「はぁ、はぁ、はぁ……!」

ガランとした人気のない廊下を、ライオンの着ぐるみを着た少年が駆けている。
――いや、正確には彼は元々本当にライオンのぬいぐるみそのものであったのだが、とある原初の魔女の力によりニンゲンの少年の姿にされた過去を持っていた。

「うりゅー!だ、誰か助けて! 真里亞助けてぇぇぇぇぇぇうりゅぅぅぅぅぅ!!!」

いまだハァハァと荒い息遣いをさせながら、さくたろうは短い息継ぎの合間にようやくその言葉だけを振り絞る。
彼が口にしたその名こそ、さきほど彼に命を吹き込んだという原初の魔女の名だった。
ぬいぐるみ時代からの友人でもあり、それでいて彼にとっては恋人よりも深い心で結ばれている少女――真里亞だ。

「ど、どうして……なんであの人たち、ぼ、僕のこと……?」

しかし――その深い絆で結ばれている真里亞はいま彼のそばには居なかった。
それどころかこの一見すると古びた洋館のような構造物には、きっと自分と『あいつら』しかいないのだろう。
さくたろうは混乱した思考の中で、その絶望の答えに行き着いていた。
まがりなりにも魔女のそばで生きてきた自分にはわかるのだ。 自分にはもう逃げ場など一切無いことに、とっくに気がついていたのだ。

しかし、それでも走るのを止められない。 逃げるのをやめられない。
それはぬいぐるみとしてではなく、生き物として生まれ変わらせられたゆえの本能だった。

「はぁはぁはぁ! も、もうダメ、息が……うぅぅぅ」

しかしいくら動物の王者であるライオンを模した彼とはいえ、もはや力いっぱい走りすぎ体力の限界らしい。
段々と自分の足のスピードが落ちていくのをつぶさに感じながら、その小さな身体をヨロヨロと横の壁にへばりつかせていった。
しかしそれに比べ、背後から迫りくる追跡者達の気配、速度はまるで変わらないのだからさくたろうにとってはたまらない。
あいつら特有のキュインキュインという巻き込み音を廊下に響かせながら、彼を常に一定の距離に置きながら迫ってくるのだ。

「う、うりゅ-、どうしてこんなことに? もしかしてさっき真里亞を連れて行ったのも、これが狙いだったんじゃ……」

もはや走れない、歩けもしないほど疲弊しながら、さくたろうはほんの数十分前の出来事を頭に巡らせていた。
ニンゲンは死ぬ前に走馬灯が頭を横切るというが、もしさくたろうがそれを体験することがあれば、きっとそれは真里亞との記憶。
今の地獄のような恐怖とはちがう、とてもとても幸せな時間を思い出していった……。


―――――――――――――――――――

「うー、ベアトリーチェが呼んでる? それって、真里亞と遊びたいってこと?」

子供らしいきょとんとした顔をしながら、床に女の子座りをしている真里亞が呟く。
彼女の手元にある画用紙には隣の友人と一緒に描いていたであろう、ベアトリーチェの似顔絵が描かれており、今自身が呟いた魔女の名を心から尊敬していることがその場の誰の目からも見て取れた。
またその似顔絵の周りには色とりどりのジュース、お菓子がバラ散かれており、そこには真里亞の大好きなさくたろうも座ってくれていた。

さきほど家に電話があった。
今日も彼女の母親は帰りが遅いらしく、それを聞いた真里亞は怒られる心配がないことをいいことに、この自分の部屋を幻想の世界へと作り変えたらしい。
その証拠に部屋の中にあるベッドや机、テレビなどは間違いなく現実の部屋と同じ姿をしているのだが、真里亞の目の前にいるその少女は、あきらかに現実離れしたいでたちで彼女の問いに答えた。

「そのとおりであります。 偉大なる原初の魔女、真里亞卿と優雅なお茶会を共にしたいと、我らがベアトリーチェ様よりのお達しであります」

特徴的な隻眼に真っ白な軍服を着込んだ少女――シエスタ00(ダブルオー)。
殺戮兵器として優秀なシエスタ姉妹の中でリーダー格である彼女が、背後に二人の姉妹を引き連れながら、床に座っているさくたろうと真里亞に敬礼する。
魔女の家具である彼女達が、この部屋にいる――それこそがまさに今この部屋が幻想の世界に彩られている何よりの証拠であった。

「うー、でも真里亞まだ魔女じゃないよ? まだまだ小さなものしか生み出せない、魔女っこ見習い……」

「そんなことはございません。 ベアトリーチェ様はとてもご勤勉な御方です。自身が1000年を生きる無限の魔女でありながらも、真里亞卿の幼い創造の魔法を是非学びたいと仰っているのです」

「真里亞の魔法……。 真里亞みたいな未熟な魔女の魔法をベアトリーチェがまなびたい?お勉強したいって言ってくれてるの?」

「はい。そのために我らシエスタ姉妹――その中でも特に選ばれた45、410、そして私00の三名、恐れ多くも大真里亞卿をベアトリーチェ様の元へと導く案内役を任されているものであります……」

舌が噛みそうなセリフを苦もなくスラスラと言い終えると、00――そして背後の45、410が無駄のない動作で真里亞へうやうやしくもお辞儀をする。
まるでどこかの高名な洋館で執事訓練でも受けたような完璧な仕草で――それはベアトリーチェが真里亞のことをどれだけ尊敬しているかがうかがい知れるものであった。

「うーうー!行くー! 真里亞、ベアトリーチェとのお茶会行くー!連れてって連れてって!」

敬愛するベアトリーチェ。
その彼女にお茶会を呼ばれただけでも光栄だというのに、おまけにここまで尊大な案内役を三人もよこされたとあっては、彼女もはやる気持ちを抑えられない。 ぴょんぴょんとその場を跳ねて嬉しがる。
そんな可愛らしい真里亞の仕草を見て、00は彼女には珍しくクスリと口元に笑みを浮かべた。

「かしこまりました。 我々シエスタ姉妹も大真里亞卿をご案内できる任務を遂行でき光栄であります。 それでは……」

「さくたろ、さくたろ! ベアトリーチェが会いたいって! 真里亞と一緒にお茶会パーティーパーティー、さくたろも一緒に行こう行こー!」

「うりゅー! よかったね、よかったね真里亞!ベアトリーチェとお茶会お茶会♪ 一緒に行こう行こううりゅー♪」

『………む………』

ぴょんぴょんと飛び跳ねながらさくたろうに声をかける真里亞を見て、さきほどの笑みを浮かべていた00の表情が――わずかに曇った。
すると次の瞬間、背後にいる410が何かを構えるかのような動作をしたのを00は見逃さなかった。
00はすぐさま自分の背中にスっと手を向けると、背後の410に姉妹だけに聞こえる音域でそれを制す。

『やめろ……まだ早い』

00のその指示を受け、410は構えを解く。 いくぶん、不服そうに。
だがその緊張感のようなものは抜く気はないようで、410はにひひと微笑みながら自身の『本当の命令』を遂行したくてウズウズしているようだった。
急ぎすぎるその相棒の態度に、隣に居た45もたまらず慌てふためく。

『さ、先走りすぎであります、410! まだ真里亞卿がおられます……』

『真里亞卿がいたって関係ないにぇ。 むしろいる前でおもいきり ブ チ や っ て やりたいのににぇ、にひひひひ♪』

その可愛らしい声とは裏腹に、410が邪悪な笑みを浮かべながら――つぶやいた。
そのピンク色のクチビルをたずさえた口元からはヌラリと蛇のような舌が覗き、今すぐにでも目の前の美味な獲物にかぶりつきたい衝動を抑えきれないようだった。
それを見た45はまたもΣ(゜Д゜;≡;゜д゜) 。
そして00はいまだ色欲を隠すことができない部下に、己の指導が足らないなと表情を引き締めていくのだった。

「うー……どうしたの00? ママみたいな怖いお顔……」

その急激に緊張した00の表情に、目の前ではしゃいでいた真里亞といえど一抹の不安を感じとらずにはいられなかったようだ。
何事かあったのかと、真里亞は00の顔を無垢な瞳で見つめていく。
その瞬間、00はふたたび執行者の仮面を被ると、任務遂行の障害を取り除く言葉を重ねていく。

「……とても申し上げにくいのですが、真里亞卿。 ベアトリーチェ様はお二人で――つまり他の第三者が入らない、二人きりでの面会を希望されております」

「うー、ふたりきり? 真里亞とベアトリーチェの二人きり……」

「そうであります。 今は形骸されつつありますが、魔女のお茶会は本来はもっとも高貴なもの。 そこには例え魔女の家具や眷属だろうと、出席を許されていないものなのであります。 我々姉妹も真里亞卿を送り届けたのち、その場を離れるようご命令されております」

「うー……じゃあさくたろ、来れない? 一緒に、ダメ? どうしてもダメ?」

「……申し訳ありません」

言葉通り心底申し訳無さそうに目線を落としながら、00が深く深く顔をうつむける。
彼女がここまで暗い表情など、そうは浮かべない。
それが真里亞にとっては冗談や嘘の類ではなく、本当にベアトリーチェが二人きりのお茶会を希望しているのだと、そう思えた。

「うーうー、さくたろ、ダメ、一緒じゃないと。 うー……」

普段の真里亞ならば大切な友達であるさくたろうがダメなどと言われれば、その場でうーうーとかんしゃくを起こしていたかもしれない。
しかし00の神妙な顔つきを見て――何よりも自分も魔女見習いとして、魔女のルールというものに敏感な真里亞はそれを無下にはできない何かを感じ取ったようだった。

そしてそれは同時にすぐそばで話を聞いていたさくたろうにも伝わる。
申し訳無さそうな顔をする真里亞と00をに比べ、彼は二人に向けて少しだけ大人な対応を見せる余裕があったようだ。

「わかりました00さん。 僕はここで待ってます。 真里亞のこと、よろしくお願いします」

「……はい、おまかせください。 真里亞卿は我々シエスタ姉妹が責任を持ってベアトリーチェ様の元に送り届けます」

「うーうーダメー。 さくたろ一緒。 真里亞、さくたろと一緒がいい」

「ダメだよ真里亞、わがまま言っちゃ。 一人だけで行っておいで? 僕はここで待ってるから」

「で、でもそうしたらさくたろ、一人になっちゃう。 さくたろ、一人で寂しい……」

「だいじょうぶ、平気だよ。 真里亞と僕は心が繋がってるから、離れててもぜんぜん平気平気。うりゅー♪

「さ、さくたろー……」

「そんな寂しそうな顔しないで、真里亞。 そのかわり帰ったらいっぱいいっぱい聞かせて?ベアトリーチェとのお話。 魔女の紅茶がどんなに香ばしかったか。 魔女のお茶菓子がどれだけ甘かったか、ね?」

「……………うー」

見た目の幼さとは対称的なさくたろのなだめる言葉に、真里亞が小さくうめき声をあげる。
それはいまだ納得できないといった感情を示すものではあったようだが、それでも彼女は彼女なりにそうするしかない、という理解を得たものには違いなかった。
真里亞はゴメンネ、と小さくさくたろうに謝ると、前に居る00の方に向き直り、連れてってという意思表示を示すよう、その天使のように可愛らしい手の平を前に向かって突き出した。

「……ご理解いただき真に感謝いたします、真里亞卿。 それではベアトリーチェ様の元へとお連れいたします」

00は最大限の礼を尽くしながら真里亞の手をうやうやしく取ると、ゆっくりと目を瞑り何やら呪文のような言葉を呟いていく。
それは彼女達シエスタ姉妹が持つ転移呪文の一種で、真里亞とさくたろうには理解できるはずもなかったが――それをいいことに、00は410と45に最後の指示を命じる。

『任務障害、オールクリア。 45、410、オープンファイア』

『りょ、了解であります!』

『りょうかぁい。 にひひひひぃぃぃ♪』

紫、赤、青――様々な色学模様の魔方陣が、00と真里亞の身体を包み込んでいく。
すると二人の存在など元々その場には無かったかのように、徐々に薄く、見えなくなっていく。
シエスタ姉妹の転移術はそれすら魔女の送迎用に作られているのか、真里亞は自身の身体を包み込むその光を心地よく感じながら、愛するさくたろうに『バイバイ』と手を振っていくのだった……。



ギュイイィィィィィンッ!!!

「…………へ?」

バイバイと手を振っていく真里亞を悲しませないよう、さくたろうは最後まで彼女への笑顔を絶やさなかった。
なのでその音の正体が彼の身体を切り裂いたとき、それはまるでそうなることを彼自身喜んでいるかのような――そんな滑稽な光景に見えた。

「あれ? え、えっと……な、なんで?」

ハラリ…とさくたろうの胸元から何か黄色い布切れが零れ落ちる。
いや正確にはそれは零れ落ちたというのは誤りで、ポロリと剥がれ落ちたといったほうが正しいか。
それはさくたろうの決して高くない身長の首元から胸元――そして足の先までまっすぐと。 包丁で縦に切れ込みを入れたように、彼の身体を覆っている黄色い服がまるでリンゴの皮でも剥いたようにツルンと剥がれ落ちたのだ。
けれどもそれは身体そのものには傷一つ付いていない。 見事な『切り裂かれ方』だった。

「う、うりゅー! なんで服が破けて……ま、真里亞に着せてもらった大事なお洋服が!」

突然の出来事にさくたろうは困惑する。
この時にはまだ彼は自分が切り裂かれたという事実には気づかず、ただパラリパラリと床に落ちていく服の残骸を拾いあげようとするだけ。
本来ならばなぜ破けたのか?という疑問が先に湧き上がるのが普通なのだろうが、さくたろうにとってこの服は真里亞との大事な絆でもある。
破けた理由、自分に危害が向けられている可能性――それらよりも破けた布を拾い上げる行動が優先したのである。

そうしてさくたろうが床に手を向けようとした、次の瞬間、またあの耳を抉るような機械音が鳴り響いた。

キュイイイイィィィィン! ビリイィィィィッ!!!

「う、うりゅー!」

今度はさきほどよりも軽い切裂音――すでに最初の一撃で目的が達せられたのが計り取れるものだった。
けれどそれでもぬいぐるみの布切れ程度を切り裂くのには充分な威力のようで、さくたろうはその時になってようやく自分の服を細切れにした音の正体に気づく。

「……!? 今のって、ま、まさか……」

それはまるで蛇のように襲いくる、黄金の楔――。
さくたろうもよく知っているシエスタ姉妹の黄金の殺戮兵器が、彼の服を切り裂いていたのだ……。

『おっと、あぶないあぶない。 動くことも計算に入れないとにぇ。 にひ♪』

『す、すでに計算済みであります。 危険部位確認。 距離誤差修正。 410にデータリンク……』

「あ、あの……な、なんでこんなこと?」

もっともな質問をしながら、さくたろうは目の前に立っているシエスタ45、410の顔をポカンと見つめてしまう。
本来ならば彼はこの時、すぐにでも逃げ出す行動を取るべきだったのだろう。
けれど目の前の見た目にも可愛らしい耳をピョコンと生やしたウサギ達が、まさか自分にそんなことをするはずないと、危機感の足らない質問を向けてしまうのだ。

「シ、シエスタさん? うりゅ、な、なんで僕の服、破いたんですか……?」

『ん~と……なかなか殺さずに、ってのも難しいにぇ。 多少はしょうがない?』

『き、傷は絶対に付けたらダメと言われてます! よく狙って、410』

さくたろうの質問が聞こえてるのかいないのか、シエスタ410と45はふたたび弓を構えるような動作をしつつそんなやりとりを交わしていく。
彼女達二人の重なった手のひらにふたたび黄金の蛇が光り輝きながら集束していくと、それはあきらかに目の前のさくたろうを狙っていた……。

『対象外殻、損傷率70%。 このまま裸にひん剝くにぇ。 にひ』

『あ……そ、そういえば順序がちがいます410、まず捕まえてから脱がせないと! そ、それにこの場所では予定とちがいます!』

『そんなのまどろっこしいにぇ。 どうせ ブ チ 犯 る んだから、ここでヤっちゃっても一緒だにぇ。 にひ、追撃狙撃準備♪』

姉妹の手元がしっかりとした狙いを正面へ定めたとき、ようやくさくたろうは理解する――自分が狙われているという事実に。
しかし、それは黄金の矢の照準が自分を捉えたからではない。
45、410のまるで今晩のおかずか何かでも見るような――その無機質な瞳が無言でそれを物語っていたのだ。
彼女達にとって自分は会話する意味もない、ただの獲物でしかなかったことに彼はようやく気が付いたのだった……。

「う……うりゅうううううううぅぅぅぅぅぅっ!?」


――――――――――――――


そこからはもう、さくたろうにとってはほとんど記憶に無い出来事だった。

わけもわからない恐怖に駆られた彼はすぐさま真里亞の部屋を飛び出し、ただがむしゃらにシエスタ姉妹から逃げ回る。
だがすでに獲物を逃がさない魔法結界は完成しているのか、さくたろうは自分がどこをどう逃げ回っているかもわからぬままただただ走り続けるしかない。
どこか古びた洋館のような建物内ではあったようなのだが、背後から迫り来る黄金蛇にばかり気がいってそれを理解している暇すらあたえられないのだ。

そうして何度と無くさくたろうの身体は姉妹によって引き裂かれ、いつのまにか彼は頭のフードだけを残したまま裸同然の格好で逃げ回っていた……。

「ま、真里亞……うりゅー、真里亞、真里亞ああああぁぁぁぁぁっ!!!」

助けてくれる。 何度も何度も叫べばきっと彼女が助けに来てくれる。
だがさくたろうの中でそんな儚い妄想が潰えそうになったほどの時間が経ったとき、ついに彼は『それ』を見つけた。

「…………あ」

おもわず壁によろけた拍子に、コツリと手元に何かがぶつかった。

――――ドアノブだ。

いままで不自然なほどにただ洋館の通路のようなものが続いていたのに、そこには本当に当たり前にドアノブが突き出しており――さくたろうに入りなさいとでもいうように救いの手を差し伸べていたのだ。

「こ、これって……まさか」

彼はおもわず生唾を飲み込みながら前を見上げると、そこにはしっかりと重厚な扉がそびえ立っていた。
壁にドアノブだけが付いてました――なんて嫌な想像が一瞬頭をよぎっただけに、そこにドアがあるという当たり前の光景だけでさくたろうは飛び上がるほどに嬉しくなってしまった。
しかもそのドアのネームプレートを見ると、ご丁寧にも彼を更に喜ばせる文字が描いてあったのだ。

【Dear Sakutarou】

親愛なるさくたろうへ――そのドアにはそう記してあった。

あいにくfor ~という追記はなかったのだが、心身共に追い詰められていたさくたろうは都合よくもそのドアをこう解釈していく。

「……真里亞だ。 真里亞が僕の危険を察して用意してくれたんだ! やったーうりゅー!」

どこにそんな体力が残っていたのか――彼はその場をピョンピョンと跳ね回ると、何の疑いも無しに目の前のドアノブに手をかけていった。
さんざん喜ばせておいてカギがかかってましたというイジワルも無く、それはあっけなくギギィと軽快な音を響かせると彼を部屋の中へと誘っていく。
中はごくごく普通の洋館の一室のようで、古めかしい暖炉やそれなりのお茶を嗜めそうなテーブル、
簡素なベッドなどが備え付けられているのが見えた。
特に何も怪しいものは無い。 いたって普通の部屋だ。 ……不気味すぎるほどに。

「…………? と、とにかく入っちゃおう! ありがとう、ありがとう真里亞、うりゅー♪」

一番最初に扉を見た時から感じた違和感を無理やり黙殺し、さくたろうはその部屋へ逃げ込むように入りこんでいった。

疑う必要なんて無い。
だってこれは真里亞が用意してくれたお部屋。 愛する『さくたろう』へと書かれていたのだから。

バタン! ……カチャリ。

「はぁはぁ、ふぅ……」

部屋の扉を閉めすぐに内鍵をかける。 念のため備え付けられたチェーンもしっかりとかけると、さくたろうはようやく――本当にようやく一息をつく。
思えばずっと走り通しだった。 魔法で生み出された家具とはいえ、よくここまで小さな身体の自分がシエスタ姉妹相手にここまで逃げ切れたものだ。

言ってみれば、それはまさに『奇跡』。 あの奇跡の魔女が微笑んでくれたとしか思えないほどの幸運だ。

「もっとも、真里亞がここを用意してくれたおかげだけどね。 うりゅー♪」

ようやく上がっていた息が回復してくるのを感じると、さくたろうは部屋に備え付けられていたベッドにゆっくりと腰を掛けていった。
最初部屋の中を見たときはあまり質の良さそうなベッドには見えなかったが、なかなかどうして。
何も身に着けていないお尻を乗せると、それはポヨンと見た目とは違う柔らかい感触を返してきた。
敷いてあるシーツもさきほど洗ったばかりのように真っ白でふわふわで、まるでさきほどまでお日様の光を浴びていたかのように良いにおいがした。

「すごくふかふかしてる。 お日様みたいにポカポカしてるし、このまま寝ちゃえそう……」

身体の疲れも合いまって、このまま横になれば本当に眠りにつけそうだった。
さすがにこの状況下で寝てしまうのは平和ボケもいいところだろうが、さくたろうはだんだんと自分の置かれているが安全へと近づいていくのを感じた。

もう大丈夫、あとはこの部屋で真里亞が帰ってくるのを待っていればいいのだ。
ベアトリーチェとのお茶会が終わるまで、この部屋のこの心地よいベッドで待機していればいいのだから……。

「……真里亞が帰ってきたら、ここで一緒にお昼寝したいなぁ。 二人でポカポカしたらとってもきもちいいだろうな、うりゅー♪」

『ボク達がいつも使っているベッドだからね。 45が毎日あたふたお洗濯してるからこその、このフカフカにぇ。 にひ』

『よ、410がいつもサボるからです! お洗濯当番の割り振りに抗議をするものであります……』

「あはは♪ 僕も真里亞のベッドシーツ毎日お洗濯してるからよくわかる、あれって大変だよー。 ……ふぇ?」

あまりに自然に――それでいてありきたりな日常的な会話で入ってこられたものだから、その独り言を口にしたさくたろう自身も疑問を挟む余地なくそうあいずちを返してしまう。

「え。 え、え……?」

『『こんばんはさくたろうちゃん。 ようこそ、シエスタの子宮へ』』





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