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EXECUTION-Another 07-『BackstageKnight』
最終更新:
hokari203X
―AM:08:33 March XX. 203X.
―Imperial Floor『Sweet』, Grand Hotel.
いよいよ、鳳凰カップも二日目である。
大会の優勝者が決まる日であり、ミラにとって『アルカナ』との決着をつける運命の日だった。
それでそのミラはと言うと……?
「おい、コラ! さっさと起きやがれ!!」
「……ミラは昨夜、何をやっていた?」
「何か小道具を作るって言ってた~……はぅぅ、ミラちゃんってば~起きてよ~!」
烈風達3体の神姫に、声を掛けられたりどつかれたりしててもまだ起きる気配の無いミラは、ノートパソコンに突っ伏して熟睡していた。省電力モードにしてある為、パソコンの電源は切れていた。
何とかミラを起こそうとする烈風と連山を尻目に、震電は何となく呟いた。
「……確かに昨日は大変だった。今度はミラがバッテリー切れだろう」
確かに、昨日では『アルカナ』に先手を打つ為、ドームに仕掛けられた爆弾を一気に22個の内の15個も解体した。それと、大紀との二度目のバトルと『アルカナ』の宣戦布告が就寝時間を遅くさせた原因でもあった。
ミラを蹴っ飛ばしていた烈風は遂に憤慨し、
「だぁぁぁぁぁっ! ミラの馬鹿野郎!! こうなりゃ急速充電器でも使うか!?」
「れっぷうぅ~ミラちゃんは電気で動いていないよ~?」
連山の正確にしてやや間の抜けた問いに烈風は、
「単純な話だぜ。コードを使って、後はどっかにコンセントがありゃ……」
「……分かった、分かったから、起きられたから止してくれ」
烈風の思い切り物騒な発言か大声か何かで、ミラはやっと目が覚めたようだった。
ANOTHER PHASE-07
『BackstageKnight』
先ずはモーニングサービスを頼み、ミラは朝食を取る事にした。
メニューは、パンにスープにサラダと割と質素なものだった。然し、朝には軽い食べ物の方が良いし、材料は厳選された素材を使用しているらしい。
優雅にパンにバターを塗るミラに烈風が訊ねた。
「ミラぁ、昨夜は何やってたんだよ?」
「……私も同意見だ。睡眠時間を惜しむ程の事をやっていたのか」
烈風の問いかけに震電も便乗した。特に震電は、睡眠を大事にするミラにしては、寝坊などあり得ない事だと思ったのだ。
それに対しミラは、
「そうだな…『アルカナ』との決戦に向けてちょっと、色々と小道具をな」
「決戦? おい、それってどう言うことだよ?」
益々疑問を深める烈風だったが、震電だけはなんとなく悟ったようだった。
「……コンピューターを遣わなければ戦えない相手なのか」
「そういう事だ。ほら、連山からも話してやってくれ」
と、烈風と震電の視線が一斉に連山に向き、連山はビクッとした。
「はぁうぅぅぅ~…ミラちゃんが~一番よく知ってるくせにぃ~」
ニコニコ笑顔のまま、連山はミラを恨めしそうに見つめるが、
「食事しながらの会話は、あまり行儀の良い事ではない。分からない事は、朝食の後でしてくれ」
そう言うと、困った様子の連山と彼女に訊ねかけてくる烈風を震電を尻目に、ミラは暢気にバターを塗ったロールパンを齧った。
―AM:09:02 March XX. 203X.
―Defence Headquarters.
決勝リーグが開催される二日目は、まだドームが開かれていないにも係わらず、初日よりも見物客で殺到していた。あまりの人込みで一度は迷いそうになったものの、関係者用のスペースまで抜ければ、あわただしく働く数名程度のスタッフくらいしか見かけない。
そして何とか警備隊本部に到着すると、奥の部屋の桜に会いに行った。
「おはよう、桜」
「おはよう御座います、ミラさん」
軽く挨拶すると、ミラは机の上にあったメモ用紙を指でとんとんと叩きつつ、ペンスタンドのボールペンを取って書き始める。昨晩にやった事を思い返し、桜は頷きながらポケットからペンを取り出した。
『アルカナの正体が判明。敵を知る為、先ず水無月様に知って頂きたい』
『分かりました』
それがどれ程の事か互いに十分理解している筈だが、桜は表情を崩さずあっさり頷いた為、逆にミラの方が面食らってしまった。
『アルカナとはネットワークを漂う元神姫のAIであり、人間ではない。そのような特異な存在ゆえか、昨日の電話は専用回線を通しているにも係わらず、回線ジャックをして割り込み堂々と犯行予告をしてきた』
あまりにも信じがたい事実を文字で示されて桜は暫く眼を瞑って考えていたが、すぐにペンを取る。
『相手が人間で無いとすると、これからどのように対応していけばいいでしょうか?』
『警備は現状維持が望ましい。問題なのは、アルカナは専用回線に容易に割り込んでこれる存在だと言う事だ。V.B.B.S.筐体のシステムに侵入する事など容易い事だろう。そこで、私がアルカナと対等に戦えるように出来る条件なのだが…』
『条件、ですか?』
ミラは軽く頷き、桜の書き込みの下に綴り始めた。
『昨晩取り付けた、V.B.B.S.筐体制御室への入室及び管理スタッフの権限だが、それはどうなっている?』
連山をクレイドルに寝かし付けた後、ミラはアルカナに備えて徹夜しながらいろいろと準備をしていた。昨日は多忙だったり色々とトラブルがあった為、連山を寝かしつけるまでにうっかり翌日の事を忘れていたのだった。
その一つが、V.B.B.S.筐体に自在にアクセス出来る権利だった。
『現場ではスタッフの増員に戸惑われたようですが、トラブルシューターと言う形で納得させました』
『それは重畳。無論、彼等にアルカナの存在の事は一切伝えていないな?』
『勿論です。トラブルの発生に関して気を引き締めさせた程度です』
『助かる』
スタッフの中にアルカナの部下が潜んでいる可能性は皆無ではない。厄介なのは、アルカナそのものではなくアルカナとの間者なのだ。
一旦、小さく溜息を吐き、ミラは再度ペンを取る。
『そちらの警備の状態は? 異常などは?』
『報告では、不審人物及び侵入者はありませんでした。ですが、警備員の中にアルカナの部下が潜んでいる可能性もありますから、完璧ではありません。彼等にも十分にボディチェックはさせてはいるのですが』
『仕方が無い、大会の開始前や休憩時間に私が点検して廻るしかないようだ。それと、警備員は二人一組にしてやって欲しい』
部屋の中は、カリカリとペンをなぞる音だけしか聞こえなかった。
原始的な手段だが筆談でのコミュニケーションなら、万が一、部屋に隠しカメラや盗聴器が仕掛けられていたとしても安心して連絡を取る事が出来る。欠点は、筆談に使ったメモの始末だが、どちらかが保管して適切な場所で処分すれば、ほぼ問題ない。
『警備員、了解しました。点検は一人で大丈夫ですか?』
『問題ない。私の神姫に手分けさせる。まぁ、要件はこのくらいだ』
『分かりました。話題を変えますが、社長からの用命により特別指示が下されましたので伝えておきます』
『分かった』
ミラは、あの、しっかりしようとしているのだろうがほえほえな社長に少し不安に思っていた。
然し、大企業を纏める社長なのだから、愚かな選択は下さないだろう。
『私の娘の香憐に、この事件の全容を伝えました』
ミラでも流石に、これは予想外な話だった。
『娘だと? それは一体どう言う意図だ?』
『私の娘は、まだ及ばずながら鳳条院家に仕える執事であり、若様と葉月様の教育係を務めさせて頂いております。また、娘の友人には若様の親友の昴様がおります』
その娘が鳳条院所縁の者だと知って、ミラは少し納得しつつ割り込むようにペンを滑らせる。
『教育係に友人か。ボディガードでもさせるのか』
『はい、主に監視及び護衛を任命させました。特に若様は大変正義感の強いお方でして、アルカナや爆弾の存在を知れば必ずや協力しようと躍起になられる事でしょう』
桜にしては珍しく、執筆速度がやけに速い。それだけ、その”若様”を期待しているのだろう。
ミラは苦笑いしながら軽い溜息を吐き、
『若様ね。だが、大事な跡取りとご令嬢とその友人に、そのような危険を冒す訳にはいかないか』
『仰る通りです』
『だが、隠し事をしても鳳条院家の者ならいずれは、と言うことか。それなら仕方がない』
その若様の顔こそ分からないが、ミラは少し関心を抱いた。
『社長からの特別指示の件はこれで以上です。それでは、V.B.B.S.筐体制御室の管理スタッフの証明証を渡しましょう』
『忝い』
桜は懐から一枚の名札を取り出して手渡したが、ミラは証明証を付けることなく懐に仕舞った。
そして、ペンを机の上に置くと踵を返して、
「それでは、行って来る」
「分かりました。お気をつけて」
昨日と同じように桜はメモを仕舞い、ミラを見送った。
鳳凰カップの裏の事情は、兼房と伊織と桜と香憐しか知らない。娘の香憐にも重要な役割を与えているとは言え、そうなると娘より更に若い少女に、鳳凰カップの全てを託しているのはどう言うことなのだろうか。
唯分かっているのは、今の桜に出来る事は、ミラと言う少女をサポートする事だけだ。きっと、否、必ずやアルカナの企みを阻止してくれる筈だ。
「……どうか、ご無事で」
既に此処を立ち去った少女の背中を思い浮かべ、桜はぽつりと呟いた。
―AM:09:07 March XX. 203X.
―Entrance Hall, 1F.
ドームの入り口に大勢の観客が詰め寄るのを傍目に、ミラはスタッフ用の通用口から入っていた。
「さてと…君達の出番だ」
ミラは烈風達3体をトランクから呼び出した。最初に勢いよく飛び上がってきたのは連山。次いで”フレスヴェルグ”に乗った震電で、最後に欠伸交じりで烈風が羽ばたいてきた。
「大会の開催まで後一時間だ。それまでに、ドームの地上部を隈なく探し、新たに時限爆弾が設置されたかどうか調べる」
とは言ったものの、残りの時限爆弾は試合中のV.B.B.S.筐体のフィールドに仕掛けられているものと推理している為、徒労に終わる可能性があった。それでも、万が一と言う事はある。
「烈風と震電は協力して、アリーナ全体を見渡すように。異常が無ければ他のフロアを当たってくれ。10時前になったら此処に集合だ」
「チェッ、コイツとかよ」
「……了解した」
震電は素直に応じ、烈風は大いに不満だった。それでも、渋々ながら震電が乗る”フレスヴェルグ”の後を追うように黒き翼をはためかせた。
「ミラちゃ~ん。連山はどうすればいいの~?」
残るは連山だけだった。
「私と一緒に手分けして、扉のある部屋や地下の方を調べに行こう。君はあの二人に匹敵する機動力は無いのだからな」
「ふみゅぅ~…そうだよねぇ~」
「納得してくれたところで、行こうか。開会まであと一時間しかないのだからな」
連山がミラの肩に腰を掛けると、すぐにミラはドーム内を駆けた。
―27 Minute Passed...
捜索を始め、大勢の神姫オーナーがドームに殺到する最中、震電から通信が来た。
だが、敵の正体を知っている為、ミラは通信ユニットを手に取って最初にこう言った。
「奴に傍受される可能性がある」
すると震電は、
『……分かっている。こちらは一切、異常はない』
簡潔な言葉だけで報告すると向こうから通信を切った。
(「暗号でも決めておくかな…」)
通信ユニットをトランクに仕舞いながら、ミラはそんな事を考えていた。
そこに、連山がミラの顔を覗きこんできた。
「ね~ね~何だったの?」
「特に何もなかったらしい。さてと、この部屋はこれ以上調べても無意味だろう」
開会まであまり時間が無い。せめて、地上階の全ての部屋は廻っておきたい。
―23 Minute Passed...
時刻は開会間近。もうじき大会が始まるとあって、観客があまりにも多かった。
集合場所であるエントランスホールに戻って来ると、既に烈風と震電が上空で待機していた。
「遅っせぇんだよ、ミラぁ!」
怒鳴りながらも烈風はミラの元へ滑空してきた。
「それは悪かった。だが、私は人込みを避ける事が出来ないからな」
翼による飛行能力を有する烈風と飛行ユニットを持つ震電なら、人込みの頭上を飛び越えて行ける。
そこに、不満の塊な烈風を除けるようにして、震電が割り込んできた。
「……ミラ、ここでは報告が出来ない」
震電の言う通り、これだけ人が集まっていればどこで聞き耳を立てられているか知れたものではない。
「壁に耳あり障子に目あり、そうだな。開会式の間に簡単に打ち合わせをする。流石にいきなり試合を始める事はないだろう」
ミラがそう言うと連山は脅えながら慌てた。
「ミラちゃん~壁に耳が生えていたら嫌だよぉ~怖いよぉ~っ!」
突拍子の無いボケた発言に、烈風と震電はコケそうになり、ミラは溜息を吐いた。
「連山………何か、却って癒されたなぁ」
「……貴様、無学さを恥じろ」
「レン、壁に耳…って奴の意味は、後で教えてやるよ…」
「ふみゅぅ~???」
苦笑いを浮かべるミラ、呆れる震電、脱力している烈風に、そして頭上に無数の疑問符を浮かべている連山だった。
気を取り直したところで会場内から、聞きなれない声によるアナウンスが聞こえてきた。
『みなさん、こんにちわ。この番組の実況を務めさせて頂きます、アナウンサーの花菱 燕です』
気が付けば、周りから一般客が殆どいなくなっており、あわただしく走るスタッフの姿を見かけた。
「仕方がない、移動しながら打ち合わせをする。いいか、先ずは………」
アルカナが仕掛けた爆弾は残り7つ。昨日に十分に先手を打ったが、ミラの理想とするところは、完全に圧倒する位の勢いだ。
一万五千人越えの命運は、黒き喪服を纏った死刑執行人に託された。
のだが……。
『しかし、彼ら彼女らに待ち構えるは今までよりもさらに厳しい王者への道。己の名を広き世界へ轟かせる勝鬨を上げるものは誰なのか、しかと彼女らの放つ熱き輝きを目に焼き付けて欲しい。諸君に【五色の翼の杯】……聖杯の加護があらんことを……』
会場内部から聞こえてきた兼房の挨拶にミラは転びそうになった。”五色の翼の杯”と言う単語は、アルカナが送った予告状の一説だ。
意図しなければ、そのような単語を態々挨拶に用いる事は無い。
「か、兼房様……凶悪犯を挑発してどうされるおつもりですか…」
「マジで自重しやがれ、コラッ!」
僅かな不安と虚しさを胸に、少し頭を痛めたミラは何とか立ち直った。
―AM:10:02 March XX. 203X.
―V.B.B.S. Control Room, B2F.
スタッフの急な増員で管理スタッフの間で少し面倒こそあったが、決勝リーグの開催と共にスタッフ達とミラはそれぞれ配置に就いた。
震電だけこの場に居なかった。アリーナに仕掛けられた『恋人たち』と『太陽』の爆弾が、開閉式ドームが閉まると同時に起動した為、解体及び解体指示の為にアリーナ内部で待機する事に決定したのだ。
『V.B.B.S.フィールド・カメラワークシステム・ジャッジシステム、オールクリアーです!』
スタッフの一人が叫んで最初の試合に備える中、管理室の遥か隅の方の制御コンソールの前に座り、ミラは考え事を始めた。開閉式ドームが閉ざされると同時に起動した二つの爆弾の解体方法が最初の課題だった。
そこに烈風が顔を覗かせ、
「『THE MOON』が月光を当てんなら、『THE SUN』は日光じゃねぇの?」
開閉式のドームは日光を遮る。それがきっかけで起動したとなれば、烈風の推理はかなり的を得ている。だが、一つの問題があった。
「そうなると、閉ざされた会場に日光を取り入れる工夫が必要だ。そうなると烈風、『月』と同じように鏡を使い、震電と連携しての解除が必要かもしれない」
「うはぁっ、面倒くせぇ…」
昨日に『月』の爆弾を解除したのだが、それがまた実に面倒な手段による解体だった。『太陽』も同様だとするなら、開閉式ドームに閉ざされた空間の何処かから、日光を長時間取り入れる必要が出てくるのだ。
ミラは適当にコンソールを弄り、テキストライターを開いた。
「それよりも問題は…『恋人たち』だ。解体しないと………駄目だ、まだピンとこない」
今日開催される決勝リーグの選手の名前が載る、ハイヴィジョントーナメント表に、逆位置の『恋人たち』は仕掛けられていた。確か『恋人たち』の正しい意味は……。
『ファーストバトル…ミュリエルVSレイア、レディ…ゴォォォーーーーー!!!』
考え事に耽っていたら最初の試合が始まったようだ。ミラは我に返る。
「いけない…! 連山、君の出番だ。アクセスポッドに入ってくれ」
「はいな~っ!」
威勢のいい掛け声と共に連山は、ミラの席のコンソールの傍にあるアクセスポッドに跳び込んだ。すぐにアクセスポッドが閉まり、コンソールの向こうで準備万端な連山に、ミラは何かのカードをコンソールのソケットに挿し込みながら指示を下した。
「連山、先ずは、このコンピューターに差し込んだ”Tool”と言う名前のカードより、フォルダから”ISSゴーグル”と言うデバイスを手に入れて装備してくれ」
『ゴーグル~?』
連山はアクセスポッドの中から首をかしげてミラを見上げていた。
「昨日解体した『正義』の起爆プログラムを解析し、同質の起爆プログラムを探知するシステムを装備品にしたものだ。夕べの徹夜の一つだよ」
『探してみるね~』
コンソール越しの連山が、”Tool”と記されたフォルダに接触した。
少しすると、ゴーグルを身に付けた連山が戻ってきた。
『わ~い、これで~震電ちゃんとお揃いお揃い~♪』
子猫のようにピョンピョンと跳ねる連山に苦笑いしつつミラは言葉を続ける。
「こらこら、少なくとも本人の前では言わない方がいいと思うぞ。それより、V.B.B.S.フィールド全体から、アルカナの起爆プログラムをほぼ正確に探知出来る筈だ。連山、今回はミラージュコロイドを使用しつつ試合中のフィールドを軽く覗いてきてくれ。ゴーグルに反応が無ければすぐに戻って待機だ」
すると、コンソール越しの連山が首をかしげ、頭上に大量のクエスチョンマークを浮かべてきた。
『え~それだけでい~の~?』
「そのゴーグルは起爆プログラムの探索だけに特化した極めつけだ。早くするんだ連山、試合は佳境に入ってきたようだ」
フィールドでは2体の悪魔型MMSが交戦していた。
片方の『ミュリエル』と言う神姫は右手首に銃器系武装を仕込んでおり、もう片方の『レイア』と言う神姫は巨大な複合兵装を装備していた。
『ほぇ~ニッポンの神姫ってあんな感じなのかぁ~……あにゃっ、行ってくるね~っ!』
コンソールの向こうのミラに冷たく睨まれ、連山はミラージュコロイドを起動させつつ急いでV.B.B.S.筐体へ向かった。
コンソールから姿を消した連山を見送ると烈風が突然、
「なぁミラぁ、ボクにもなんか…出来る事は無いのかよ?」
V.B.B.S.筐体へアクセスしに行った連山を見送り、震電はアリーナの上空を警戒している。オーナーであるミラから何も指示されない事がもどかしいのか、烈風にしては、らしくない発言だった。
少し興味深そうに烈風を見つめてミラは、
「私の推理では、第二試合で君の力が必要になると考えている。そこでだが、この管理室を見渡して来て欲しい」
と言ったが、烈風は腑に落ちずに言い返した。
「おい待てコラ、ここのは昨日で全部解体したんじゃねぇのか?」
「確かにな。だがそこで訊ねるが、ここに入室出来る権限を持ちつつ、コンピューターで頭の切れる人物とはどんな人物だと思う?」
突然、ミラから問いかけられて烈風は唖然としそうになった。
「はぁ? そんなのここの管理スタッフとか………そうか、クソッ、そういうことかよ」
「そう、ここにいるスタッフ全員が疑わしい。だから、その内の誰かが別に爆弾を仕掛けている可能性が強い。そこで烈風、君はサーバー付近を飛んで探索に廻ってくれ」
「よし来たっ!」
ミラが言い終えると、烈風は黒き翼を羽ばたかせ、軽やかに管理室上空を飛んでいった。
この管理スタッフの中にアルカナの部下がいる可能性をより強めたのは、残りの爆弾はV.B.B.S.筐体のフィールド内に設置される可能性が高い、とするミラの推理からだった。実存している爆弾は昨日中に全て発見し、その殆どを解体した。
期日内に現物の爆弾を追加設置するのは、自ら逮捕されに行くようなものである。警備員にもアルカナの部下がいるならそれも不可能ではなかろうが、事前に桜に頼んで警備体制を変えてもらい、やりにくくしたつもりだ。
それでも新たに爆弾を設置したいのなら、とりわけ怪しまれにくい身分を装っているか、コンピューターを介して起爆プログラムを仕込んだ方がばれにくい。
(「2番目のタロット、『女教皇』は有象世界と心霊世界を結びつける……アルカナが見立てに拘るなら、第二試合で心霊世界に一つ、現実世界にも一つずつ、だろう」)
『たっだいま~っ』
考え事をしていたところに、連山がV.B.B.S.筐体より戻り、ミラのコンソールの前に姿を現した。ミラは早速連山に問いかけた。
「戻ったか。どうだった?」
『何にもないみたいだったけど~?』
連山がそういうのだから間違いないのだろう。少なくとも、自分が作った探知用ツールが正確でバグが無ければ、の話だが。
(「この次、第二試合でゴーグルの性能が問われるな」)
報告をしただけなのに更に考え込むミラに、連山は取り敢えず呼びかけてみる。
「ね~! 何にもなかったんだから~っ!!」
「おっと、そうだな。さて、次の試合までここで待機していてくれ。私の勘が的確であり推理が正しければ、烈風との共同作業になる筈だ」
「烈風と~? わ~い!」
第二試合、即ち、”2”に纏わる何かがあるものとミラは踏んでいた。タロットカードの二番目のカードは『女教皇』であり、何より未発見のカードだからだ。
―2 Minute Passed...
程無くして、烈風から通信が来た。その声は何となく悔しさを感じさせる。
『クソッ、確かにミラの言う通りだった。サーバーの死角に新たに付けられてたぜ。それも、暑苦しそうなドレスっぽい格好をした女のカード付きでよぉ』
人間にとって死角となる箇所でも、人間より遥かに小さい神姫の場合は異なる。人が仕掛けたものであるとは言え、神姫で無ければ発見できなかったかもしれない。
確認の為、ミラは烈風に応答した。
「やはりな。それは『女教皇』のカードだ。恐らく制御装置だけだろう?」
『おぅ、ばっちし。そりゃ、火薬付きだったら唯の馬鹿だろ。自分ごと吹っ飛んじまうぜ』
烈風は正体の分からないアルカナの部下を大いに馬鹿にした。
「さて、試合は膠着状態が続いていたが、もうじきけりが付く頃だろう。次の第二試合で、連山と一緒に解体を進めてくれ。指示は私が下す」
『あぁ? 何で、フィールドにアクセスしているレンと一緒じゃないといけないんだ?』
「その時になってから説明するさ。今は余計な事を考えるな」
『へいへい、分かったよ』
と言って、烈風のほうから通信を断った。
(「さて、試合にけりが付くと言う事は、ハイヴィジョントーナメント表に仕掛けられた『恋人たち』を何とかしないといけないな…」)
ミラはすぐに、震電に通信を入れた。
『……何だ?』
「至急、『恋人たち』のところへ向かって欲しい。解体の仕方が今一つ閃かないのでは話にならないからな」
未だ見発見の爆弾もあるが、発見しておきながら解体の仕方が分からないのはもっと問題である。ドームのハイヴィジョントーナメント表に仕掛けられている為、優れた飛行能力を有する震電か烈風でなければ、爆弾の形状や特徴を把握する事が出来ない。
『……了解した』
「到着後は再度連絡を。追って指示を下す」
そう言った時、片方の悪魔型MMSがドロップアウト、降参の合図を示した。レイアと呼ばれる神姫の敗北の瞬間だった。
通信ユニット越しに観客達の歓声が響いてくるが、すぐに震電の低い声が聞こえた。
『……目標捕捉。ミラ、指示を』
「『恋人たち』……その形状を、出来る限り詳しく説明して欲しい」
『……了解』
ほんの少し間が空き、
『……トーナメント表をそのまま回路にしたような形状だ。主なコードは青と白の二色しかなく、それぞれ半々程度の割合だ。トーナメントの再抽選に当たる箇所は、ジャンパーで上部へ接続する仕組みとなっている』
「トーナメント表、青いコードに白いコード……か」
昨日に発見したときも同じような事を言った。詳しい説明のお陰でその形状が容易に想像できたものの、やはり『恋人たち』のタロットと結びつかない。
仕方なくミラは、分かった事だけを震電に説明することにした。
「震電。トーナメント表のようだ…ということは、、青と白のコードが並列している事だろう。先ずは第一試合に当たる箇所を探し、青いコードを切断するんだ」
『……了解した』
歓声に紛れそうだったが、ビニールで覆われたコードが千切れる音が聞こえた。
『……終了』
「そう、か。では、これからは私の指示なしでも解体できるよう説明する」
ミラは胸を撫で下ろしつつも、通信ユニット越しに震電に語りかけた。
「トーナメント表と見立てたと言うことは、この大会の結果次第で切断すべきコードを定めなければならない。無論、敗北した選手のコードを切断していかなければならないだろう」
『……敗北した選手の見分け方は?』
「選手は入場時にそれぞれ、虎門と龍門の二つのゲートから入場してくる。少し話題が逸れるが、異国の思想に、東西南北には聖なる獣が守護すると信じられていた。東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武、と言ったようにね」
ミラの説明を受けて震電は大いに納得した様だった。
『………成る程、龍ならば青龍…青いコードで、虎なら白虎…白いコードか』
「君が物知りな神姫なお陰で説明が省けたな。そういう事だ。この大会中、指示がない限りはハイヴィジョントーナメント表付近に常駐し、試合の結果に対応したコードの切断と、ジャンパーの接続を行うように。大変恐ろしく困難で気の長い作業と思うが、やってくれるね?」
『……それが任務なら、言うまでもない』
あまりにも淡々と喋る震電の言葉には、感情の起伏が全く感じられない。ある意味では神姫らしくないとも言えるが、基よりそのような性格なのだ。
「それじゃ、健闘を祈るよ」
『……ミラもな』
思わぬ言葉に意表を突かれつつ、ミラは通信を断った。普段は必要のない事は言わない筈だが、アルカナとの戦いに挑むミラに気を遣ってくれているのだろう。
(「確か、『恋人たち』の本当の意味は、選択…言い方を変えれば分かれ道となる。ん……?」)
コンソールに突っ伏しながらミラは考え事を始める。
(「確か逆位置で……二者択一の分かれ道を描き続け……そうか、私の解体方法に則れば、この試合の優勝者のコードは最後まで残る。そして、上下逆さまにしたトーナメント表は、優勝から始まる分かれ道の図。この場合の逆位置とは二者択一の選択ではなく、決定により描かれる道……と言うことか」)
だから逆位置の『恋人たち』の爆弾はトーナメント表に仕掛けてあったのだろう。ミラは一人で納得した。
―AM:10:17 March XX. 203X.
第二試合のセッティングが開始される少し前の事。
あるスタッフの一声から始まった。
『チーフ、VRフィールドにバグらしき異物を確認しました』
『は? ……それなら速やかにデバッグして取り除いてしまえ!』
チーフと呼ばれた男はかすかな苛立ちを含んだ声で答えたが、
『それが、何度か試みたのですが……』
困惑するスタッフの元にチーフが駆け寄った。暫くコンソールを睨んで、
『……えぇい、この程度の塵程度なエラーなら誰にも気づかれんだろ』
『然し、万が一試合中の神姫が接触したら……』
『こんなフィールドの端に態々突っ込む神姫なんかおらん! 対策は試合後に行う、さっさと通せ!』
『は、はぁ…』
短い会話だったが、ミラはさり気なくもしっかりと聞き耳を立てていた。
(「やれやれ、管理スタッフにしては随分な心構えだな。取り返しの付かないものだったらどうする事やら」)
ついでに自分に与えられた権限にトラブルシューターがあった筈だが、チーフはミラに目もくれなかった。心の中で呆れながら、コンソールの向こうで暇を持て余している連山に合図を出す。
『ふにゃっ、出番~?』
「第二試合で使われるフィールドに、削除不能だが塵程度のバグのようなものが検出されたらしい」
『消せないなんておかしいね~?』
「あぁ。そこで連山、君には試合中のフィールドにミラージュコロイドを展開しながら潜入し、私が作ったゴーグルでそれを探知して欲しい。私の勘に間違いが無ければ、アルカナの起爆プログラムだろう」
『もしそうだったら~烈風と一緒に~解体作業になるんだね~♪』
「つい油断して、試合中の神姫の攻撃に巻き込まれたりするなよ」
姿を隠しておきながら攻撃にぶつかるのは間抜け以外の何ものでもない。
然し、幾ら能天気そうに見えても、連山は多くの”IllegalType”と戦ってきた猛者であり、つまらない失態を犯す事はない筈である。
『あぅぅ、連山をそんなトンチンカンみたいに言わないでよぉ~』
「トンチンカンじゃないなら普通に出来る筈だろう?」
『ふみゅぅぅぅ~出来るから、やってみせるよぉ』
暢気な笑顔なのは変わらないが、ぷっくりと頬を膨らませる連山の顔が可笑しくて、ついついミラは軽く吹きだした。
「悪かった、余計な心配だったね。それじゃ、そろそろ準備を始めてくれ」
『あいな~っ』
元気一杯の声を挙げ、連山はミラのコンソールから姿を消した。
ミラは通信ユニットを手に、烈風に話しかけた。
「さて、『女教皇』の解体だが、先ずは連山の合図を受けてからだ。私から随時連絡していく」
すぐに烈風から問いかけ付きの返事が来た。
『なぁミラ。もしかすっとレンも、【THE HIGH PRIESTESS】の解体に挑む…ってことで間違ってないよな?』
「おや、洞察力と推理力が鍛えられているようで何よりだな。結論から言うと、そういう事だ。『女教皇』は、有象世界と心霊世界を結びつける霊知を象徴し、対立或いは相補する二つの原理を象徴する」
ミラが説明した後、暫く間が空いた。
『つーと? ボクがいる現実世界と、レンのいる仮想世界の二つで解体しねぇとダメって事かよ』
「私はそう推理した。実際、第二試合で使われるフィールドで、削除出来ないささやかなバグの様なものが検出されたから、その線で間違いない筈だ」
アルカナが今までの筋を徹底的に貫き通すなら、仮想世界であれ人間の手では解体不能で、神姫でなければ削除不能、とするプログラムを組む筈である。
『チッ、アルカナの奴…面倒くせぇのを仕掛けやがって』
「然し君も、もう少し頑張れば、私がいなくともアルカナを出し抜くくらい賢くなれるだろうに」
『賢いのが狂った結果がアルカナだろ。そんな奴と比べられても嬉しくないぜ』
奇異な存在であるとは言え、元々アルカナも烈風と同じ武装神姫なのだ。
「それもそうか。それじゃ、次の連絡まで待機しててくれ」
『おぅ』
通信を断つと、ミラはコンソールを弄り、第二試合の情報を確認する。
「國崎 観奈の悪魔型”ミチル”と、川原 正紀の騎士型”クイントス”……か」
日本の武装神姫のバトルの水準も気になるところだが、それは爆弾を全て解体した後の話だ。
そしてすぐに、第二試合の幕開けとなった。
(「さてさて~フィールドに侵入~♪」)
連山は試合が始まってすぐにVRフィールドに潜入した。仮想世界でも、”ミラージュコロイド”の効果は顕在であり、フィールドにいる二体の神姫は目前のバトルに夢中で、彼女達のマスターも試合の行く末を見守っていた。
一万五千人もの観客達も、試合中の神姫の姿を自在に捉えるカメラワークシステムも、姿を消している連山に気付く事はなかった。
(「えへへ~気分は忍者型~~…ふにょ、やってるやってる~♪」)
連山は暢気に、二体の神姫の姿を遠くから捉えた。
(「あの悪魔型の子も~ステルスみたいのを使ってるんだぁ……あ~そこの騎士型は踏み込みが甘いよぉ~!
あっちの悪魔型も~ステルスなんかに頼ってるから~」)
思わず試合に突っ込みそうになりかけるところだったが、
『連山、今はどの辺りにいる?』
「っ!!?」
ミラの突然の呼びかけに、連山は思わず悲鳴を上げそうになった。
『連山、聞こえているのか? 小声で報告してくれ』
「(ぁ、あぅ~……もうちょっと…待ってね~)」
連山は慌てて、試合中の二体から大きく距離を取った。
『全く、やはりトンチンカンをやらかしてくれたな』
「(ふにゃぁ~…だってぇぇぇ)」
『だって、じゃないだろう。いいから報告を』
「(まだ目標地点まで移動中だよぉ)」
実際に耳にしていないが、連山にはミラの溜息が聞こえてきたような気がした。
『時間は殆どない。急いでくれよ』
「(はぁぅぅ~)」
決勝戦用のVRフィールドはかなりの広さを誇る。とは言え、能力の高い軽装の神姫が駆ければ、端から端まで20秒と掛からない。
ゴーグルのセンサーを頼りに、連山が目標地点まで移動すると確かに、ポリゴンの削りかすのようなものが浮遊していた。すぐに通信ユニットをかける。
「(発見したよ~何だか、うっかりバグみたいで~爆弾のように見えないなぁ)」
『仮想世界で、爆弾の形をしている必要はないだろう。先ずは烈風に合図をかける、それまで触れるなよ』
一方、現実世界にてミラはコンソールを見つめながら、烈風に通信を入れた。
「おっし、来たな」
『烈風、その装置から見て、先ず最初にすべき事は?』
「あ? 最初はドライバーで蓋を外さねぇと駄目だろ」
連山が待っていると、ミラから通信が来た。
「(ふや?)」
『連山、どうやら最初に蓋を外すらしい』
いきなり難解な事を言われ、連山は困惑した。
「(え? え? 蓋なんて何処にも……)」
『落ち着いて観察するんだ』
言われるままに連山は、ポリゴンの削りかすの様なものを注視してみた。落ち着いてよく観察してみると、確かにドライバーで回せそうな箇所があった。すぐに用意してきたツールの一つの、ドライバーをセットして外してみる。
すると、バグのようにしか見えなかったものが、起爆プログラムとしての本当の姿を現した。0と1の塊に過ぎないプログラムが、コードや端子の様な物体としてV.B.B.S.フィールド内で視覚化されていた。
バーチャルの世界とはあまり縁がなかった連山は吃驚するしかなかった。
「(う、嘘みたい~)」
『烈風は既に蓋を外したぞ。君も解体を始めてくれ。この試合がすぐに終わる事はないだろうが、速やかに頼む。分からないところがあったら随時連絡を』
「(あ、あいな~)」
フィールドの中央辺りで真剣勝負が行なわれている最中、フィールドの隅で連山は解体作業に取り掛かった。
一万五千人もの観客もカメラワークシステムも、試合を見守る神姫のオーナーも今戦っている二体の神姫も、彼等全ての命が掛かった危険で孤独な戦いに気づく事はないのだった。
(「毎回の事だけど、何だか虚しいなぁ~」)
―5 Minute Passed...
解体作業が順調に進む中、試合もいよいよ大詰めとなった。
激しい金属音が交錯する中、連山の解体作業ももうじき終わりに向かおうとしていた。
『いい調子だな。これならジャッジが下される前にけりが付くだろう』
「(えへ~最後に蓋を外…し…??)」
何かを見つけ、思わず連山は手を止めた。
最後の蓋を外すと、白いコードが2本、縦に平行に並んでいた。これまでは従来の処理で何とかなったが、ここまで来て予想外の障害にぶつかってしまった。
「(あぅぅ~ミラちゃん~白いコードが2本ならんでて~どっちを切れば~っ?)」
混乱しかかる連山だが、通信ユニットから聞こえるミラの声は冷静そのものだった。
『しっ、声が大きい。丁度今、烈風からも似た事を聞かれたばかりだ。そこで説明するが、少し長くなるから聞き逃すなよ』
「(ふみゅ、わかった~)」
連山は通信ユニットから聞こえるミラの声に意識を集中させた。
『まず、【女教皇】のカードには二本の柱が描かれている。女教皇を中心に、向かって右側にはJ、”神の愛”を表す白い柱が、左側にはB、”神の試練”を表す黒い柱がある。その二つの柱は対立或いは相対する存在を意味する。例えば光と闇、男と女と言った風にね』
だんだん訳が分からなくなってきそうだったが、連山はしっかりと聞き続けた。
『さて、話を本題に戻そう。連山のところには白いコードが2本あったと言ったね。ところが烈風のところには黒いコードが2本並んでいた。それぞれのコードが対になるものを意味するなら、同じ色のコードが2本あってはならない。ここまで言えば、どっちを切ればいいか分かるね?』
「(ふみゅぅ~……???)」
ここまで説明すれば大丈夫だろう、とミラは考えていたが却って混乱させてしまったようだ。
ミラは大きな溜息を吐きつつ、分かりやすく説明を始めた。
『要は、カードには右に白い柱があるのだから、左側に白いコードがあってはならないと言うことだ』
「(それなら最初からそう言う風に言ってよ~)」
小さな声で文句を零しながら連山は左側の白いコードを切断した。
すると、ポリゴンの削りかすのような起爆プログラムは細かな粒子となってフィールドから消え去ってしまった。
『上手くいったようだな。烈風も右側の黒いコードを切断したら緑のランプが点灯したらしい』
「(ふにゃぁ……最初からこんな調子なんてぇ~……)」
精神的な疲れから連山はへたり込みそうになるも、第二試合にジャッジが下された。これ以上長居する訳にはいかない。
『こんなところで参ってもらっては困るな。すぐ引き揚げろよ』
「(ふみゅぅぅぅ~~…)」
どうやら、試合では悪魔型の神姫が勝利を収めたらしい。ミラが開けた出口まで飛んで、連山はVRフィールドを後にした。
―AM:11:43 March XX. 203X.
『女教皇』の起爆プログラム及び制御装置の解体に成功した後の経過は良好だった。トラブルも何事もなく、順調に試合が進んでいた。
昨日で一気に、22個中15個もの爆弾を解除し、残りは7個。その内の2個が、大会の一日目では解体不可能と判断された実体の爆弾である。そうなれば残る爆弾は5個で、試合が最低でも15回行われる事を考えれば、VRフィールドに仕掛けられる起爆プログラムは少ない。
然し、『恋人たち』の爆弾は特殊な性質を持っており、完全な解除には決勝戦まで待たなければならない。
その『恋人たち』の解体に専念している震電から通信が入ってきた。
『……ミラ。第六試合の敗者のコードを切断した』
「あぁ、後九試合となる……ところで、フレスヴェルグの燃料は大丈夫か?」
『恋人たち』の爆弾は非常に高い所に設置されている為、独立した飛行ユニットを持つ震電でなければ解体不可能だった。その飛行ユニットの”フレスヴェルグ”は高速飛行性能を優先している為、長時間のホバリングをさせられない。
『……問題ない。普段はトーナメント表の上に着地している』
「そうか、愚問だったな…と、そろそろ第七試合が始まるから切らせて頂くよ」
『……了解。引き続き継続する』
ミラは通信ユニットを切りコンソールに目を通すと、昨日の晩に聞いた名前を見た。
「鶴畑…興紀。あの男か」
昨日の晩、鶴畑大紀との二度目の戦いの際に、興紀に初めて出会った。
殆どの人間は、彼を紳士的な好青年と見るだろう。然し、10分に満たない付き合いに過ぎないが、ミラはISIとしての経験から、興紀から底の知れない何かを感じていた。
(「彼の神姫…悪魔型のルシフェルか。天使型のミカエルと言い、兄弟揃ってご大層な名前だな。ルシフェルの戦い方を見れば、少しはオーナーの一面を伺う事が出来るかもしれない」)
『ねえねえ~ミラちゃ~ん~ミラちゃんってば~』
そんな事を考えていた時、コンソールの向こうにいる連山がミラに話しかけてきた。ずっとVR空間に滞在しっぱなしだが、本体の最大稼働時間が極めて短く、VR空間に滞在している方がバッテリーが長持ちするようだ。
「どうした、異常でも見つけたか?」
『異常とは違うんだけど~何だか~あのルシフェルって神姫~…何だか嫌な感じがするなぁ~』
「そりゃそうだぜ。震電と同じ悪魔型なんだからよ」
珍しく真面目そうな連山の言葉に、烈風が脇から茶々を入れてきた。
呆れたミラは溜息を吐いて、
「あのな、自分の主観で一緒にするんじゃない」
人差し指で烈風の頭を軽く小突いた。
「いてっ! だってあのルシフェルって奴、震電と似たような冷たさを感じるぜ」
「冷淡な悪魔型なんてあまり珍しくも無いだろう」
どうでもいい論議を繰り返す最中、コンソールから連山の声が割り込んできた。
『あぅ~…震電ちゃんとか~そういう問題じゃなくってその~…う~ん…”ルシフェル”って~本当にいる~悪魔の一人なんでしょ~?』
不思議と今日の連山は冴えているような気もしたが、普段が能天気すぎるだけなのだ。
ミラは少しだけ感心しながら、連山の問いかけに答えた。
「実際にいるかどうかは…目撃証言が無いから分からないが、”ルシフェル”とは、嘗ては天使の最高位に位置しながらその傲慢さか嫉妬により天界を追放されて地獄に落とされ、サタンと呼ばれるようになった悪魔だ」
「ケッ、弟の”ミカエル”と言い、随分なお名前じゃねぇか、オイ?」
烈風もミラと全く同じ事を考えていた。自分の神姫に相当な自信が無ければ、そこまでの名前を付ける事などとても出来ないだろう。
「烈風、私もそう思っていたところだ。それは兎に角、『悪魔』の爆弾は未だ発見すら出来ていなかったな。それで、この大会に参加する悪魔型MMSが出てくる試合が怪しいと踏んで調べているのだが……悪魔型のルシフェルとの試合で出てくるのか…?」
アルカナは、分かりやすいと分かっていてもずっと見立てに拘り続けてきた。だが、タロットの『悪魔』の見立てに最も相応しい名前を持つルシフェルがこの大会にエントリーしてこなかったら、アルカナでも見立てのしようが無い筈だ。
アルカナの心理を探ろうと考え込んでいるミラに、連山が話しかけてきた。
『そう言えば~【THE EMPEROR】の爆弾は~主催者席の~鶴畑コンツェルンのところにあったんだよね~?
それで~昨夜でアルカナの正体が~…確か~…』
昨日の解体で、連山から知らされた不可解なポイントだった。何故アルカナは、鶴畑コンツェルンと深く関係しているのか。
ミラは推理を整理して改めて考え直してみた。
「鶴畑コンツェルン傘下の企業が、アルカナを新型筐体の実験に使った。その結果、AIがコアユニットから切り離されネットワークに放浪した状態となった。5年もの時間がありながらずっと鶴畑を狙わなかった理由だけが分からないが、アルカナは鶴畑の事をよく知っており強く憎んでいる。もし、アルカナが鶴畑コンツェルン傘下の企業の社員の所有物ではなく、元々鶴畑一族の誰かの神姫だったとすれば、ルシフェルのオーナーである興紀が大会に参加する事を予測できたのだろうな」
ミラの長い推理に連山は頭上に無数のクエスチョンマークを浮かべ、烈風はこう切り替えした。
「んで、何でアルカナが今まで鶴畑に襲撃を掛けてこなかったんだよ?」
「だから烈風、それが分からないと言ったばかりだろう?
もしかしたら準備期間だったのかもしれないが、こればかりはどうにも、アルカナ自身に聞いてみるしかなさそうだ」
深々と溜息を吐いてミラはコンソールに突っ伏したが、
『ミラちゃ~ん、もう試合が始まるよ~いざって時に~指示してくれないと~どうすればいいか困るよぉ~』
考え事に夢中になっており、慌しく働いている周りの管理スタッフ達の動きに気付かなかった。もうじき第7試合が始まろうとしていた。
「済まない、今は探索に専念しないとな。連山、これまで通りミラージュコロイドを用いつつ試合開始と同時に潜入、ゴーグルを使って起爆プログラムを探せ」
『あいなっ!』
元気のいい返事と共に、連山はミラージュコロイドを起動させつつVRフィールドへアクセスを開始した。
が、相変わらず烈風は不満そうだった。
「おい…ミラぁ、ボクに出来そうな事は無いのかよ?」
「そうだな、『女教皇』は既に解体した事だし……ここは一つ、未処理の爆弾に関して整理しよう」
「未処理だぁ?」
アルカナがこの大会で仕掛けた爆弾は全部で22個。脅迫及びテロとしては驚異的な数である。それもその筈、22と言う数字はタロットカードの絵札の種類の数なのだ。
その内、ここまで来て16個の爆弾の解体に成功した。
「残りは6個、その一つの『恋人たち』は震電が解体を継続しているところだ。後、『太陽』は昨日発見し、今日になって始めて起動し始めた。解体は昼休みに行なおう」
「チッ、またあいつと一緒になりそうだな…」
震電との共同作業になる事を不満に思う烈風。緊急時でも嫌いな相手とは組みたくない。
「残るは『吊るされた男』、『悪魔』、『審判』、『世界』だ。さて、何とかし…」
最後まで言いかけた瞬間、連山から通信が入った、
『あぅ~ミラちゃんミラちゃん~……』
「どうした、発見したのか?」
小さな声で報告しているとは言え、その声色からかなり困っているようだ。
『発見はしたんだけど~…うん、逆さまの~【THE DEVIL】のプレートが~ゴーグルで確認できたし、起爆プログラムも見つけたんだけど~……』
「どうしたんだ。はっきり言ってくれないと私も対処のしようが無い」
すると、ミラの予想を遥かに超越した答えが返ってきた。
『起爆プログラムは~…あのルシフェルの額に~くっついているの~』
「なっ!?」
そう言っている間にも、ルシフェルは相手の天使型MMS”ウインダム”をじわりじわりと追い詰めていた。
ウインダムはどういうわけか、相手のルシフェルの戦法を出来る限り正確に真似ていた。これが作戦なのかどうかは分からないが、実力では完全にルシフェルに押されていた。
ミラの驚愕の声の後、再度通信ユニットからミラの言葉が聞こえてきた。
『逆位置の【悪魔】は、特定の神姫が侵入したら自動感染するウィルスタイプだったのか……連山、特徴や形状を教えてくれ』
「(ちょ、ちょっと待って~え、えっと~…)」
すぐにウインダムと交戦するルシフェルの姿を目で追った。
「(ルシフェルって神姫の額に~逆さまにした~小さな五芒星が付いてて~…五芒星の中心が赤く光っているの~)」
当然だがその五芒星は、起爆プログラムを検出するゴーグルを身に付けた連山にしか見えていない。時限爆弾の起爆プログラムが仕掛けられている事は、オーナーである興紀はおろかルシフェル自身も気付いていない。
すぐにミラから返答が来た。
『連山、タロットの【悪魔】にも額に逆向きの五芒星が描かれている。それは、【法王】の説く正しい教えに対抗する闇の教えを意味するものであり悪魔の象徴だ。つまり、その逆向きの五芒星を破壊すれば解除できる筈だ』
「(そ、そんなの無理だよぉ~。だって、逆さまの五芒星は~手の平程度の大きさしかないんだもん~)」
高速機動戦法を取るルシフェルとウインダムの二体に追いつくこと自体は、連山の技量なら容易い。だが、戦闘中の神姫を追いつつ、気付かれないように正面に廻って額だけを正確に狙うとなればあまりにも困難な事だ。
それに破壊の仕方に注意しないと、試合中に不可解な現象が発生したとして大騒ぎになってしまう。
『それなら…見たところ戦況はルシフェルの方が圧倒的に優勢だ。ウインダムは戦法を真似ているとは言え、他人の真似で本人に勝つのは難しい。ルシフェルの勝利は殆ど約束されたようなものだろう。そこでだ、判定が下される寸前の試合終了間際を狙うんだ』
「(そ、それって~すっごく一瞬じゃぁ~……)」
試合終了の判定が下される一瞬こそ、隙が生じるものである。特にこのような大会で、バーチャルバトルにて第三者による介入など、誰が想定するだろうか。
『大丈夫だ、君なら問題ない。ルシフェルが幾ら強くとも、結局は唯の武装神姫だ。連山、君はAIESである事をもっと自覚して欲しい』
「(ふにゃぁぁぁ~やっぱり頑張るしかないのか~)」
ISIが所有する、違法改造された神姫と戦う為にチューニングされた神姫はAIESという。違法神姫に匹敵、或いは遥かに凌駕する力を持つ為、普通の武装神姫では相手にすらならない。
『ほらしっかりするんだ。もう決着が見える』
「(はぅぅ…集中集中~っ)」
鞭とのバランス取りも兼ねて手首に装備されていた槍剣が、ウインダムの喉を貫いた。
『ウインダム・ダメージレベル最大、戦闘不能判定。勝者、ルシフェル』
これで終わりだ。
私のオーナーもこの結果には十分に満足していた。
当然だ。私はその為に生まれてきたのだ。
強さを求めんが為に、これまでに敗北してきた”ルシフェル”の全てを引き継いできたのは伊達ではない。
ヒュッ…!
突然、何処からともなく風が吹いたように感じた。
いや、違う。このフィールドで戦闘して一度も、自然に吹く風を感じた事など無い。
風ではないとするなら何だ? 相手だったウインダムの隠し玉か何かだったのか?
気味が悪い。だが、つまらない事に拘るなど以ての外だ。
リアルに戻り次第、忘れてしまおう。
不思議そうに立ち止まりながら光の粒となって消えていくルシフェルの姿を、ミラはコンソールからずっと見ていた。
次いで、通信ユニットから連山の声が聞こえてきた。
『はふぅぅぅ………せ、成功~……』
「君の早業が見えなかったのは残念だったが、起爆プログラム反応の消失を確認した。よくやった」
短い言葉を交わして暫くすると、ミラのコンソールにVRフィールドから戻ってきたばかりの連山がパッと表示された。
「ところで、何処となくルシフェルは不審そうにしていた様だが?」
『はぁうぅぅ…超高速移動と精密作業の両立は~ほんとに難しいんだってば~…』
連山の言う通りである。
神姫としての気配を察知されない程の速度で移動しながら、相手の額に寸止めをかける。間違いなく常軌を逸した神業なのだが、残念な事にその一部始終を知るのは当人である連山だけだった。
「分かった分かった。ミラージュコロイドがあったにしても、そのような芸当が出来るのは、君か君の師匠くらいだろう。流石だとしか言いようがない」
と言ったところで、横から烈風が割り込んできた。
「さっすがレンだよな。見えなかったのがマジで悔しいぜ」
『えへ~また今度、披露してあげよっか~?』
烈風の前ですぐにデレる連山だったがミラは、
「……と、のたまっていた事を君の師匠に報告するか? 弟子が神業をやってのけた記念にな」
幾ら偉業であったとしても、それを驕ってしまうのは好くない事である。
『は…うぅ~…ミラちゃん~それだけは~~っ』
一気に連山の顔が笑顔のまま青ざめた。その反応だけで、連山の師匠がどれ程のものか容易に窺い知る事が出来そうだった。
とその時、ミラの通信ユニットから呼び出しが入った。
『……ミラ。第七試合のコードを切断した』
「やれやれ、君もまめな事だ」
苦笑いしながらミラは、震電の報告を聞いていた。
そして、すぐに第八試合の準備が進められようとしていた。
順調に解体を進めているが、肝心なのはこれらを設置したアルカナである。
ミラは、アルカナがどのようにして現れるか、既に幾つか予測を立てており対策も考えてあった。
(昨夜のあの言動は自信に溢れすぎていた。一体、何が君を駆り立てる…アルカナ?」)
唯一つ分からなかったのは、今回のアルカナの動機だった。今までのケースとはパターンが大きく異なる今回の爆弾テロからは、目的を探れそうになかった。
――そして、大会二日目は午後を迎えようとしていた。