ジュダの評価試験の為に実験棟に来た、丁度体育館くらいの広さで地上三階建て、全六室からなる専用棟だ。僕達は渡り廊下を渡った先、二階にある入り口のホワイトボードに書き込まれた予定を確認する。
「ええと・・・あった、第一実験室か。無駄に広いとこ選んだな所長」
「第一実験室はそんなに広いのですか?」
「うん、この建物の一階全部がそうだから広いよ。他に予定入ってないみたいだし、特別実験室以外なら何処でも良かったのかな」
きっとそうだ、「どうせ全部空いてるんだ、だったら一番広い所で何が悪い」とか言うのだろう。いや間違いない。
「第一実験室って事は実戦させる気なんだな・・・無茶してくれるよ」
「実戦・・・と言いますとリアルバトルなんですか?」
「多分ね。不安かい?いきなりリアルだなんて」
一般のバトルシュミレータではまだ戦えないが研究所のシュミレータには武装が完成した時点でデータのアップロードを行ってるから問題はないのだが第一実験室にはシュミレータは無い。
「いえ、大丈夫です。まだ装備に慣れていないのが不安と言えば不安ですが・・・」
「それはしょうがないよね、まぁ所長も分かってる筈だからいきなり本気って事は無いと思うよ。さて、行こうか」
「はい、頑張ります!」
「遅い、三十分は待ったぞ馬鹿二号」
「それはあれですね、古典的なボケですね。僕に三十分早く来た君が悪いとか言わせたいんですね」
「いや、普通に遅いと思った」
何言ってるんだこの人は、唯我独尊もいい加減にして欲しい。椅子にふんぞり返るその姿はまさにエンプレス。黙って清潔にしていれば美人な所長は”立てば芍薬座れば牡丹、喋れば最後、悪鬼羅刹”とか言われたりしている。
「はいはい、すみませんでした。それで、今日のテストの内容は」
「とりあえず普通のテストメニューをこなして貰う、最後に実戦テストして終わりだな」
「はい、じゃあいつものコースメニューですね」
「そうだ、直ぐに始めろ」
「了解」
コンソールエリアに移動してシステムを起動する。この実験室には対戦装置”ホログラムストラクチャー投影システム”が設置されている、これは戦闘エリアにホログラムを展開して人間、神姫共に視覚にストラクチャーを見せると共に神姫の陽電子頭脳に実際の構造物としてホログラムを認識させる。ぶつかった時や山脈を構築した際等の足場にするために神姫周囲のみ地面からフレキシブルに稼動する30センチ四方のを展開して実際に接触できる面を構築するシステムだ。如何せん価格と維持費が高いのだがいちいち実物の構造物を作成するより長い目で見た場合の費用は安かったりするために導入された。今回はまだ使わないのでシステムを起動させておく、それから政弘の研究室に回線を繋げてチャットソフトを起動する。直ぐに政弘もログインしたのでテスト開始を告げてテストメニューから一番プリセットを選択、システムが自動で準備を開始する。ネイキッドが各々に武器や盾を持って展開、準備は完了した。
「2037年6月6日11時38分、第七実験室、次世代複合武装開発計画アーキタイプ一号機の実働評価試験を開始する。ジュダ始めるよ、全武装アクティブ」
「イエスマスター、全武装アクティブ」
「射撃試験を開始する。ヴルガータをセレクト、シングルで目標に全弾発射」
1メートル程先にターゲットがバーチャルで投影される。ジュダがヒップホルスターからマシンハンドガンを引き抜いて初弾を装填、セレクターをシングルにして即座に連射。次々と弾丸がターゲットに吸い込まれて行く。全弾撃ち尽くした所でスライドを戻してマガジンを交換、ホルスターに収める。
「全弾射撃終了」
センサーが捕らえた弾道データが表示される。全弾命中、ほぼ中央に纏まっている。集弾率は良好。素体からのレポートと比較検証した所ジュダの火器管制システムも良い結果を弾き出していた。所長のPDAにもこのデータは転送されている筈だ。
「続いてフルオートで射撃」
先程と同様にホルスターから引き抜いてセレクターをフルオートに、フォアグリップを展開して握ると数秒で全弾発射してしまう。如何にロングマガジンと言えど口径が大きいから装弾数が38発しかしかないので一瞬で終わってしまう。
「全弾射撃終了」
「次、グレゴリオをセレクト、通常出力で3連射」
腰脇の装甲がそのままアームに支えられて前方に展開する、幾つかの装甲が展開してライフルの形になる高出力の反物質粒子砲だ。陽電子を粒子加速器で射出するオーソドックスな粒子砲だ。装置の小型化がやたらと大変だった上に反物質粒子砲の特性としてエネルギーの拡散対策や地磁気の補正にやたらと時間がかかったし長くて大きい上に重くて取り回しが悪くて射程も短いがそのぶん威力は折り紙付。勿論政弘のリクエストだ。
ライフルを保持すると前面に展開したセンサーエリアにすぐさま三連射。壁面に届く頃には減衰してしまい装甲板には影響が無くなっていた。
「射撃終了」
データを確認すると1メートル強で既に打撃を与えられる能力が無くなっているのだが神姫サイズなら十分だろう。それに二射目からは周囲がプラズマしているために若干ではあるが射程も延びている。
「続いて最大出力で射撃」
粒子加速器が唸りを上げて稼動する。数秒のチャージの後に射撃、今回は一発で終わらせる。流石に連射できる出力ではない、それに銃身と加速器の加熱も結構なものだ。
「射撃終了」
分析されたデータを見ると射程距離は4メートル程まで伸びている、やはり終点の装甲板には影響が出ていない、減衰率に関してはこれ以上どうしようもないので結果としては十分だ。通常の荷電粒子砲ならもう少しまともな結果が出るのだが。
「射撃試験終了。続いて・・・」
その後1時間ほどで格闘試験、機動試験を終えて基本テストメニューを終わらせた。特に問題は無く終わった。懸念されていた聖痕装備による格闘性能の低下は見られなかった、対策に剛性の高い新型アクチュエータを使ったのは正解だったな。
「所長、テスト終了です。この後はどうしますか」
「三十分のインターバルの後に模擬戦するぞ」
「模擬戦ですか、ネイキッドの装備はどうします?」
「あんなの相手に量れるような新作はいらん、ユーノワが相手だ」
「ユーノワ!?ちょっ・・・無理ですよ、そんないきなり!」
ユーノワは所長の所有する神姫だ、テストヘッドとして使用するために汎用性が高いハウリンタイプだる。なんとも従順な良い子なのだが所長を絶対者と崇めてるから所長に楯突いたりすると凄く怖くなる。本人の希望でランキングバトルに参加しているのだがこれまた器用にどんな装備でも使いこなすので所長の戦略性も相まってファーストクラスでも中堅に居座っている。
「手加減くらいしてやる。装備もメインは使わない、私は指示しない。十分だろう」
「いやしかし・・・」
「一号機にはお前が指示して構わん。それにこれだけのハンデで勝てないような無能を一体何処の企業が買うと言うんだ?」
言い返せなかった、如何にファーストランカーと言えどこれだけのハンデがついてしまえば実力を発揮する所じゃない。だがユーノワは防御に優れた神姫であるのだ、ハウリンタイプの特性でもあるそれは所長と第一研究室の連中の手によって機動力を上げつつ防御力も増している、更に言えば戦闘経験の蓄積も桁違いだしユーノアの素体自体もカスタムされていて性能が高い、センスも悪く無いので下手なファーストランカーではユーノアに触れる事自体できない。そんなのに勝てだなんて起動してまもないジュダには不可能に近い。
「言っておくがこの結果次第で一号機の行く末を決めるぞ。ユーノワが弱いと言ったら破棄する、いいな」
「・・・っ!」
ジュダが強張る。破棄の可能性をこうして現実に突き付けられると流石に辛いのだろう。
「所長!」
「反論は認めん、私はユーノアの準備をしてくるから一号機の準備をしろ。いいか、反論は認めんからな」
「・・・はい」
「あの、マスター・・・」
「・・・」
「マスター?」
「・・・ん、あぁごめんごめん。何?」
「いえ、そろそろ準備の方をして頂かないと」
「そうだね」
と言っても彼女は最初からフル装備なので特に準備する事は無いのだが。バッテリー残量は充分、使ったマガジンはもう彼女がリロードし直した、本体や武装にダメージは出ていないしライフルの異常が無いのは試験の時点で確認が済んでいる。
「対策を立てよう、ユーノアは強い」
「了解です。ユーノアとはそんなに強いのですか」
「うん、相当に強い。手加減は確かにしてくれるのだろうが並の起動直後の神姫では先ず瞬殺だよ」
「瞬殺って・・・」
「そうだよ、ファーストランカーでさえユーノアに触れられる神姫は多くないし。何より所長が強いんだ、今回は所長の指示無しだけどそれでも厳しいね」
「そんな・・・勝ち目は無いんですか?」
「僕達の勝ち目があるとすればそれは情報だ。所長は君のスペックを知っているが完全ではない、それにもしかしたらユーノワは君のスペックを知らないかもしれない。そして僕はユーノワの性能を知っている。この差は小さいが確かな差だ」
「ユーノワの手札は防御能力と万能性。万能なのはジュダもそうなんだがユーノワには敵わないと思う、君は遠距離攻撃があまり得意じゃないし。対してユーノワは狙撃も格闘も一級品、若干格闘が得意かな」
「では射撃戦をした方が宜しいのですか?」
「それは・・・判らないな。ユーノワの二つ名は”All in one”なんだ。その名が示すのはあらゆる距離、武器、戦法をハイレベルにこなす、と言う事。つまり一概にどの戦法を取れば良いとは言えないんだよ、戦闘が始まらない事には、ね」
「では対策の立てようが無いじゃないですか」
「いや、ある。ユーノワの傾向からは対策が立てられないが君からならできる。さて、君は近中距離戦が得意だね、その場合君ならどう戦う?」
「ええと・・・接近出来ないように逃げながら超遠距離からの狙撃をするか、近距離中距離どちらか相手より得意な間合いから逃がさずに戦う・・・ですか?」
「そうだね、それがベターな選択肢だろう。どちらを選択したとしても対策はできる、勿論リスクは伴うのだけれども」
「それは・・・一体」
「聖痕、スティグマシステムだ」
「準備は良いか、模擬戦を始めるぞ」
「はい、何時でもどうぞ」
所長が準備を終えて戻ってきた、五分程遅れてきたのだが流石に突っ込めない。
「一号機はユーノワとは初対面なのだったな、一応挨拶しておけ」
「ユーノワです。ジュダさん、宜しくお願いしますね」
「ジュダです、お手柔らかにお願いします」
お互いに挨拶を交わして握手、気合は充分な様子だ。ユーノワはプラズマ飛行ユニットに遠距離装備と太刀を一振り装備している、アウトレンジ攻撃を主軸に近接戦対策もしていると言った所だろう。
「2時31分、模擬戦の記録を開始します。ジュダ、ユーノワはエリア内へ。ジャッジAI、模擬戦モードで起動、条件設定・・・完了しました」
「せいぜい頑張りな、一号機。捨てられたく無かったら、な」
「・・・」
「始めろ」
「了解。」
『バトルフィールドセレクト、市街地01』
ホログラムストラクチャー投影システムがエリア内に小さな市街地を生成する。バーチャルバトルに使われるゴーストタウンなんかとは違った密集度の低い町並み。
『ジュダvsユーノワ、テストバトルセット。Get Ready...』
息を呑むジュダに対してユーノワは余裕がある、これもまた経験の差だ。
『Fight!!』
「行きます」
ソードメイスを片方だけ引き抜いたジュダがエネルギーフィールドの斥力を利用して一気に跳躍、ユーノワに肉薄し先制の一撃を加えようとする。
「温いですね」
腕部にジョイントした太刀を抜かずに構えて受け流される、姿勢を崩したジュダに回し蹴りを叩き込む。
「っあ!!」
「大丈夫かジュダ!」
「・・・っ、はい」
相当な距離を吹き飛ばされたが斥力場が衝撃を軽減したようで損傷は軽微、しかし確実にダメージは入っている。起き上がりユーノワを探すと上空でライフルを構えている。
「寝ていた方が楽ですよ、すぐに済みますから」
すぐさま射撃が始まるがジュダはまだ完全に立ち上がっておらずに直撃を受けてしまう。如何に模擬戦用の弱装弾とは言え実包なので直撃すればただでは済まないのは自明の理だ。
「終わりですか?」
着弾煙でジュダの姿が見えないからかユーノワは射撃を止めて警戒している。でも僕等のジュダがこの程度で終わる筈が無い、その証拠に着弾煙が晴れるとそこにジュダの姿は無かった。
「チッ、何処に行った」
すぐさま高度を取り周囲を警戒するユーノワ。しかし見つからない、ジュダはユーノワの死角でグレゴリオをチャージしている。
「何処だ・・・」
「ここですよ」
言うが早いかグレゴリオを放つ、限界まで加速された陽電子が減衰を物ともせずに空気を焼きながら切り裂く。しかし直前に気付いたユーノワは即座に回避する、だが装甲にかすったようで大きく離脱する。ジュダがもう一挺のグレゴリオを展開し連射するが一発も当たらない。
「ジャッジAI、ダメージ判定は?」
『ユーノワのアタックにダメージ認定。ジュダのアタックはノーカウント、ダメージ認定できません』
「チッ!」
「マスター、大丈夫です。私はまだやれます」
ビームライフルを回避してしまうようでは射撃攻撃でのダメージは期待できない。そうなると近接戦しか無いのだが相手は空中、格闘戦は不可能だ。
「あああぁっ!!」
「ジュダ!」
上空のユーノアが高速移動しつつ弾幕を張る、時折撃ち込まれるリニアライフルの弾丸がフィールドの弱い部分を貫き着弾する。如何にフィールドがあるとは言え電磁力により加速された弾丸は止めきれずに威力が落ちるのみ。恐らくユーノワは背部のフィールドが弱い事を見切っているのだろう、だんだん本体に着弾する間隔が縮まって来ている。
「くそっ・・・ジュダ!一時離脱だ、時間を稼げ!」
「イエスマスター!」
「逃げる?その程度なの、残念」
遮蔽物を利用して距離を取ろうとするがうまくいかない、ユーノアは巧みな射撃で細い路地から屋内まで弾丸を撃ち込んでくる。このまま逃げていては勝ち目が無いのは明らか、しかし時間を稼がない事にはアレは使えない。
「いてっ」
唐突に横からPDAが飛んでくる、見ると所長がご立腹な様子。ていうかPDAは投げる物じゃないよ・・・これが高いのは所長だって知らない訳じゃあるまいに。
「おい、逃げてたら戦いになんないだろうが馬鹿」
あぁ、そうか。所長にはあのラグタイムの事を教えてないんだっけ。
「所長、すぐにジュダの実力を見せますよ」
ジュダはまだ適切なポイントを見付けかねていた、それどころかだんだんとフィールドの端に追いやられつつある。追い詰められてしまえばお終い、逃げ場は無くなるだろうし第一ユーノアがその好機を逃す筈が無い。正直焦り始めている、僕もだがジュダも。しかしここでジュダが苦し紛れに放った弾丸が思わずにユーノアを掠める、バランスを崩してジュダが射線から消えた。ジュダはこの機を逃さずにすぐさま路地へ身を躍らせる。
「これなら!ジュダ、スティグマシステム起動!」
「イエスマスター、スティグマシステム起動。CSC活性化」
低い唸りを上げてジュダの両手の聖痕が淡く光る、装着されたCSCに電力が供給され始めた。復帰したユーノアが路地の入り口に差し掛かろうとしている、今撃たれたら直撃は間違い無い。ユーノアはジュダを発見、銃口を向ける。だがその刹那、聖痕が目覚めた。
「スティグマシステム、モードアクティブで起動。戦闘を再開します」
躊躇いの無い最速の一撃、ユーノアが射撃を開始する。だがもうそこにジュダは居ない。一足飛びに路地を抜け出しユーノアの足元に陣取るとグレゴリオを斉射、寸での所で気付いたユーノアが回避するが直ぐに追撃をかける。この一瞬の攻守逆転・・・ジュダの変貌に流石のユーノアも驚き対応が遅れている。ジュダはその機会を利用して次々と正確無比なビームを浴びせ続ける、だが流石に相手はファーストランカー、すぐさま混乱を脱して急速離脱をかける。ビームが無力化する距離を瞬時に見抜き射程から離脱したのだ。
「マスター、現状の機動性能ではユーノワに接近する事が不可能です。現在までに収集したデータから推測するにフライトユニットを使用する以外に方法は無いと思われます。現在のバッテリー残量では第三形態での交戦は致命打を与える確立がコンマ以下ですので第二形態の使用許可発行を推奨」
「第二形態って・・・意味解って言ってるのか!?」
ユーノワの放つライフル弾をせわしなく回避しながら第二形態の使用許可を要請してくる、だが僕は迷っていた。第二形態とはつまり装備されているユニット全てを起動するモードだ、そしてその中には短時間ではあるが飛行を可能とするユニットが搭載されている。それ自体に問題は無いのだが第二形態に問題がある、発熱量が放熱量を上回るのだ。通常三つのCSCを五つ稼動させると言うことは単純に計算してCSCの発熱量が1.7倍になると言う事だ、三つぶんの発熱量は全て素体が放熱するのだが残る二つのCSCの発熱量を逃す事ができず蓄熱されてしまうのだ。つまり過度の使用はCSCの融解を招いてしまう。そして更にただでさえ短い稼働時間が更に短くなってしまうのだ、第一形態はそのCSCの発熱を追加ユニットを用いて発熱しつつ発電しているので若干ではあるが稼働時間が延びているのだが蓄電している訳ではない。ここで戸惑っていては不味いのは解るのだが、第二形態以上の使用は危ういのも確かだ。
「肯定。しかし他に勝つ可能性は皆無に等しいです、仮に第二形態を用いてもバッテリー残量からの交戦時間予測以内での勝率は四割を下回ります。私が勝利するには他に手段がありません、許可を」
「でも・・・」
『でもじゃないだろ』
ボイスチャットで政弘が割り込む、忘れてたがこいつもずっと観測していたのだった。
「だけど万が一溶解したら・・・」
『でもよ?そうしねーと勝てないってジュダが言ってんだろ?だったら今壊れるかもってのと負けた後壊されるの、どっちが良いかくらいお前にだって分かってんだろ』
それもそうなのだが・・・安全に勝つのはもう不可能なのだろうか。
「腰部に被弾。損傷は軽微ですがグレゴリオ一機破損、発射不能につき破棄」
僕が考えてる間にも戦闘は進んでいた、状況は変わらず遠距離からの攻撃で一方的にダメージを受け続けている。
『まずいんじゃねーの?いい加減腹ァ括りな』
「・・・わかった。ジュダ!モードオーバーロード起動を承認!」
「イエスマスター。CSCフルドライブ、アーマー展開」
二度目は見逃さずにユーノワは射撃を加えるが今度は隙ではない。エンジンをかけるのとギアを上げるのでは時間が違うのは明白、高速で前進したジュダには当たらない。
「フライトユニット起動完了、戦闘再開」
「なっ・・・!」
ジュダが一足飛びに路地を駆け抜けたかと思えばふわりと浮き上がる、そのまま高速で接近すると一蹴、辛うじて防御したユーノワだが速度の乗った蹴りは防ぎきれずに落下を始める。すかさずジュダがロングメイスを抜くと連結し、長大な槍のようなメイスにして追うように加速し貫こうとする。だがユーノワは体勢を立て直すと逆に地面に向けて加速するとマシンガンを抜き乱射する。
「・・・」
ジュダは体を捻りつつ全弾回避、そのまま加速してメイスを突き立てようとするが何時の間にかユーノワが抜刀していたブレードでそれを止める、と同時に脇に受け流し一気に上昇する。ジュダは一瞬体勢を崩すが推力に物を言わせて反転するとヴルガータで反撃をかける。
「チィっ!スラスターが・・・!」
ユーノワの肩に弾丸が命中した、運悪くスラスターに命中し爆散してしまう。テスト用中の装備群なのだが・・・良かったのだろうか、きっと文句言われるんだろうなぁ。
「くっ・・・舐めるなぁ!!」
瞬時にスラスターをパージしたお陰で腕部へのダメージは軽微に済んだようだ、だがスラスターが一基脱落したのは事実、推力が減少しただけではなく制御も難しくなるはずだ。事実速度が落ちている、これでは距離を取るのもままならない。今はマニューバで回避しているが距離も詰まりつつある、すぐに近距離戦の間合いに入ってしまうだろう。だがそこはファーストランカー、そう上手くはいかない。
「ヴルガータ、残弾数0。破棄します」
最初に牽制やらでばら撒いてしまったので弾が尽きてしまった。ヴァーチャルの様にサイドボードが使えないので予備弾丸は携行分だけなので補給ができない、そうなればただのデッドウェイトだ。これでこちらの実弾兵器は無し、そうなると残るのはビームライフル1基とメイスのみだ。対して相手はまだ充分に火器を保有している、状況は有利とは言えない。
「ジュダ、時間が無い!インファイトで一気に仕留めろ!」
「イエスマスター」
ユーノワもアウトレンジの方が有利と見たか距離を取りつつ時折銃撃を加えてくる、だがそれでも距離は縮まってきている。正確に狙われていない弾丸を回避するのは容易だが回避せざるを得ない精度が問題だ、回避するという事は減速してしまうという事だからだ。
「これじゃ・・・ジュダ、進行方向以外のフィールド出力をカット、全部前面に回して突破だ!」
「イエスマスター、フィールド出力変更」
進行方向・・・頭頂部以外のフィールドを切って出力を全てそこに回す、これで二倍近い防御効果が生まれる、芯を捕らえられない限りは弾丸を全て無視できる筈だ。
「クッ!小癪な・・・!」
数発でフィールドを見抜いたユーノワが全速で後退しながら精密射撃を始める、正確無比ではあるが聖痕を起動させたジュダにしてみればその方が回避が楽なくらいだ。減速したユーノワに一気に接近する。
「甘いっ!」
ユーノワは反転し制動をかけつつ一斉射でこれに対抗する。しかしジュダは何故か一気に高度を上げる、これで倍近い距離差ができてしまった。
「何を・・・っ!?」
「そうか!逆光!」
丁度光源とユーノワとの間に潜り込み一時的に視界を奪うことに成功する。ユーノワは即座に離脱しつつ立ち直るが時既に遅し、パワーダイブをかけたジュダに体当たりを喰らい失速すると何時の間にか分割されていたソードメイスの先端の割れた部分で手を捉えられてしまう。そのまま加速をつけられて落下していく二機。
「くっ!離せ!離せぇっ!!」
「それはできません」
刹那、地面に激突する。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ユーノワはメイスで地表に縫い付けられて動けないがそれ以前に落下の衝撃で暫く動けそうにない。
「うぅ・・・」
「終わりです、敗北宣言を」
グレゴリオの先端がユーノワの胸に突き付けられていた、これで決まりだ。
「・・・ジャッジ、ギブアップ」
『ユーノワのギブアップコールを受諾。Winner、ジュダ!』
「お疲れ様、ジュダ。凄かったじゃないか」
「はい・・・でも聖痕を使ってからは私じゃないみたいで、不思議な感覚でした」
スティグマシステム起動中は確かに感情が無くなる。処理情報が爆発的に増えるために陽電子頭脳に掛かる不可を軽減するために感情をカットしているのだ、そうしなければパソコンで言う所のハングやフリーズが起きてしまう。しかし処理能力の増加は多大なメリットを産む、それには換えられない。
「それには我慢してもらうしかないかな・・・そうそう使える能力じゃないから」
「はい、わかっています。あの、マスター・・・ユーノワさんは・・・」
「あぁ、ユーノワは・・・大丈夫そうだね、ほら」
丁度向こうのブースでユーノワが装備を解除している所だ、結構な数のパーツが破損してるようだが殆どが外装だから問題無いだろう。それであの武装が試作品で無ければ僕的にも問題無かったんだけど・・・請求はまさか回って来ないだろうけど報告書あたりが回ってきそうで怖いな。
「おう馬鹿二号。なかなかの試合だったな、褒めてやろう」
「所長・・・ユーノワほっといて良いんですか?」
「構わん、自分の世話も出来んようなヤワな奴じゃない」
破損してるだろうに・・・本当に良いのだろうか。とか何とか思ってたらユーノワが屋内用の飛行ユニットを装備してこっちに飛んで来てる、タフだな。
「ほらみろ、大丈夫じゃないか」
「美和、どうしたのです?」
「お前には関係の無いことだ、気にするな」
なんか酷いな、所長。ユーノワは気にしていない様子だが、慣れてるのだろうか・・・それはそれで嫌だ。
「さて、今回の演習の結果を踏まえて一号機の今後についてだが・・・馬鹿二号、私のPDAを返せ」
投げておいて何を言うかこの人は、文句の一つも言えない僕も僕なのだが。
「第七研究室は次世代複合武装開発計画を続行、試作一号機は現状のままだ」
「それって・・・オーナー変更とか無しで、今のマスターのままで、破棄されたりもしないって事・・・ですよね?」
「他にどう取れるんだ?それに、お前等予想以上に仲が良いみたいだし、他のオーナーとかあり得ないだろ?」
「「どういう意味ですか!!」」
「そういうところが、だ」
「「・・・」」
嬉しいような、恥ずかしいような・・・複雑だ。ジュダも似たような表情をしている。所長はずっとニヤニヤしてるし、ユーノワも忍び笑いしてる。あぁ、なんか悔しい。
「良かったですね、ジュダ。楽しい試合でした、ありがとうございます」
「楽しかった・・・んですかね。とにかく、お疲れ様でした」
さっきまであんなに激しく戦っていた二人が笑い合ってるっていうのはやはり不思議な光景だ。しかしこの二人、何故か似ている気がすると思っていたが普段は物凄く堅物な所がそう思わせるのだろうか、戦闘が始まればかたや無感情、かたや激情と正反対なのだが。
「おい、馬鹿二号」
「何ですか、所長」
「今日中にレポートまとめて持って来い、そしたら帰っていい」
「模擬戦のですか?了解です」
そんなの一時間とちょっとあれば終わる、所長も何だかんだ言って優しいのかな。
「それと一号機がぶっ壊した装備の始末書な」
「なっ・・・なんで僕が!?」
やっぱりだよ、ほら・・・所長が優しいだなんて一瞬でも思った僕が馬鹿だった。この人に限ってそれはない、絶対にありえない。 「あの、マスター・・・私も手伝うので、頑張りましょう?」
「そうだね、今日は早く帰りたいし頑張るかぁ・・・」
これで暫くは安泰だ、何にせよ僕等の半年が無駄にならずに済んで良かったよ。それじゃあ早速次の仕事にかかりますか。
「俺様ってば絶賛放置中?すっごく寂しいよ?」