暖かい場所、ふわふわ
「起きて」
此処は何処だろう、わからない
「起きてよ」
声が聞こえる、みえない
「お願い、起きてくれ」
散らばった思考が集まらない、ゆらゆら
「失敗・・・か?」
失敗したの?何に?
失敗は悲しい事、私は知っている
でも何が失敗したんだろう、この声の主は悲しんでいるのだろうか
「はぁ・・・またやり直し、か」
悲しいんだ、悲しいのは嫌だよね
急速に思考が収束する、自己を認識する
初期起動プログラム..........確認
初期起動プログラム...実行
エラーチェック...実行
ハードウェア..........完了
ソフトウェア..........完了
自動セットアッププログラム...実行
OS最適化開始..........完了
記憶領域フォーマット..........完了
プリセットプログラムテスト..........完了
擬似感情素子生成..........完了
擬似感情素子、主幹人格に統合..........完了
最終起動確認...開始
急速に私が出来上がっていく、私の知らない所で私が囁く
チェック項目消化中...39%
「うーん、何が間違ってたのかな・・・」
悲しまないで、私が慰めるから
チェック項目消化中...82%
もうすぐ、きっともうすぐ会える
チェック項目消化中...100%
テストシグナル送信..........レスポンス確認
ほら、光が見える、貴方が見える
今・・・
起動前補助記憶領域全削除..........完了
補助記憶領域開放..........完了
主記憶領域に統合..........完了
最終起動確認終了、起動します
「プログラムは僕の分野じゃないからな・・・今日は遅いから明日にでも、ん?」
考え事してて気づかなかったが彼女から駆動音が聞こえてきた。
「んー・・・やっぱソフトかなぁ?もう結構待ったし、今回も駄目なんだろうな」
彼女の電源を切ろうとクレイドルに手を伸ばしたその時、彼女の眼が開いた。
「お・・・来たか!やった!」
どうやら彼女は無事に起動したみたいだ、不安だらけだっただけあってこれは嬉しい。新型開発しようとかあいつに言われた時はどうしてやろうかと思ったけどこれで苦労が報われたってもんだ。
「あの・・・」
しかし長かった、非常に長かった。半年だ、半年かかった。アイデア出すところから始めるのはまぁしょうがないとして企画が纏まった時点で当てが無いし話も通ってないとか言われた時は流石に絶交してやろうかと思った。久々にあいつと殴り合いの喧嘩したんだよなぁ・・・うむ。
「あのー・・・」
そっからがまた大変だったんだよな。まず予算が無いとか、どんだけ馬鹿なんだろうかと思ったよ僕は。なんとか予算組んで提出してから作り始めたら1ヶ月で尽きたんだよな、規格外パーツのせいで一から作ったようなもんだしね。追加予算申請して通ったのは何と言うか普段の行い悪いあいつにしては出来過ぎてる気がしたね、脅迫や不正したんじゃないかと問い詰めたなぁ・・・。
「あのー、聞いてますか?」
外装はある程度発注できたのが良かったね、もしそれも一からとか言われたら逃げるところだったよ。でも発注できない素体が辛かったんだわ、それこそ独自規格の結晶体みたいな素体だからなー。しかもOSも既存の使えないとか言い出すし、余計なことするから作業しながら監視するしかないし。大体なんだよ、神姫に変形合体機構用の制御プログラム組み込むとか聞いたこと無いよ、しかも素体用。変形できねぇだろって言ったらあいつ「やってみなきゃ分からんだろうが」とかほざくし、気違いかっての!無理だっつの!あいつの戯言に付き合って何日徹夜したか分からん、ホントあいつの脳みそは腐ってるよなぁ・・・はぁ。
「あの!聞いてください!」
「んぁ?」
今気づいた、彼女が完全起動してる。考え事すると止まらないのとそれを口に出すのは悪い癖だっていっつも言われてるのに。
「やっと気づいてくれましたか・・・一人でブツブツ言い出してちっとも話聞いてくれないんですから」
いきなりご機嫌ナナメですか、僕のせいだけど。
「あー・・・ごめんごめん」
反省反省、しかし怒った顔がまた可愛いとか言ったらこの場合親馬鹿になるのかな。
「もう・・・それより、貴方が私のマスターですか?」
一転、澄ました彼女が問う。そう、それは儀式。死が二人を別つまで、主従を誓う祝詞。
「そうだよ。ジュダ、それが君の名前だ」
僕が答える、これが契約。名前を与え、名前で縛る契約。
「イエスマスター、今日からよろしくお願いします」
これで完了、契約は成された。
「よろしくジュダ・・・それから」
僕はこの言葉に誓いを込める。産まれて来た彼女を祝うため、自身を労う為。予定は僕が狂わせちゃったけど一番最初に言おうと思ってた言葉、万感を込めて言う。
「おはよう。そしてハッピーバースデー、ジュダ」
きっと僕は笑顔で言えたと思う。
彼女の起動に成功した。無事に稼動してるのを確認してクレイドルとパソコンを接続、再度検査を行うのと同時に起動後の予想外エラーに備えて情報収集を行う。そして何よりこの事を伝えないといけない相手が居た。早速伝えようと携帯にダイヤル。
「あぁ、政弘、僕だよ。寝てたの?まだ十一時だってのにお子様かお前は」
『うっせ、俺は寝たい時に寝るんじゃ。それよりどうした、なんかあったのか?』
「あぁ・・・それが、システムエラーが・・・」
『はぁ、また徹夜ライフが始まんのかよ。わーった、ログ転送してくれ』
辛そうか感じ、もっとからかおうかと思ったけどやめとくか。
「いや。それがな、システムエラーが無かったんだ」
『は?ハードエラーは出ねぇって自信持って言ってたじゃねーかよ。じゃあナンだ?相性悪かったか?』
「気付けバカ、彼女は起動したよ。今ベッドで検査中」
『マジ?姫さん起きたのか!イィィィィヤッホゥ!!ははは!やったな!』
お互い相当苦労したんだしな、喜びもひとしおだろう。
「おう、まぁ色々あったけどこれで所長に顔向けできるな」
『んだんだ。早速明日会社に連れて来い、』
「了解・・・っと、検査が終了したみたいだ。少し待っててくれ」
『あいよー』
先ずパソコンで検査の結果をチェック・・・問題は無いようだ。
「ジュダ、挨拶して欲しい人が居る」
「イエスマスター、どなたですか?」
「君のソフトのほぼ全てを製作したプログラマだよ、僕の同僚で政弘と言う」
「私はハンドメイドだったのですか・・・了解しました、お願いします」
あいつ・・・彼女にプリセットしなかったのか、自覚することは大事だから余計な知識より先に必要なもんがあるだろと説教かましたのは無駄だったと見える。まぁ、その辺は追々再教育するとして、とりあえずは彼女に電話させよう。携帯の受話音量を最大して彼女の前に置く、これで僕にも聞こえる訳だ。
「さ、挨拶してやってくれ。彼も君が起動するのを心待ちにしていたんだから」
「はい・・・お電話変わりました、ジュダです」
『お、言語と発声は全然大丈夫だな。おっはよぅジュダ!』
先ずはシステムの稼動状況か、その辺はプログラマなんだな。
「おはようございます、政弘様」
『んむ。だが政弘様は止めてくれ』
「え・・・あの、ではなんとお呼びすれば宜しいですか」
『まさちーと愛を込めて呼んでくれ』
「お断りします、政弘様」
バカだこいつ、まぁでも彼女が笑ってるならそれも良いか。しかしまさちーとは・・・どんな趣味だよ。
『おい、お前姫さんにどんな教育してんだよ。俺はこんな娘に育てた覚えはねーぞー!』
「僕じゃないだろ、起動したばっかなんだしプログラムはお前の仕事だろ」
『マイガッ!じゃあ俺の所為か!ちっくしょー・・・こんな事なら俺の命令聞くようにしときゃ良かったぜ』
「あの、マスター・・・」
彼女が困った顔をしてこっちを見ている、気付くと携帯を取り上げてていた。
「あぁ、ごめんね。はいどうぞ」
「ありがとうございます。あの、政弘様」
『おう、なんじゃい』
「私はハンドメイドだと聞いたのですが、どのような経緯で作られることになったのですか?OSまで作るとなると素人仕事ではないのは私でも分かるのですが」
『あぁ、それな。会社の企画なんだがよ、まぁ俺の我侭通した感じでさ。所長に無理言ってさー、勤務時間外にやるから予算くださいってな』
「企画・・・ですか、それでは私は今後どうなるのですか」
不安そうに見つめてくる、実際僕にはどうなるか分からない。実働試験することになるのだろうがそれでもこのまま僕の所に来る確立は低いのではないだろうか、稼動データをフォーマットしてテスターに渡す事になるだろうその方が主観が抜けて客観的評価を貰えるからだ。下手したら数回の戦闘試験で破棄される可能性も否めない。企画であり、予算で作成した以上会社の意向には逆らえない。
『んー・・・正直分からん。ただお前は俺等の娘みたいなもんだからさ、悪いようには絶対にしない。約束するよ』
「ありがとうございます。でも無理はなさらないでください、その言葉だけで十分ですから」
「僕も誓うよ、絶対悪いようにはしない」
不安だろうな、どうなるか分からないってのは。しかも彼女は起動してからまだ三十分程度だ、産まれて直ぐに死ぬかもしれないと言われたようなものだからな。だからこそ彼女を活かしてやらねばならない、僕たちの半年を無駄にしない為に、それよりせっかく産まれて来た彼女の為にも。
『うんうん、いい話だなぁオイ。それじゃま、今日はこの辺にしようか。ゆっくり休んでくり』
「はい、失礼します」
彼女が電話から離れてクレイドルに寝そべる、もう不安そうな顔はしていない。僕は休眠するのを見届けてから携帯の受話音量を戻す。
「さて・・・と、彼女は眠ったよ」
『ん、そうか。取り急ぎ起動後の検査データ送っといてくれ、調べるからよ』
「いいのか?寝てたんだろうがよ」
今思い出したことだが。そう言えばOSの仕上げで三徹してたんだった、僕がさせたんだが。
『せっかく姫さんが起きたんだ、寝てられん。それに所長の前でエラー出させる訳にはいかん』
「そうか、無理すんなよ。僕はもう寝るが」
そう言いながら空いてる手でパソコンを操作して初動検査のレポートを転送する。仕事ではいつもあいつと一緒なので直通回線が繋がってる。
『クソが、死ね。まぁ起動に立ち会わなかった報いみたいなもんだろ。それに2時間は寝たし、明日の終業まではもつ・・・と思いたい』
「お前・・・あの亡者みたいな顔で所長の前出るのか?」
以前に三徹したあいつの顔を見たことがある、目の周りがクマを通り越して完璧に陥没していた、肌も土気色していて水気が無くてカサカサしていて、ただでさえ線の細いあいつが枯れ木に見えたっけ・・・まさにミイラ、リビングデッド。
『ヒデェ!でもそのほうが気迫があるっぽくて説得しやすいかもな』
「所長相手に通じるかどうか・・・怪しいな。しかし無事に起動して良かったよ」
『だなー・・・そういやお前何徹よ?』
「まだ二、なんかハイだから寝れるか怪しいけど」
我ながら物凄い時間感覚だ。まだ若いとは言え学生の頃より無茶な徹夜してるよな、僕。社会人ってのはもっと気楽なもんだと思ってた、月並みだけど学生に戻りたいよホント。
『その頃って開き直ってんのか知らないけど逆に冴えて来たりすんだよなー。うんうん、オニーサンには良く分かるよ』
「僕はお前ほど無茶しないぞ、最長でも三徹だ。・・・常識的にはおかしいんだろうけど」
『俺いくつだったかなぁ・・・七か?あ、でもあん時は確か途中でいっぺん居眠りしたからノーカンか?』
「正直どうでもいい、てかお前がそのうちハゲたりぽっくり逝かないかが心配だ」
『愛しい政弘様に死なれたくないのっ!ってか?ん、うし。データ確認した』
「愛しては無いが死なれると寝覚めが悪いからな、憑かれそうだし。んじゃおやすみ、早めに寝ろよ」
『あいおーん、おやすみとこんどりあ』
携帯を置く、一気に部屋が静まった感覚、散々遊んで騒いだ帰り道のような変な寂しさを感じる。毎回だ、仕事を終えるといつもそうなる、妙な感傷が僕を支配する。寂しさに耐えかねてベッドに寝転び彼女の製作中は吸わなかった煙草に火をつけた、数ヶ月ぶりに出番となった愛用のジッポからはすっかりオイルが飛んでいた。久々の煙草は眩暈を感じてすぐに灰皿に押しつぶす、こんな時ばかりはいつもの煙草が不味く感じてもう少し軽い煙草にしなかった自分を恨んでしまう。明日になればそんなこと微塵も思わないのだが、これも毎回だ、学習能力が無いな、僕は。そんな事を考えながら緩やかにまどろむ。ふと、彼女の事が気にかかりクレイドルに目を遣る。穏やか・・・と言うかむしろ無表情な寝顔。余りにも何も無いのでこのまま目覚めないのではないかと不安になってしまう、でも確かに彼女は起動した、生きている。感傷的な気分が抜けてないだけだ、それに彼女は経験地が足りない、起動してから一時間と経ってないのだ。
「おやすみ、ジュダ」
それだけ言ったら急速に眠りに落ちていった。