかワルギリアとかいったか。 ベアトリーチェの先代であるらしい彼女のことは、ヱリカも戦人との婚姻式で一度目にしているからよく憶えている。
なんでも今目の前にいるベアトリーチェの魔力を遥かに凌ぐ大魔女だと、むかし我が主からも聞かされた気がする。 ……ただの老いぼれ魔女よとも罵っていたが。

どちらにせよ今のヱリカにとってはその存在は脅威でしかない。
左の視界を奪われおまけに脚までロクに動かない――更にそんな大魔女まで応援に駆けつけようものなら……。

「ときに古戸ヱリカ。 そなたさきほどからまったくと言っていいほど動かぬが…………何か 事情 でもあるのか?」

ヱリカの思考を読むかのように、無慈悲なるベアトリーチェの声が響き渡る。
その口元はくっくっくっと嘲笑を浮かべていて、質問の答えなどすでに得ていると見て取れるものだった。

そう、ベアトは元より彼女と対面した時から気づいていた。 ヱリカの膝に真っ赤に染まった包帯が巻かれていることを。
そして今満身創痍の彼女を追い詰める好機と判断し、初めてそれを口にしていったのだ。 そしてそれに隣に居るガァプも合わせるように言葉を重ねていく。

「あーあれでしょ? おおかた戦人に付けられた傷でしょう、それ。 好きな男の傷は治したくないなんて、けっこう可愛いとこあるじゃない。 あんたも乱暴な男にキュンキュンきちゃうタイプ?」

「……一緒にしないでください。 これはただそのへんで『転んだ』だけです。 このあたり、転がった石が多いので」

「くっくっく……素直ではないな古戸ヱリカ。 なるほど、だからこそ真っ直ぐ正直バカの戦人に惚れたか? その乙女心はわからんでもないがな……」

「…………知った風なこと言わないで」

ベアトの戦人に関する言葉――それにヱリカは初めて丁寧語を崩す。
まるで自分より戦人のことを理解しているような発言に聞こえたからだ。 自分のことはどういわれようと構わないが、彼のことに関して自分より上だというふうに聞こえる発言は許せなかった。

もはや足が動かないなど言ってられない。 ヱリカは手元に死神の鎌を召還していくと、目の前の『昔の女』を切り刻まずにはいられない衝動に駆られていた。


「ほう、ようやくやる気になったか? そう、その目だ。 妾はそなたのその生の感情が見たかったんだよ古戸ヱリカぁぁぁ???」

「生の感情っていうか、この子元々はこんな冷静な子じゃないわよ。 戦人とのゲームでは結構はっちゃけてたもの……そうよね、お嬢ちゃん?」

ベアトの、そしてガァプの言葉が自分の中に染み渡っていく。 ああ、たしかに自分は昔そうだった気がする。
戦人との一年間の夫婦生活ですっかり落ち着いてしまったが、元々はこの赤い悪魔の言うとおり、落ち着いてる風を装ったかなり騒がしい人間だったのを今でも鮮明に憶えていた。

「……だからなんだっていうんですか? 私はもう戦人さんと婚姻した身ですので、落ち着かなきゃいけないんです。 それが何か?」

主にベアトに向けた嫌味を込めた言葉を吐く。 自分の顔が人を見下したような、昔の顔つきに戻っているのを自覚していた。

「ああそうそう、ちょうどそんな感じだわ。 あいかわらずむっかつくそんな顔、してたわよあんた。 ……なんだ、変わってないじゃない」

「それはどうも。 ついでだから言わせてもらいますけど、お二人とも嫉妬はやめてくださいね。 戦人さんはすでに私のものですので」

「……ふん。 たしかに文字通り、私の物であろうな。 そなたはゲームの賞品として戦人を掴んだわけだ。 その人生ごとな」

「ええ、それがなにか? この右代……古戸ヱリカは男なんて信用していませんので。 毎日彼に赤字で確認しているほどです」

「………………ほう。 何をだ?」

「浮気をしていませんか? とです。 もっともこの島には女性なんて私以外存在しないわけですけど……ねッッッ!!!」

ヱリカは地面を踏みしめる――次の瞬間、彼女の身体は前へと大きく飛び上がっていた。
膝がズキリと痛む、おそらくもう一度同じことをしろと言われればできないだろう。 けれども今のヱリカにはそんなことはどうでもよかった。
視界は半分しかない。 けれど片方の魔女の方さえ捉えられていればいいわけだから、問題なかった。

「来るか……」

自分が標的とわかると、ベアトは手を前へとかざしヱリカへ構えていく。 それが何か魔法を発動させるものであるのは誰の目にもあきらかだったが、それでもヱリカは止まらない。
飛距離が足らなかったのか僅かにベアトに届かない。 しかしもう一度怪我した方の足で地面を踏みしめると、膝からブシュウゥゥッ!と血を噴き出させながら今度は確実な飛距離を稼ぐ。

「ほう……速いな。 その執念、見事だ」

ベアトは一瞬にしてグンッ!と間合いを詰められる。 そしてヱリカはその細い首に容赦なく死神の鎌を突き付けた。

「グッド……死ねッッッ!ベアトリーチェッッッ!!!」

ようやくこの女の血が見れる。 ヱリカはその肌に当てた刃をおもいきり横に切り裂こう……とした。

けれどもそれはできなかった。
手元が――いや、身体が鉛のように重くなり、ピクリとも動かせなくなっていたのだ。

「迂闊すぎよ、お嬢ちゃん。 この状況で突っ込んでくるなんて……それほどあいつのことを言うリーチェが許せなかった?」

ガァプの声が半分になった視界外から聞こえてくる。 それにヱリカは、ああ、そりゃこうなりますよね…と少し冷静になった頭で事態を受け止めていた。

ヱリカの身体は黒い水溜りに埋もれていた。 手元だけでなく、身体のほぼ全体――顔以外のほぼ全ての部位が別の空間へ飛ばされていたのだ。
特に痛みは感じなかった。 それだけならガァプの空間転移は移動させるだけだからだ。
けれどもベアトのことを切り裂こうとした腕がこの場所に無いのだから、物理的に彼女の首を切り裂くことができないのは同意だった。

「……すまぬな古戸ヱリカ、また一芝居打たせてもらった。 この件に関しては妾は詫びる。 そなたの戦人への想いを……利用した」

ベアトの穏やかな声が聞こえる。 どうやら謝罪を受けているようだが、今のヱリカにはそれはおぼろげにしか聞こえなかった。

――口元にハンカチが押し当てられていた。

背後からされているので誰がそうしているのかはわからない。 けれども頭だけを黒穴から出されている彼女にとって、その柔らかい布を拒む力すら残されてはいなかった。

徐々に意識が薄れていく。 ああ、これクロロホルムか何かですね、はい推理終了です…とつぶやきたかったが、今の彼女にはそれすら無理だった。
コックリコックリと自分の頭が揺すられていくのを感じていくと、ヱリカはそのままゆっくりと目を閉じていった……。






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